第3話

#2
2,179
2020/04/17 08:14
……どんなに、忘れようとしても。
頭の片隅には、いつも貴方が居た。



……この屋敷は…師範との思い出で溢れている。



縁側では、一緒にお萩を食べた。

居間では、くだらない雑談をした。

私の誕生日に、師範が台所で…何か作っているのを見かけたこともあった。
庭では…一緒に、鍛錬をした。
屋敷中に、思い出が溢れている。



……目を瞑れば。

師範の怒っている顔も、微笑んだ顔も、ぼーっとしている時の顔も。
……最後の最後に師範が私に見せた…弱々しい、笑顔も。
全て、全てが……その情景が、蘇る。





そして、その幸せな思い出が…。
もう、二度と戻らないということを。
最後に貴方は……「死」という事実をもって、教えてくれた。
思い出したくない。

けど、忘れたくない。


師範の顔を見ると、涙が出てきてしまうから…

私はすぐに、目を開けた。



すると外から、
栗花落カナヲ
…あなた…!! 居る……?
何処か懐かしい声が聞こえてくる。
あなた
っ……か、カナヲだ……
目から出た涙を拭って、外に出ると。
栗花落カナヲ
……えっと、お萩……買ってきたの。
ラムネも…一緒に、食べよう?
あなた
………ごめん、ごめんね…カナヲ。
今は……1人にしてくれないかな…。
私がそう言うと、オロオロと心配そうに此方を見るカナヲ。

申し訳ないと思い、やはり上がらせようかと考えていると、
栗花落カナヲ
…いつでも相談してね……? 相談くらいなら…私でも乗れるから…。お萩とラムネは、好きな時に食べて。
あなた
えっ…
多少強引に手渡され、そのままカナヲは立ち去ってしまった。
とりあえずわたしは居間に戻り……ラムネを口に運ぶ。

お萩は、食べる気になれなかった。
あの人の好物だ。
また…また、思い出してしまう。


貴方に言えずに、ずっと隠してたこの想いも。
貴方が居なければ……永遠に、晴れることは無い。
あなた
っ……もう、やだ…
きっともう、これ以上辛いことは無いだろう。

これ以上…傷付くことは無い。



…そんなこと、貴方が居なくなった時から分かっていた。











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