岸家を我が家に招き入れて数日。
妹さんと弟くんはすっかり馴染んでくれて、毎日楽しく過ごしてくれる。
秘書さんとも仲良くなって、まるで家族のようでとても微笑ましい。
そんな反面、兄弟たちよりも警戒心が強くて、なかなか馴染んでくれないのが、まさかの岸くんだった。
なにをするにも1人だし、こちらが手伝おうとすると「大丈夫です!自分でやります!」と言って、断られてしまう。
岸くんは俺より年下だし、リードしてあげたいって思う。
でも、岸くんがそれを望んでいないのであればこちらも手が出せない。
それを秘書さんに相談すると、「岸さんにもなにか事情があるかもしれません。もう少し待ってみてはどうでしょう?」と言われてしまえば、大人しく待つしかない。
そして待つこと1ヶ月。
岸くんがストレス性の風邪をひいてしまった。
全然大丈夫そうじゃない。
心配をかけないようにしているのか、まったく説得力がない。
顔は赤いし、普段よりも目が潤んでいる。
こんな姿を見たことがないから、とても心配だ。
岸くんは「別邸」という言葉に反応したけど、考えるのをやめたのか、すぐに寝息をたてはじめた。
岸くんが寝入ったのを見て、部屋を出る。
岸くんが寝ている間に出来ることを済まそう。
スマホでお粥の作り方を見て、1人で黙々と作る。
火加減に注意をしながら、味付けをしてなんとか完成させる。
初めて作ったけどなかなか良い感じにできたと思う。
見た目も美味しそうだし、味付けもいい感じだ。
お粥を持って岸くんが眠る部屋に入る。
岸くんはまだ寝ていて、ぐっすりだ。
冷えピタを替えてやると、冷たさにピクっと反応したけど、またすぐに寝息をたてる。
それにほっとして、キッチンの片付けをしようと部屋を出た。
そういえば、岸くんは親がいなくて兄弟たちは自分が世話をしているって言ってたな。
頼れる人がいなくてずっと1人でやってたって。
もしかしたら、その癖が残っているのかもしれない。
チーン·····と鳴る音が聞こえる。
周りの大人たちは涙を流していた。
空気は重く、とても暗い。
まるで·····お通夜のようだ·····。
「可哀想に·····まだ若いのに。」
「まだ下に2人いるらしいぞ。」
「まだ赤ちゃんでしょ?」
「親がいないのにどうするのかしらねぇ·····。」
色んな方向から聞こえる心配する声。
まるで他人事のようだ。
大人は卑怯だ。
言うだけ言って、なにも助けてくれない。
手を差し伸べて欲しい時に無視して、いらない時に手を出してくる。
キモチワルイ。
本当に大人は·····、
キモチワルイ。
ここは·····。
そうだ。
紫耀さんの家に引っ越したんだった。
コンコン。
紫耀さん·····。
ニコニコした笑顔。
風邪をひいているからか、いつもは気にしないのに今はその笑顔が嫌で仕方ない。
俺はいつも苦労してるのに·····。
あぁ·····、紫耀さん困ってる。
迷惑かけちゃダメなのに·····。
思っていることと、言っていることが逆になる。
嘘だ。
紫耀さんはいつだって優しい。
見知らぬ俺を助けてくれた。
1人だった俺に手を差し伸べてくれた。
抱きしめてくれた。
なのに、俺は·····。
いつの間にか流れていた涙を優しく拭ってくれる。
こんなにも優しいのに俺は·····。
紫耀さんから離れようとしてる。
縋っちゃダメなのに。
迷惑かけちゃダメなのに。
ごめんなさい·····。
俺はなんでこの人を疑ったんだろ。
こんなにも優しくて温かい人を、どうして裏切ろうとしたんだろ。
暖かい。
紫耀さんは太陽みたいな人だ。
俺もずっと隣にいたい。
この人の傍にいたい。
好きだよ·····紫耀さん。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。