Sunoo side
"大手企業グループ代表交代。新代表は高校生か。"
そんな見出しが見えて、何気なく開いただけだった。
高校生が企業グループの代表なんて、前代未聞なんて
話ではなかったから。
後ろから僕の頭をずっと撫でてくれるジョンウォン君に
見てってスマホ画面を見せてあげようとしていたのに、
フラッシュに包まれた場所に出てきた人は。
それはそれは、僕がよく知っている人だった。
どういう事?
ニキ君が、代表?
何がどうなってニキ君がそこにいるの?
いつからそうなる予定だったの?
画面の向こう側からカメラを通して、
いつもみたいにイタズラっぽく僕に笑いかける。
その笑顔に、封じ込めていた気持ちの蓋が緩む。
記事をもっとよく見ようとスクロールする前に、
ふっと目の前からスマホが消えて、視線をあげると、
ジョンウォン君が僕のスマホを持っていた。
そのまま徐に立ち上がってキッチンへ入っていくと、
流しに置いてあった水が溜めてある桶の中に、なんの
躊躇もなくドボンと落とし込んだ。
慌ててキッチンに飛び込んでいくと、桶の中に手を
突っ込んでスマホを取り出す。でももう遅かったようで
画面はすっかり真っ暗で、電源ボタンも反応しない。
"浮気、してないよね?ソヌヒョン。"
スマホが壊れちゃってるのに。
僕の頭の中には、ニキ君の声だけが繰り返される。
浮気って何?僕の事放って何にも言わずに、
急に居なくなったくせに。今更そんなこと言って。
僕がどれだけ心配して、どれだけ寂しい思いして、
泣いて、どれだけ空っぽになったと思ってるの。
なのに今更、そんな勝手なこと。
目の前がゆらゆら揺れ始める。
決して顔をあげないまま桶の水が目に入ったみたいに。
目一杯涙が目に溜まっていく感覚がした。
嬉しかった。
ニキ君は、僕を捨てたりなんてしてなくて。
どういう事情があったのか知らないけど、
僕の事が好きじゃなくなった訳でも無さそうで。
あんな風に笑うニキ君を見るのは、本当に久々で。
思わず緩んだ顔を引き締めるような声が聞こえる。
僕は大粒の涙を流したまま、ゆっくり顔を上げて、
すぐ隣に立つであろうジョンウォン君を見上げる。
ジョンウォン君は酷くつまらなさそうに水没した
スマホを見つめて、大きなため息をついた。
ジョンウォン君が、僕を睨む。
その顔は僕が見た事ないくらい冷たくて、
それでいて全部がどうでも良さそうな空気があって。
どうしよう。
頭の中に浮かんだ言葉はそれだけで、ただもう動く事の
ないただの薄い箱をぎゅっと握り締めて、決して目を
逸らさないように目を見つめ続けた。
何にも言えない。これは本当に、どうしようもない。
だって僕の心は、さっきのニキ君の言葉でもう。
でもそんな事、今のジョンウォン君に言えば。
最近聞いてなかった、ジョンウォン君の大きな声。
それに酷く身体が驚いて、じんわりと力んでいく。
何となく良くない予感がして、回らない頭で一生懸命
言葉を紡ごうと口を開いた時。ふっと目の前が暗く
なって、足元がバタバタと定まらなくなる。
ジョンウォン君に引き寄せられて、キスされていると
気付いた時には、息もできないほど深く、嗚咽して
しまう程舌を入れ込まれて、死にそうになる。
ぐっとジョンウォン君の体を必死に押してみるけど、
離れるどころか身体がギシギシと軋むほど強い力で
抱き寄せられて、なんの抵抗もままならない。
遂に立っていられなくなり、ガクンと膝が折れると
そのままバランスを崩してキッチンの床に倒れ込む。
ジョンウォン君も一緒に倒れ込んできた勢いが余って、
ゴンと鈍い音を立てて僕の頭が床に打ち付けられた。
それでもお構い無しに深くキスをされて、目が回る。
ようやく離された時には過呼吸になるんじゃないかと
思うほど体が激しく呼吸をして、目から涙がこぼれ、
酸欠でクラクラする頭と、チカチカする目の前。
ジョンウォン君はそんな僕の身体に跨ったまま、
体を起こして、じっと黙り込んで僕を見下ろした。
その目には確かに怒りが含まれていて。
その言葉は、僕がニキ君に対して?
それとも、僕がジョンウォン君に対して?
ふっと覆い被さってくるジョンウォン君の肩をしっかり
両手で掴んで、これ以上僕と距離が近くならないように
必死に抑える。
ジョンウォン君がその手を払って、また僕に近付いてを
繰り返している間も、僕は必死にジョンウォン君に、
謝り続けた。
ジョンウォン君の涙が、ポタポタと僕の頬に落ちる。
あぁ、僕は本当に最低だ。
こんなに純粋に僕を愛してくれた人を差し置いて、
勝手に離れていった人を選ぶなんて。
僕はきっと地獄行きだ。
人の気持ちを弄んだ。蔑ろにした。
僕が今までしたこと無かった事だ。
これだけはしちゃいけないと思っていた事だ。
なのに僕はまんまと遊んでしまった。
寂しいから。一人で涙を流したくないから。
そんな僕を、受け入れてくれたのに。
段々と、ジョンウォン君の力が弱まっていって、
最終的には僕に近付くのを諦めたように、僕に跨った
まま、右手で顔を隠してしまった。
その姿があまりに悲痛で、僕まで苦しくなってくる。
なんて、偽善者もいい所。僕にそんな風に感じる資格は
全くなくて、何か言葉をかけるのも烏滸がましい。
ひどく、か細い声。
弱く震えていて、居た堪れない。
この状況でも、僕の心にはこの子じゃない他の人が
いるのが、あまりにも残忍でどうしようもない。
真っ赤になった目で、僕を見つめる。
その目は冷めきっているようで、まだ少し熱い。
そっと僕の上から退くと、僕に背を向けて鼻をすする。
その背中は僕に対する揺るぎない"拒絶"を感じさせ、
もう僕がここにいる理由も権利もないことを悟った。
徐に立ち上がって、
その場を離れようとゆっくり歩き始める。
予想外の言葉に、思わず振り返る。
もう会話なんてないと思っていたに加えて、
想像もしていなかった言葉に頭が混乱した。
そんなのって、自己犠牲がすぎる。
いや、ただ僕に付き合っているという認識を
持たせたいだけかもしれないけど、この子なら
平気でまだ僕と付き合ってるからとか、言いそうで。
でも、もし。
ジョンウォン君のそれを呑むことで、少しでも
ジョンウォン君が僕に復讐が出来るなら。
僕はそれを呑む。
それはまるで呪いのように。
ジョンウォン君は、はっきりと。
僕の目を見て、そんな事を言った。
僕は、それに答えないまま。
水没したスマホを片手に、
ジョンウォン君の家を飛び出した。
Jungwong side
もう、どうでもいい。
バタバタと足音が遠のいていく。
キッチンに座り込む僕を一人残して。
あの人はもう帰ってこない。
ここにあるあの人の物も、全部片付けなきゃ。
長い、長い時間だった。
僕があの人に気持ちを寄せるようになってから。
今日に至るまで、本当に本当に長かったのに。
一度だってあの人の心は僕に揺れなかった。
自信をなくしてしまう。
こんなにも、一生懸命に生きてきたのに。
どんな努力だって惜しまずしてきたのに。
その結果がこれだ。
もう、好きになった人が悪いとしか、言いようがない。だって僕には一切非が無いはずだから。僕はなんにも
悪いことをしていないと思うから。
最悪な人を、好きになった。
僕はきっと、人を見る目が微塵もないんだろう。
泣き腫らした目は熱いのに、涙で濡れた頬はすっかり
冷たく冷え切ってしまった。そんな僕を慰めてくれる
人なんて、多分この世界のどこにもいない。
あぁ、良くない。気持ちが暗すぎる。
いやまぁ、好きな人に浮気されたんだから。
そりゃこうもなるかもしれないけど。
あんまりバッドに入りすぎてもしんどいしな。
あんなクズ、早々に忘れてしまった方が早い。
徐に立ち上がって、フラフラとキッチンを出ていく。
クシャクシャになったベッドを見てまたバッドに
入りそうになって、どうしようもなく頭を抱えた。
これからこうして何かを見る度に、
あの人との思い出に酷く苦しめられるのだろう。
止まった涙が、また溢れてくる。
それが悔しくて、悔しくて、ベッドに顔を埋めて。
泣いてなんかないと、弱く強がった。
誰も、見てないのに。













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!