揺れは、すぐには形にならなかった。
それでも確かに、城の中の何かが、少しずつ狂い始めていた。
翌朝。
六つの玉を安置する間で、
見張りの兵が眉をひそめる。
気のせいだと笑われ、記録にも残らなかった。
玉は揃っている。
国は平和だ。
それ以上、考える理由はなかった。
だが、ホルミナ姫の部屋では、
確実に「昨日までとは違う朝」が訪れていた。
彼女の胸が、ゆっくりと上下する。
そのリズムは、以前よりも不規則だった。
夢は、もうあの声に満ちた場所ではなかった。
暗い水の底。
沈んでいく感覚。
けれど今回は、苦しくない。
――祈らなくていい。
誰かが、そう言った気がした。
目覚めは、音もなくやってきた。
ホルミナ姫は、
「起きよう」と思った。
それだけで、世界が揺れた。
まぶたが重い。
身体は、思い通りにならない。
けれど、意識ははっきりしている。
――私は、生きている。
それは、初めて「誰のためでもない」実感だった。
同じ頃、
ナイゼル王子は謁見の場で、重臣の報告を聞いていた。
彼は指を組む。
六つの玉は健在。
凶兆と呼ぶには、あまりにも弱い。
その判断が、正しいかどうか。
彼自身、確信は持てなかった。
ユリウス王子は、
その日も鍵の前に立っていた。
開くはずのない扉。
それでも、毎日ここに来てしまう。
返事はない。
それでも、今日は何かが違う気がした。
空気が、張りつめている。
そのとき、扉の向こうから、
かすかな音がした。
布が擦れる音。
人が、身じろぎする気配。
思わず、名を呼ぶ。
答えはなかった。
だが、その沈黙は、
これまでとは決定的に違っていた。
――「いない」のではない。
――「いる」。
その確信が、胸を締めつける。
その夜、
イフリス王子は剣を振るのをやめ、
六つの玉の前に立っていた。
誰に向けたでもない声。
玉は答えない。
だが、一つだけ、
ごくわずかに、音を立てた。
――ピシ。
亀裂が、確かに広がった。
同時に、
ホルミナ姫の部屋で、
小さな声が生まれた。
掠れ、途切れ、
それでも、確かな言葉。
祈りではない。
願いですらない。
ただの、独り言。
それを聞く者は、まだ誰もいなかった。
世界は、相変わらず回っている。
人々は、平和だと思っている。
だが、
祈りを失った姫が、
祈らないまま目覚めつつある今。
この国が問われるのは、
奇跡の有無ではない。
――祈れなくなった者を、
――役目を失った存在を、
――それでも「生きていい」と、言えるのか。
静かな崩壊は、
もう止まらないところまで、進んでいた。
そして次に壊れるのは、
玉か、
国か、
それとも――
「正しい選択」を信じ続けてきた、人の心だった。


















編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。