第66話

65話 込み上げる涙のワケは
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2023/06/07 10:08 更新
しゆん
ほんとに大丈夫?
てると
……うん。
覗き込まれた整った顔に、こくりと頷く
しゆん
ほんと?ほんとのほんとに?
てると
ほんとだってば、
強く握られた両手に思わず苦笑を零す
日曜日、酒屋さんの前で僕はしゆちゃに引き止められていた。
生暖かい風が横髪を揺らす。


もう3月。もうすぐ、春だ。
てると
…お母さんに会うだけだから
しゆん
それが心配なんだってば。
…桃さんにも言ってないんでしょ?
てると
……うん、
結局お姉ちゃんには言えなかった。


手紙も机の引き出しにしまってある
しゆん
一人で行ける?大丈夫?
てると
そんな初めてのおつかいじゃないんだから…
さっきからずっとこんな調子だ。

もう今年から受験生なんだよ?
花屋さん
あ!いた!てるとくん!
てると
花屋さん?!
聞きなれた声に後ろを振り向くと

安心する灰色が何かを抱えてやってきた
花屋さん
これあげる…!
今日会うんでしょ?
てると
あ、うん、えっと…
花屋さんが差し出した小さなブーケを見つめる
薔薇が5本…と…ハーデンべルギア……
花屋さん
お母さん、会いに行くんでしょ?
てると
うん…そう……
…っあ、お代…
僕が鞄を漁ろうとすると手で静止させられる
花屋さん
いらないよ。
勝手に僕が見繕ったからね
てると
でも……
花屋さん
ちゃんと気持ち、伝えるんだよ。
それがお代ってことで、と花屋さんは笑う。

暖かい手からミニブーケを受け取った
てると
…ありがとう。花屋さん。
しゆちゃも。
てると
…じゃあ、行ってきます
行ってらっしゃい、と、何重にも重なって聞こえた気がした
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てると
……
がた、がた、と揺れるバスの中
震える手を隠すようにブーケを両手で握る
期待と不安と緊張が体を巡って
何も考えず
窓越しに灰色を眺めた
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てると
……
息を呑む。自分が思うよりも、大きく手が震えた
もう一度、名前を確認して、戸に手をかける
震える手を誤魔化すように、勢いよく戸を開けた
がらがら、と音を立て、前を見ずに中へ入る












てると
お母さん
…てると、?
てると
……っ、
弾かれたように顔をあげる
角のない無機質な部屋。閉められた窓からは大きな木が見える

真っ白に乗った、ひとつの灰色。
記憶の中と変わらない、顔、声。

ぶわ、と何かが湧き上がるような変な感情に襲われた
てると
お、か…さん……っ
お母さん
てると…
お母さん
てると…だよね…、?
てると
っ、うん…ッ、うんっ……
思わずしゃくり上げる
止む気配のない雨は僕の輪郭を沿って床へと落ちる
お母さん
……おいで、
ベッド横の引かれたパイプ椅子にたどたどしく向かい、大人しく座る
涙で滲んだ灰色が、優しく微笑んだ
お母さん
……大きく、なったねえ…
てると
…っそんな、変わんないよぉ…ッ
お母さん
そっか、もう高校生なんだよね。
ちょっと大人っぽくなったかな?
てると
そう……かな…
親指で落ちる雫を拭う
お母さん
……
お母さん
ありがとね。
手紙…きっと捨てられると思ってたから
昔と変わらない若々しい顔がくしゃ、と歪む
お母さん
……会い、たかった…なぁ…っ
てると
…………
こぼれ落ちる透明に、唖然とお母さんを見つめた
てると
お母さん……
お母さん
…ずっと、ずぅっと考えてた。
私がてるとに課したもの、全部正しかったのか。全部、全部……
お母さん
ごめん…ごめんね……っ
布団がぎゅ、と握られる
てると
……
お母さん
嫌われてるのは分かってる
ただ…謝りたかったの……
ごめんね……
下げられた頭に、何も言えなくて。

違う、とも、言えなくて
てると
ぼ、くは…
『あなたの為を思って言ってるの!』
てると
会いたい訳でも、会いたくない訳でも……なくて…
お母さん
……え、
てると
た、ただ…
てると
嫌いな訳じゃ、ない。
お母さん
…え?
てると
……、好きなんだよ
てると
どうしても嫌いになれなかったんだ。
……好きなんだ。お母さんが、好きなんだ…っ!
身を乗り出す。

涙が布団にほとほとと落ちる
てると
何を言われても、何をされても、憎めなくて…思い出すのが嫌なのに、会うと嬉しくて…っ
お母さん
てると……
てると
ぼく、っ、僕……っ
お母さんが好きなんだ、っ、大好きなんだ!なんで、なんでかも分からなくてっ
顔を上げる

昔から大好きだった顔が、僕を驚いた表情で見つめた
お母さん
……
普通じゃなくてごめんなさい。

言う通りにできなくてごめんなさい。

上手く描けなくてごめんなさい。

見えなくて、ごめんなさい。

募りに募った言おうと思ってた謝罪の言葉は、目の前で消えていった
てると
……ぐすっ、
持っていたブーケを、片手で差し出す
お母さん
てると……
受け取られたブーケは、横の机に置かれた
お母さん
綺麗な、お花だね…
てると
う、んっ…
お母さん
……わかる?綺麗な色なのよ
てると
……
わっかんない。でも、わかるよ。
優しい彩なの。
愛おしげに花を見つめるお母さん
お母さん
そう……
お母さん
……好き、か…
お母さん
…………
お母さん
変わったね、てると
てると
……っえ、
お母さん
私がいた時より、ずっと、目が綺麗。
てると
そう……なの……
お母さん
…………
ふと、お母さんは窓を見る。
つられて視線をやると
お母さん
うん、輝いてる
光に照らされた若葉が

舞っていた
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優しさとは、弱さであり
弱さとは、強さである

弱さを分かっていれば、どこまでも強くなれる

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