……どんなに、忘れようとしても。
頭の片隅には、いつも貴方が居た。
……この屋敷は…師範との思い出で溢れている。
縁側では、一緒にお萩を食べた。
居間では、くだらない雑談をした。
私の誕生日に、師範が台所で…何か作っているのを見かけたこともあった。
庭では…一緒に、鍛錬をした。
屋敷中に、思い出が溢れている。
……目を瞑れば。
師範の怒っている顔も、微笑んだ顔も、ぼーっとしている時の顔も。
……最後の最後に師範が私に見せた…弱々しい、笑顔も。
全て、全てが……その情景が、蘇る。
そして、その幸せな思い出が…。
もう、二度と戻らないということを。
最後に貴方は……「死」という事実をもって、教えてくれた。
思い出したくない。
けど、忘れたくない。
師範の顔を見ると、涙が出てきてしまうから…
私はすぐに、目を開けた。
すると外から、
何処か懐かしい声が聞こえてくる。
目から出た涙を拭って、外に出ると。
私がそう言うと、オロオロと心配そうに此方を見るカナヲ。
申し訳ないと思い、やはり上がらせようかと考えていると、
多少強引に手渡され、そのままカナヲは立ち去ってしまった。
とりあえずわたしは居間に戻り……ラムネを口に運ぶ。
お萩は、食べる気になれなかった。
あの人の好物だ。
また…また、思い出してしまう。
貴方に言えずに、ずっと隠してたこの想いも。
貴方が居なければ……永遠に、晴れることは無い。
きっともう、これ以上辛いことは無いだろう。
これ以上…傷付くことは無い。
…そんなこと、貴方が居なくなった時から分かっていた。
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編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!