夢主side
春は、どうしてこんなにもやさしい色をしているのだろう。
空はほんのり水色で、雲は溶けかけた綿あめみたいにゆっくり流れていく。風はまだ少し冷たいのに、その冷たささえどこか柔らかくて、頬をなでるたびに「もうすぐだよ」と囁いているようだった。
りむちゃんは、そんな春の朝が好きだった。
突然そんなことを言いながら、彼女は両手を広げて校庭の真ん中に立っていた。
誰もいない放課後のグラウンド。夕日がオレンジ色に傾き、鉄棒やサッカーゴールの影を長く伸ばしている。
私はその少し離れた場所で、カバンを肩にかけたまま立ち止まっていた。
思わず笑ってしまう。りむちゃんは、いつもそうだ。意味がわかるようで、わからないことを言う。
彼女は胸を指差した。
なるほど、と言いたいところだけど、やっぱりよくわからない。でも、りむちゃんが言うと、不思議とそれが正しいような気がしてくる。
彼女はそういう人だった。
次の日から、りむちゃんの「光合成活動」は本格的になった。
朝の登校時間、彼女は校門の前で両手を広げていた。
すれ違う生徒たちは苦笑したり、無視したり、時々小さく手を振ったりした。先生でさえ「また始まったか」と言いたげな顔で見ていた。
でも、りむちゃんは気にしない。
むしろ嬉しそうに、太陽のほうへ顔を向けて深呼吸する。
そう言って、彼女は私をよく誘った。
最初は恥ずかしかった。校門の前で両手を広げるなんて、どう考えても目立ちすぎる。でも、りむちゃんの横に立っていると、不思議とそれも悪くない気がしてくる。
言われるままに目を閉じると、春の光がまぶたの裏に広がった。オレンジと白の中間みたいな色が揺れている。
風が頬を撫でる。
鳥の声が遠くで跳ねる。
それだけなのに、胸の奥が少しだけ軽くなる。
彼女は満足そうに笑った。
その笑顔を見るたびに思う。りむちゃんは、きっと世界を少しだけ違う方法で見ているのだ、と。
ある日、私は聞いた。
放課後の屋上だった。フェンス越しに街が見えて、桜の木が風に揺れている。
りむちゃんは少しだけ黙って、それから空を見上げた。
意外だった
彼女は軽く笑って後を続ける
彼女は私のほうを見た。
その言葉は、静かに胸の奥に落ちた。
それから数日後のことだった。
りむちゃんが学校に来なくなった。
最初は風邪だと思った。けれど一週間経っても、二週間経っても、彼女の机は空のままだった。
校門の前で両手を広げる人もいない。
朝の「光合成日和です!」も聞こえない。
春なのに、少しだけ世界が色を失ったような気がした。
私は気づけば、校門の前に立っていた。
誰もいない朝。
太陽は変わらず昇っている。
風も吹いている。
でも、どこか足りない。
私はゆっくりと両手を広げた。
少しだけ笑って、目を閉じる。
光がまぶたの裏に広がる。
そのときだった。
背後から声がした。
振り返ると、そこにりむちゃんが立っていた。
少しやつれているようにも見えるけれど、笑顔はそのままだった。
彼女はそう言って、校門の光の中に一歩踏み出した。
私は笑って、もう一度両手を広げた。
春の風が、少しだけ強く吹いた気がした。
その日から、私も少しだけわかるようになった。
光合成っていうのは、たぶん光を受け取ることじゃない。
誰かと一緒に、光の中に立つことだ。
りむちゃんの隣で、春はいつも、少しだけやさしくなる。
そして私は思う。
この春が終わっても、きっとまた次の春が来る。
そのたびに、私たちはきっとこう言うのだ。


















編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。