あの後、結局翔くんと話に盛り上がり夕暮れ時になってしまった。
いつも下校時は寄り道ひとつせず帰っていたあの頃を思い出す。
お母さん、心配してるかな。
…そんなわけないか。
ついさっき別れたあの時以来の友達の名前を口にする。
立ち止まって、しばらく日の光に身を任せる。
翔くんの家と僕の家は美しいほど真逆だ。
もしも翔くんと一緒に帰ることができたら今のこの気持ちを感じる時間も少なかっただろう。
ふいにポツンと、空に一つ浮いている一番星を見つけた。
僕は重い足を頑張って持ち上げ、再び帰路についた。
今日も、返事はない。
靴を脱ぎ、リビングへ上がる。
身なりだけはいいお母さんは1人、いつ買ったかわからないカップラーメンを摘んでいた。
まだ夕食には早い気がするけど。
お父さんはまだ帰ってきていない。
いつもどこかに寄り道して帰ってくるらしい。
僕は台所の引き出しからとっくに賞味期限が切れているカップラーメンを取り出す。
お湯を沸かしてとくとくとカチコチの麺の上に注ぐ。
死んだナメクジに塩をかけた時のように時が経つごとに麺は生き返っていった。
そしてはや3分。
僕はラーメンと箸を持ってお母さんの隣に座った。
静かな家。
ラーメンを食べる音だけが空気を遮る。
一滴、輪から外れたスープは学ランに向かって弾け飛ぶ。
僕の制服はみんなと違ってピカピカじゃない。
昔お父さんが来ていたお下がりだ。
だからサイズもブカブカだし、薄汚れている。
僕はみんなと違ってピカピカの制服や体操服も腕時計も持っていない。
友達と遊ぶゲームも流行りの服も持っていない。
お母さんの作ったご飯も食べたことない。
泥に塗れた自尊心だけが、ある。
視界が歪んで、手に力が入らなくなって、スープと麺が複雑に絡み合ったお箸が床に落ちる。
床にべっとりと油が染み込んでいるのがわかった。
…床、拭かないと。
そう思っているのに体が動かなくて、目尻に溜まった涙がついに落ちる。
涙は伸びた麺が入っているスープの表面を歪ませ、やがて混ざり合う。
必死に言い聞かせる。
しわしわの学ランで涙を拭う。
ただでさえヨレヨレで汚れた学ランが涙でぐしょぐしょになった。
それでも、止まらない。
お母さんは僕の隣でスマホをいじっていた。
きっと、また新しいブランド品を見つけたのだろう。
お母さんの元にあるカップラーメンはスープだけが残っていた。
ねえ。
お母さん。
僕、中学生になったんだよ。
お母さんに褒めてもらうために、僕は大人が求める子供になったんだよ?















編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!