ピピピ ピピピ ピピピ ……
目覚まし時計を止めると同時に、スマホを開く。
『明暗』というアカウントを開けば、そこには1万人近くのフォロワー。
みくらは小さく欠伸をすると、隣にいる姉に声を掛けた。
食卓でいちゃつく母と父。
母は、みくらとさくらとは血が繋がっていない。
みくらとさくらが小学3年生の頃、母親は出ていき、父親は新しい女を連れて来た。
それが、今の母親だ。
母はみくらとさくらにちらっと目を向けただけで、何も言わない。
父は見向きもしなかった。
みくらは椅子に座って朝食を食べ始める。
さくらはいつものように牛乳だけを飲むと、部屋に戻ってしまった。
学校に行く準備をして、2人は家を出る。
未だに両親は食卓でベタベタし合っているので、居心地が悪い。
みくらにとって、家にいるよりも、学校の方が何倍も落ち着くのだ。
学校に着くと、みくらは音楽室に向かい、さくらは保健室に入っていった。
音楽室には、真姫がいた。
これから、合唱部の活動が始まる。
みくらも真姫も、歌が大好きだ。
みくらは、手作りの、木彫りの小鳥を差し出した。
彫刻は、みくらの趣味。
昔から消しゴムはんこや、版画を作るのが好きだった。
こうして、作った彫刻物を合唱部の先輩に渡すと、音楽室に飾ってくれる。
それが、みくらにはすごく嬉しかった。
まだ部活が始まるまで時間があるので、みくらと真姫は他愛のない話をした。
言ったあとで失礼だったかもと焦ったが、
真姫は気にすることなく嬉しそうに笑顔を見せた。
みくらにとっては初めて聞く店の名前だった。
真姫が「ストーン屋」とやらで何を経験し、なぜ明るくなったのかはわからない。
それが逆に興味に繋がった。
それからまた話は様々な方向に飛び、
みくらの目線は、去年の合唱コンクールの写真に向けられた。
今の2,3年生が写っている写真だ。
写真には、今はいない人が写っていたので、みくらは疑問に思った。
そう言って真姫は、困ったように笑うだけだった。
いつも通りの学校生活を過ごし、放課後の部活も終わった。
みくらは、保健室から出てきたさくらと合流し、家路につく。
みくらがなにか一方的に話をして、さくらは基本無反応…というのが定番なのだが、
さくらは珍しく自分から口を開いた。
さくらは話しながら、久しぶりに笑顔を見せた。
カチャ
みくらが家の鍵を開け、二人は中に入る。
まだ家には誰もいないから、気が楽だ。
みくらはすぐに宿題を終わらせると、スマホを手に取りいつものSNSアプリを開いた。
いくつかDMが来ており、その一つにみくらは返信した。
この質問は、よく来る。
アカウントのユーザー名は、「明暗」。
基本「めいあん」と読むだろうが、聞かれたときには素直に答える。
自分の名前はひらがなだ。
きっと、自分を産んだ母親が適当につけた名前…みくらはそう思っている。
だから、自分で漢字を考えて、SNSで使った。
表面上は「明」るいけれど、中身は「暗」い…。
雰囲気が出るし、自分の性格も表しているから、
みくらは自分で考えた漢字の名を気に入っていた。
急に言い当てられてびっくりした。
おそるおそる返信する。
みくらはネットに彫刻物をアップしていたため、それで気づいたのだろう。
誰かに憧れているなんて言われたのは初めてで、ただ戸惑うばかり。
だけど、嬉しかった。
星雲中の人だと相手は名乗っているが、本当なのかはわからない。
会うのは危険かもしれないが、信じたいという気持ちのほうが強かった。
みくらは真姫に紹介された店のことを思い出し、提案した。
相手はストーン屋の存在を知らなかったようで、
場所を教えたり時間と日時を決めたりして、ネットでの会話は終わった。
単調な学校生活と息苦しい家庭環境で疲れていたから、
「あき」という人との約束はとてもわくわくした。
しばらくして彫刻をしたいと思ったみくらは、彫刻刀を出そうとした。
いつも机においてある彫刻刀が無い。
さくらに聞くと、ベッドでうずくまっていたさくらはビクッと肩を揺らした。
いつも以上に元気がないさくらの様子が気になったが、
帰ってきた父が苛立っているので、みくらは急いで風呂を沸かしに行った。
さくらは包帯が巻いてある左手首を、じっと見つめ続けた。
あきとの約束の日。
地図を見ながらたどり着いたのは、「自由スペース きらり」という場所。
ストーン屋では無いのだろうか。
声をかけてきたのは、ことねという人だった。
本当の店の名は「自由スペース きらり」というそうだが、
ここに来た者はみんな「ストーン屋」と呼ぶ。
みくらとことねが話していると、星雲公園の方から誰かが歩いてきた。
初めて会う明希という人は、みくらの想像以上に整った顔立ちをしており、
イケメンながらも可愛らしい顔で、思わず見とれてしまった。
明希とみくらは店の中に入り、椅子に腰掛ける。
ことねはカウンターに行ってにこにこと二人の様子を眺めていた。
初対面の2人。
初めて入る店。
緊張する要素がたくさんあってお互いなかなか話始めなかったが、
明希は慣れてきたのか、彫刻の話題をみくらに持ちかけてきた。
そのおかげでみくらは緊張がほぐれ、自然に話すことができた。
明希は2年生で、みくらは1年生。
年の差はあるものの彫刻という共通の趣味があり、明希も話が上手なため、
今日初めて会ったとは思えないほど親しくなった。
長時間話してしまったため、2人は帰ることにした。
その数日後、また明希とみくらは待ち合わせをし、話した。
1週間後、1ヶ月後、何度も2人は会い、いろいろなところに行った。
こんな経験、みくらにとっては初めてで、本当に楽しかったし、落ち着いた。
みくらと明希は、どんどん親しくなっていった。
ある日のこと、みくらは今日もストーン屋で明希とおしゃべりをし、
今、家に帰ってきたときだった。
何か、嫌な予感がした。
急いでリビングに行く。
鈍い音がして、さくらが飛ばされるのを、みくらは見てしまった。
父に、殴られたのだ。
今までも、父がみくら達に暴力を振るうことはあったが、
人を飛ばすほどの威力で殴られたのは、初めてだった。
…何が、あったのか。
さくらを見ると、左手の包帯が取れ、傷が見えている。
父は、さくらの自傷行為を目撃し、気持ち悪いと感じ、殴ったのだ。
…本当は、みくらも、さくらの自傷行為に気づいていた。
この前みくらが彫刻をしようと思ったときに彫刻刀が無かったのも、
さくらがリストカットのために使っていたからだった。
それでも、殴るのはおかしい。
父親は、みくらのことも殴った。
…もう、この家にはいられない。
みくらはさくらと一緒に、家から走った。
父親は興味を失ったのか、追いかけもしない。
走れ、走れ、
……ストーン屋へ。
ストーン屋には、まだ明希がいた。
走ってきたみくらと、それにそっくりな子を見て驚く。
ことねは、みくらとさくらを見て、珍しく慌てて、硬直した。
明希は、何かを察したのか、固まってしまったことねに
そう叫んで、みくらをそっと誘導した。
みくらと明希が来たのは、店の奥の小さな部屋だった。
みくらの心からの叫びに、部屋はぽうっと東雲色に光り、反応した。
光は強くなり、その光の色と同じストーンが、誕生する。
みくらは、泣いていて気づかない。
明希はそれに気づいたが、何も言わず、みくらをそっと包んだ。
みくらは涙を流し続け、
明希は、そんなみくらのことを、ずっと抱きしめていた。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。