「おい、開けろ」
家の戸を叩く大きな音と共に、村の男の声がした
まずい...きっと琴雪の存在がバレたんだ
「?お客さんですかね」
「琴雪、出なくていい」
気が付くと俺は琴雪を家の裏口に近い、台所へと押し込んでいた
「どうしたんですか?なんで台所?」
「良いから、ここに隠れているんだ、良いか?何があっても出てくるな。見つかるんじゃないぞ」
「見つかりそうになったら俺が手を叩く。そうしたら裏口から逃げてくれ」
「どうしてですか?なんで...」
「良いから」
「なんで...?」
「こんにちは、こんな昼間からどうしたんです?」
「嗚呼、昨日村民から小さい鬼を見たと聞いてな」
「なんでも、幼い少女のようでお前の家の方向に行ったと言っていた」
「それで?」
「お前の安否確認に来た。」
「じゃあ私は無事なので、さようなら」
「待て、そう早まるな。もしかしたら鬼が家の中にいるかもしれないだろ?」
「いませんよ。私のような下衆な人間を好んで食べる鬼など居ないでしょう」
「お前も人間だ、鬼は味など気にしない、見つけた獲物は骨まで食らうぞ」
「鬼も味くらい気にするんじゃないでしょうか?鬼も生きていますから」
「...随分とお前らしくない言葉だな」
「たった数日間で考えが変わるものですよ、人間なんて」
「しかし、前のお前の鬼に対する恨みは凄まじかった、それがたった数日間で変わると言うのか?」
「誰にも、人の思考なんて分からないんですよ。現に私も、なぜ自分が鬼に対する恨みを無くしたのかも分かっていない」
「お前もこの村の村民、大切な人間だ」
「それに、村長はお前の家も隈無く確認するようにと言っている」
「そんなこと、従わないでも良いでしょう?」
「...すまない、入らせてもらうぞ」
「......」
なんで?
最初に浮かんだ言葉はそれでした
さっき扉を叩く音と、怒鳴るような声が聞こえて、私は裏口に近い台所に来させられました
なんでも、彼は村の鍛冶屋さんですごく強い人らしいです
「俺じゃ敵わないから、いざとなったら逃げろ」
あの人はそう言っていましたが、気になることがあります
鍛冶屋さんに敵わないなら、私が逃げたあとあの人はどうなるんでしょうか
考えたら考えるほど何も分からなくなっていきます
不安で不安で、胸が押し潰されそうです
こんな時、あの人が隣に居てくれたら
抱きしめてくれたら
どれほど落ち着けるのでしょうか
視界がぼやけて
頬に熱い感覚が伝いました
怖い
自分の事じゃないのに、まるで自分の事のように
あの人に危険が起こるのが怖い
そう思ってしまうんです
パンッ
あの人の手を叩く音が聞こえました
でも、
怖くて怖くて、手足が震えて
腰が抜けてしまいました
ダメですね...こんなんじゃ逃げられない
でも、どこか安心しました
私が捕まれば、あの人に危険が及ぶことはない
男が家に入ることになった時、俺は手を鳴らした
しかし、琴雪が出ていったような気配は感じない
どうしたんだ?
そんな俺の心配を他所に、男はズカズカと奥へ進む
そっちは琴雪の居る裏口の方向だ
待てと言いたいのに、こういう時に限って声が出ない
出そうとしても、ただただ呼吸が荒くなるだけだ
震える声を振り絞り、一言言った
「琴雪...逃げろ...」
「おい...琴雪とは誰だ?まさかお前、鬼に肩入れしている訳では無いよな?」
首筋に冷たい刃物の感覚がした
そうか、こいつは鍛冶屋だから刀の1つや2つ持っていても可笑しくないな
何故だかこんな時に冷静で居られる自分に腹が立つ
俺が死んだら琴雪も死ぬ
何とか琴雪だけでも逃がさないと
「質問に答えろ」
「あんなに...鬼が嫌いだった俺が、鬼を庇う?...馬鹿言うなよ」
「お前は考えが変わったんじゃないのか?」
頭が混乱して上手く言葉が出てこない
兎に角、琴雪が逃げる時間だけでも稼がないといけない
「答えろ、さもなくば...その喉笛かき切ってやる」
こいつの目は本物だ
きっと、こいつも昔の俺のように鬼が憎くて仕方ないのだろう
全てを奪われた悲しみ、恨み
それが現れている
俺はここで死ぬのか...でも、きっと俺が死んだら琴雪は逃げるだろう
次は自分だと気づけば、生物は本能的に逃げる
琴雪が生きていられるなら、俺は死んでも良い
嗚呼、出逢ってまだたったの一日だぞ?
でも、俺は
こんなにも、琴雪が好きだ
気付きたくなかった
叶うはずないから
嫌われたくないから
でも、それでも、
まだ、琴雪と生きていたい












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。