第8話

th × ot
1,433
2025/05/11 12:31 更新






th side


仕事のオフ日、俺は何をしているのだろうか。
こんな歳にもなってしょうもないことをしている自分に心底呆れる。
いけないことだって頭では分かっているのに体は正直だった。


匠海に内緒で別の男に抱かれて満足している自分が、いつまでも匠海に激しくしてほしいと言えない自分が、嫌いだった。
今日も、また匠海の知らない人に抱かれた。
首にはかすかに手形の赤い跡がついている。
心の内では体がジンジンと痛んでいることに優越感を抱きながらも、匠海がいるのにと罪悪感を抱えていた。
それでも喉仏を押し潰される感覚やあらゆるところを殴られるあの光景を思い出すと体が熱くなる。
もういっそすべて終わらせてしまおうか。
何度も考えたけど、優しい顔で俺を見る匠海には敵わなかった。
「ほんとに彼氏に言ってねえの?」
『なにを』
「大夢が、ドMだって。」
『言わないよ。嫌われたくないし。』
「なあ、なんでそんな奴と付き合ったの?優しくされるの嫌いじゃん。」
『匠海は特別なの、お前の優しさとは違うんだよ』
「なんだよそれ、まあやらせてくれるならそれでいいけど。そいつに飽きたら付き合ってやってもいいよ。」
『はあ?お前は絶対あり得ないから。』
なんでだよ、と小さく声を漏らした彼の横で、傷を隠すように服を着た。

分かってる。隠し事があるのはいけないって。
恋人なんだから、なんでも言い合える関係であるべきだって。
でも、匠海が知らない自分を知ってしまうのが怖くて、知られたら嫌われてしまうのではないかと不安で仕方がない。
匠海と別れるのは絶対避けたかった。
あのなんでも包み込んでくれる温もりが堪らなく好きで。
その温かさがなければ生きていけないほどになってしまった。
匠海の大きな体で包まれたい。匠海の前だけでは素直で正直にいたい。
それなのに、怖いからって隠しづつける俺は、つくづく救いようがないのだ。


俺をどんどん侵略し続ける罪悪感の中暗い帰路を歩いた。
俺を照らすのはただぼんやりとした街灯だけだった。
家が見えた途端、足の動きが止まる。
俺の部屋には誰もいないはずなのに電気がついている。
消し忘れたまま家を出てしまったのだろうか。
それとも、匠海が...?
どちらにせよ小走りでマンションのエレベーターに駆け込んだ。

家の鍵はさすがに閉めて出てきたのに、空いている。
間違いない、匠海だ。合鍵を渡したのは彼しかいない。
恐る恐る扉を開けた。
そのまま廊下を歩いてリビングの扉を開けると、ソファにはスマホをぽちぽち触っている匠海が居座っていた。
こちらを見た瞬間無表情だった顔が徐々に笑顔になっていく。
「大夢ー!おかえり!あごめんな、勝手に入っちゃって」
『全然大丈夫、合鍵渡したの俺だし。それより来てたんだ』
「うん、今日オフやし会いに行ってもいいかなーと思って。」

荷物をテーブルに置いて上着を脱ぎながら匠海の隣に座った。
匠海の綺麗な顔が近づいてきて、殴られた俺の体を優しく抱きしめた。
それに応えるように、俺も腕を匠海の背中に回した。
「待ってる間、寂しかった。どこ行ってたん?」
『ごめん、ちょっと用事があって。会えて嬉しいよ。』
俺が一番好きな匠海の匂いがする。
こんな温かさに包まれてしまったら、力が抜けて匠海以外何も考えられなくなってしまう。
さっきの押しつぶされそうだった罪悪感もどこかへ飛んでいってしまった。
お互い腕の力が緩んで至近距離で目が合う。
綺麗な瞳に吸い込まれそうになった。
そのまま当たり前のように唇を重ねる。
何度も触れ合うだけのキスが続いて、耐えられなくて俺から今までよりも強く唇をくっつけた。
「珍しいやん、大夢からくるなんて。」
『いいじゃん。今日はそういう気分なの』
「はは、可愛い」
向こうも求めてくるように濃厚なキスが続く。
やっぱり匠海は特別。力強くて溶けそうなのに、どこかに優しさがある。
息ができなくて苦しくても、自ら触れ合うことをやめることはできなかった。

満足したのか、唇同士が離れてまた目線が合う。
匠海は大きい手で俺の頭を当たり障りなく撫でた。
心地良いその手に眠気が誘われる。

「ねえ大夢?今日はさ、話したいこともあって来た。」
『ん?なあに、』








「...ごめんやけど、俺たちさ、別れようか。」



『、え?』




この瞬間、俺の中で何かが壊れた。





プリ小説オーディオドラマ