第56話

両親-4
205
2025/11/19 01:00 更新
🐧「うそ、当たってる……」

弟たちの騒ぐ声がリビングから聞こえてくる。
それを遮るように後ろ手で部屋の扉を閉めてから、
そういえば今日が母の公演のチケットの当落発表日だったのかと気付く。
なんとなく嫌な予感がして、自分のスマホから
電子チケットのアプリを開くと、案の定『当選』の文字が浮かんでいる。
🐧「あんな高倍率だったから、絶対に落ちたと思ってたのに……」

どうしよう、と呟いてみる。
きっと、韓国中に本気で行きたかったのに落ちた人がいるだろう。
彼らのことを考えれば、チケットを無闇に捨てるなんてできそうにない。
外れたメンバーがいれば譲ってあげようと思いリビングを覗いてみたものの、
落選して落ち込んでいる人はいない。
なんたる強運の持ち主たちなのだろうか。
軽い恨みを抱き、悩みに悩みながらも、毎日はあっという間に過ぎていく。
その間も弟たちにコンサートの誘いを受けては
やんわりと言葉を濁す日々が続いている。
以前チャニからメンバーに誘われたときと同じように、
熱心な言葉の数々が、頑なだった自分の心を砕いていく気がする。
そんな感じで、気付いたときには公演前日となってしまっていた。
🐺「“あなたの下の名前ちゃん”」
🐧「チャニヒョン!?その呼び方は禁句……!」
🐺「大丈夫だよ、皆外に出てるから。……ちょっと入っていい?」
🐧「いいよ、ここはヒョンの部屋でもあるんだし」

入室してきたヒョンは、自分のベッドに腰掛けると、
伏し目がちにこちらを見てくる。

🐧「なに……」
🐺「ほんとに行かないの?……雅さんの公演」
🐧「……」
答えに詰まる。
チャニヒョンはあくまで優しい視線を向けながら、
そっとベッドを指差した。
🐺「手紙は見た?ほかの弟たちも皆、あなたの下の名前と行きたがってるよ。……でも僕は、このチケットを使うかはあなたの下の名前が決めていいと思うんだ」
🐧「……実は持ってるんだ、僕も、もう既に」
🐺「え?」
🐧「コンサートのチケット。応募して、当たっちゃった。絶対無理だと安心してたのに」
🐺「……行くつもりだったの?」
🐧「まさか。毎回自分でチケットを取ってるだけ。人気のピアニストだし、取ってて損はしないでしょ。……あの子たちが僕の分まで応募してくれてたなんて知らなかったから」
🐺「あなたの下の名前、それって……まるで今までも行きたかったって言ってるようなものじゃ……」
🐧「違う!違うよ、ヒョン。僕は行きたくなんか……」
🐺「無理だと安心したってことは、行かない理由を探してただけでしょ?雅さんは、あなたの下の名前にも来てほしいんじゃないの?大切な娘にも聴かせたいんじゃないかな。だとしたら、行かないほうが悲しませることになると思うんだけど」
🐧「すごく狡い言い方するんだね。……来てほしいと思う?逆に嫌なんじゃ……」 
🐺「あなたの下の名前、お母さんに自分のライブに来てほしいと思わない?……同じだよ、きっと」
🐧「……そう、なのかな。そうだと……いいかもしれない」
とうとうメンバーたちの説得に負けた僕は、
メンバーからは離れ、音響のよいホール中央で参戦することに決めた。
もちろん、僕のために取ってくれた貴重なチケットは落選したらしい他事務所の友人に譲った。

そうして迎えた公演当日。
午前は予約していた大きな花屋に寄って、
母の好きなカーネーションを入れた花束を受け取る。
本当は送るだけのつもりだったが、
『韓国にようこそ。公演お疲れ様』
と手書きのメッセージカードを添え、差出人はいつも通り空白のまま、
同じく公演のために渡韓していた兄に託すことにした。

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