どれくらい、時間が経ったのだろう。
なかなか泣き止まないみくらを抱きしめていると、そっと、部屋のドアが開いた。
顔を覗かせたのは、ことねさんだった。
俺がみくらを抱いているのを見て、入ってはいけないと思ったのか、
ことねさんは謝ってきた。
ことねさんになら何を見られても、どんな秘密を明かしても、いいかと思ってしまう。
目を真っ赤にして、まだ悲しそうな、怯えた顔をしているみくらが、
こちらを見上げて言った。
そんなみくらを、不覚にも可愛いと思ってしまう。
透き通ったみくらの頬を、優しく撫でた。
そう言ってことねさんは、安心させるように小さく笑った。
まだ目は腫れているが、泣き止んだみくらを支え、立つ。
部屋を出て、いつもの、食事や休憩ができるスペースへ戻る。
丸テーブルの一つに、みくらとそっくりの女の子が座っていた。
みくらは双子だという話は聞いていたが、
ここまで似ているとは驚きだ。
なんて声をかければ良いのかわからず、とりあえず挨拶をする。
さくらは、控えめに会釈するだけだった。
顔色からは、酷い疲れが読み取れた。
俺とみくらとさくらは、ことねさんの車に乗り込んだ。
俺を家に送ったあと、そのまま児童相談所に向かうのだろう。
数分車に揺られ、すぐに家に着いた。
俺は何度もことねさんにお礼を言い、車を見送った。
みくらとさくらのことが、心配でたまらなかった。
何度か、みくらの腕にあざを見たことがあり、
その度に心配して声をかけたのだが、みくらはただ笑うだけ。
あのさっきの様子だと、やはりみくら達は虐待を……。
嫌な想像が頭をよぎる。
その日は、なかなか眠れなかった。
深い眠りにつけないまま、朝を迎えてしまった。
思い瞼を開け、なんとか起き上がる。
朝食を食べ、学校へ向かった。
みくらとは学年が違うから、学校で会うことは少ない。
体育の授業前に、廊下でみくらとすれ違った。
こんな状況で、俺の心配までしてくれるなんて、
どこまでも優しい子なのだと、尊敬する。
そんなみくらが、愛おしくてたまらなかった。
あまり長話はできないが、少しでもみくらと接していたくて、訊いた。
みくらの顔が陰ったのを見て、これ以上深掘りはできないと思った。
俺は体育館へ向かった。
俺は、みくらのことが好きだ。
今まで恋をしたことのなかった俺にとって、みくらは特別な存在だった。
東雲色に光るストーンを、照明にかざす。
昨日、みくらがつくったストーンだ。
自分のものではないのに、持って帰ってきてしまった。
あの部屋では、自分の気持ちをこの「ストーン」という物体に変えることができる。
そうすることで、抱えている気持ちや言いづらい言葉を吐き出せるのだ。
明日みくらにストーンを返すつもりだが、
みくらはこのストーンをどうするのだろうか。
みくらの「愛されたい」という気持ちが入っているこの石。
詳しい話は知らないが、みくらはきっと、両親から愛されてこなかった。
そんなみくらを守るのは、俺だ。
俺はぎゅっと、東雲色のストーンを握りしめた。
みくらとさくらが児童相談所に預けられてから、一週間が経った。
みくらとは、学校であった時に少し言葉を交わす。
それだけでなんとなく表情が和らいで、俺も嬉しくなる。
今日は、放課後にストーン屋で、みくらと会うことになっていた。
ストーン屋の本当の名は、「自由スペース きらり」という。
その名の通り自由に過ごすことができ、みくらとの交流の場として活用している。
制服から私服に着替え、ストーン屋へ向かった。
ストーン屋でみくらと合流し、言葉を交わす。
渡されたのは、東雲色に光る、ふくろうの形をした彫刻物だった。
ふくろうには、「福来朗」や「不苦労」という当て字があるため、
縁起の良い動物として知られている。
目は可愛らしく縁取られており、羽の部分まで丁寧に再現されている。
そのリアルさから、今にも動き出しそうな代物だ。
俺も彫刻が得意だが、みくらには敵わない。
それでも、いつか彫刻でお返しをしたいと思った。
みくらが、心配そうな顔で聞く。
みくらが作ってくれた小さなふくろうを、そっと手で包みこんだ。
みくらがスマホを取り出し、こちらに向ける。
そこには、女の人と一緒に写るみくらの写真があった。
みくらは首を傾げ、誰に似ているか思い出そうとしている。
この児童相談所の職員は、ことねさんと顔がよく似ていた。
優しそうな雰囲気、明るい笑顔。
ことねさんよりも若く、細かいところは異なるが、
それでもことねさんと類似していた。
他人の空似か、あるいは親族か。
俺たちはことねさんに聞いてみることにした。
ストーン屋の中に夕方の光が差し込む。
ことねさんに聞くと、ゆっくりと口を開いた。
児童相談所で職員を務めているため、みくらはよく知っているようだ。
「双子」という言葉に、みくらが反応する。
俺は、ことねさんの言葉に違和感を持った。
「双子だった」という過去形だということは、今は……。
俺の顔で察したのか、ことねさんは小さく頷いた。
ことねさんは、窓の外を見た。
昔のことを、思い出しているようだった。
「自由スペース きらり」
ことねさんの妹であるきらりさんを想って、名付けたということだ。
妹を亡くすという経験は、どれほど辛いものなのか。
俺にはわからない。
でも、もし俺がみくらを失ってしまうとしたら……。
心の奥がぎゅっと締めつけられるような感覚。
大切な人を亡くすという気持ちは、なんとなく想像できてしまった。
みくらも同じようなことを考えているのか、不安そうな顔でこちらを見つめ、
手は微かに震えていた。
その手をそっと握る。
俺は、みくらを守りたい、守らなければいけないと強く感じた。
ことねさんは微笑んだ。
なぜことねさんがそんな言い方をしたかというと、
俺は何度もストーン屋に来ていてストーンというものの詳細も知っているのに、
自分でストーンを作ったことは無かったからだ。
奥の個室へ行き、深呼吸をする。
言葉を発しようとしたが、うまく言葉が見つからない。
言葉を選べないまま、時間だけが過ぎる。
みくらへの愛、みくらの幸せ、みくらへの感謝。
そして、みくらがもう二度と虐待なんかされませんように、という願い……。
心の中で、列挙していく。
いつしか、俺がストーン屋にいる事も忘れ、目を瞑り、
みくらのことを想い続けた。
目を瞑っていても、部屋の中が光りに包まれていくのがわかった。
そっと目を開ける。
紅梅色の優しい光が、部屋に充満していた。
部屋の中央にある水晶が、優しく光を灯している。
目の前に現れた紅梅色のストーンを、両手で包みこんだ。
丁寧にポケットに忍ばせる。
そのまま、清々しい気持ちで部屋を出た。
みくらはことねさんと楽しそうに話していた。
みくらは安心したように笑う。
みくらの明るい笑顔を見て、俺は心の中に温かいものが溜まっていく感覚がした。
次の日の放課後。
みくらが不思議そうな顔をする。
みくらの前に、プレゼントを差し出す。
それは、紅梅色に光る、ふくろうの形をした彫刻物だった。








![[ 参加型 ]落ちた先は不思議の国でした。](https://novel-img-gcs.prepics-cdn.com/prcmnovel-tokyo-prod-converted-images/p/CWM21aGkG1bNkBofNlYosPPNAoD2/cover/01KKED60ZZF6CG8EV21DX6C63E_resized_240x340.jpg)



編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!