第4話

第1話
14
2026/02/07 08:00 更新
─ 正解の外側 ─

【緑谷 side】

今朝のテレビは、いつもより少しだけ騒がしかった。

「──未明、市内の路地で小規模な騒動がありました」

キッチンから、パンの焼ける音。
湯気の立つマグカップ。
いつも通りの朝。

なのに、僕は、リモコンを持つ手を止めていた。

画面に映るのは、細い路地。
もう規制線は外されているけれど、
壁や地面に残る“汚れ”が、やけに目につく。
『現場では未登録の個性使用者が確認されましたが、
ヒーローの迅速な対応により被害は防がれ──』
迅速な対応。
被害ゼロ。
──なのに。

「……」

言葉を反芻する。

──未登録個性使用者。
それは、ヒーローでもヴィランでもない存在を指す、
少しだけ曖昧な呼び方だ。

「逮捕者はいないの?」

「そうみたいねえ。
物騒だし、出久も外に出る時は気をつけなさいよ」

母の声は、心配よりも日常に近い。

僕は頷いて、
無意識のままノートを開いていた。

ページの端に、走り書き。

・被害ゼロ
・逮捕者なし
・未登録個性使用者
・ヒーロー複数名出動

(……何か違和感がある)

画面の隅に映った、白く擦れた金属の跡。
それがなぜか、頭から離れなかった。


雄英高校、1-A教室。

「デク君、おはよう!」

「おはよう緑谷君!今日も良い天気だな!」

「麗日さん、飯田君! おはよう!」

いつも通りの喧騒。
いつも通りの席。

だけど、
相澤先生は、少しだけ疲れた目をしていた。

「着席。ホームルーム始める」

ざわつきが、静まる。

「連絡事項の前に一つ。
最近、未登録個性使用者が関与した案件が増えている」

教室の空気が、わずかに張りつめる。

「ヒーロー資格を持たない個性使用は、
たとえ“自衛”であっても問題になる」

“たとえ”。

その言い方に、
僕は小さくペンを止めた。

「昨日未明の件もそうだ。
被害は出なかった。だが──」

「正しかったかどうかは、別の話だ」

誰も、すぐには反応できなかった。
【相澤 side】

職員室。

相澤は、モニターに表示された報告書を睨んでいた。

件名:
市内路地未明騒動について

関係者欄:
未登録個性使用者(通称不明)

「……」

白墨。

それ以上の情報は、ほとんどない。

顔不明。
年齢不詳。
所属不明。

確認されているのは、
個性が“感情反応型”であることと、
ヒーローの動きを一時的に止めた、という事実だけ。

相澤は、キーボードから手を離す。

(ヴィランじゃない、か)

報告書に書かれていた、
目撃者の証言が、頭をよぎる。

──「あいつ、逃げてた」
──「でも、誰も傷つけてない」

正義の手順は、守られた。
結果も、正解だ。

それでも。

「……灰色、だな」

相澤は、小さく呟き、
一文を書き直した。

本件は、現行法上は問題がある。
しかし、動機および行動には明確な悪意は確認されていない。

保存。

モニターを閉じる。

その“線の上”に立つ存在を、
相澤は、まだヒーローとしても教師としても、
どう扱うべきかわからなかった。
【緑谷 side】

放課後。

ノートを抱えたまま、
校舎の窓から外を見ていた。

(ニュースの人……)

名前も、顔も出なかった存在。

でも、
確かに“誰か”が、そこにいた。

ヒーローにも、ヴィランにもならず。
正解の外側に立った誰かが。

「……会えるのかな」

小さな独り言は、
誰にも聞かれず、風に消える。



この時の僕はまだ知らなかった。

その灰色が、
いずれ僕のノートに、
そして運命に、深く刻まれることを。

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