おじさんと別れて、夜のネオン街を歩く。
ネオンの光に溶けてしまえば、私なんてちっぽけな存在だ。
誰も私がさっきまでホテルであんなことしてたなんて、想像もしないでしょ。
外見だけで真面目だと言われる私が、夜な夜な行為に明け暮れているなんて、誰も。
私は、気持ちが高揚していた。
スキップしたいほどに、大声で笑いたいほどに。
誰にも自慢できないようなことをしている。
恥ずべきことをしている、自分を安売りしている。
それでも、その行為が私に生を感じさせるのだ。
温い夜風に靡く髪から、ホテルのシャンプーの匂いがした。
青信号がチカチカと光り出して、私は少し小走りになる。
その瞬間、すれ違いざまにぶつかってしまって身体がよろけた。
鞄が地面へと投げ出される。
「……っと、ごめん! 大丈夫?」
抱き止められて顔を上げると、心配そうに私を覗き込む男の人と目が合った。
慌てて身体を離して小さく頭を下げる。
「大丈夫です。こちらこそすみません」
そのまま中身が少し飛び出した鞄の前にしゃがみ込んだ。
すると、男の人も咄嗟にしゃがみ込む。
「ほんまにごめんな、余所見してて――」
彼の視線が一点に釘付けになった。
鞄から少しはみ出た避妊具を見て、彼は固まっていた。
私はすぐに鞄にしまって立ち上がり、もう一度勢いよく頭を下げて一歩踏み出した。
しかし、腕を掴まれて体が後ろにつんのめる。
「信号赤やから!」
どうしようもなく動揺していた。
耐えがたいような空気に包まれているのは私たちだけで。
雑踏が響く様は眠らない都会の街を表しているみたいだった。
「えっと、じゃあ、俺行くから。気ぃつけてや」
彼は明らかに気まずそうな表情を浮かべて走り去っていった。
別に動揺することないじゃない。
もう会わない人なんだから。
そう言い聞かせて、心を落ち着かせる。
信号が青になったのを確認して、今度こそ歩き出した。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!