一月の事だった。辺りは一面雪で覆われ、真っ紅な椿がぽつぽつと落ちていた。桜の木は雪をかぶり、数か月後に向けて寒さに耐えている。庭の真っ白な雪は踏み込んだ跡などなく、椿の上にも雪が積もりはじめていた。疑うほど静かなこの空間で、私は縁側に腰掛け、空からゆっくりと雪が落ちてくるのを眺めていた。
ふと、誰かが、雪はあたたかい、と言っていたのを思い出したのだ。それは私の友人かもしれないし、どこかで読んだ小説の台詞かもしれない。試してみよう、と思ったのだ。きっとどうかしていた。私は縁側から離れ、裸足のまま庭に足を踏み入れた。さく、と雪が沈む音を聞きながら、さく、さく、と庭に進んでいく。庭の中央まで来ると、私はそのまま後ろに倒れ、灰色の空からゆっくり雪が降ってくるのをぼんやりと眺めた。
次第に、指先や足が悴み腫れている感覚があった。でも、私は構わず雪を眺めた。少しずつ、身体に雪が積もりはじめた。落ちてくる雪は解けなくなり、私を隠し始めた。目を瞑る。このまま椿にでもなれればいい、と私は祈る。
しばらくそうしていたと思う。もしかしたら一時間以上かもしれないし、もしかしたら数秒だったのかもしれない。私は雪に解けていた。
ふと、目を開けると、人の顔があった。赤くなった鼻、吐くたびに凍る白い息、こちらを見下ろすまん丸い双眸、まだ幼い骨格、赤い頬、しなって落ちる柔く長い髪、読めない不思議な表情。
数秒見つめあった。私はこの少女が何者かを考え、少女は私が何をしているのか考えていた。無言で見つめあい、やがて少女が口を開いた。
「……あの」
「……呼び、ました。一応」
男、だろうか。ならば相当幼いだろう。十か、そこらへんの年齢だろう。ますます、なぜ私の家にいるのかわからなくなった。こんな寒い雪の日に、少年が私の家に訪ねてきた。誰かの子供だろうか?私の知り合いにこんな顔の人はいないし、第一ほとんど結婚などしていないのだ。
これ、とくしゃくしゃの文を渡された。仕方なく身体を起こし文を受け取る。浴衣が肩からずり落ちた気がしたが、もはや寒さなどは感じない。身体に積もった雪が地面に落ちて流れた。時間をかけて文を開き、細い墨の字を読み始める。
少年は私をじっと見つめるだけだった。雪は止まない。私は大きく息を吐いた。それから真っ赤に腫れた足を立たせ雪を歩いた。みし、と雪が軋む音を聞きながら、みし、みし、と縁側に戻る。少年は庭に突っ立っていた。こっちに来い、と言えばみし、みし、と雪を慣らしながらこちらに来た。私は少年を置いて家の中に入った。重く濡れた浴衣を脱ぎ、襦袢だけ着た。台所に出向き茶を入れ、少し冷ましてから飲み干した。それでもまとわりつく寒さは消えなかった。湯を沸かし、縁側に戻った。少年が身体に積もった雪をほろっていた。
少年はこちらを見向きもせず襟巻をしゅるりとほどき、雪をほろってから小さくたたんだ。それから、脱ぎ捨てた上着を腕に巻き付けこちらを見た。かなり華奢な少年だった。背は低く、露になった首や覗く手首は細く骨が浮き出ている。これじゃあ少女と見間違えたのも無理ない、と私は思う。障子を閉じ屋敷の中に招いた。廊下を歩く最中、ぺたぺたと足音を鳴らしついてきた。襖を引き茶の間に案内する。少し待ってろ、と言い私は台所に戻る。すっかり熱くなった湯で茶を入れる。普段使わない湯呑を取り出し、少年の分も用意してやる。
茶の間に戻ると、少年がぼうっと壁を見つめていた。私が来たことにも気づかず、ただ目の前の壁を見つめてた。仕方なく目の前に座ると、驚いたように唇を震わせた。
両手で湯呑を持ち口を近づけ、ふぅふぅと小さい口で茶を冷ますその姿は実に幼いものだった。こく、と一口嚥下したその薄い喉を眺めながら話を切り出す。
納得がいった。なんだかぼんやりしている瞳も、数秒考えてから答える小さな口も、家族はいないと言い張る事も、すべて納得がいく。大方、親でも鬼に殺され、その悲しみと怒りは自分ではどうしようもできなく、脳が忘れた方が良いと判断したのだろう。その通り彼は全てをすっかり忘れ、訳も分からぬまま私の元に来たのだろう。
文には、剣士になりたい少年を保護したから面倒を見てくれないか、という旨が書かれていた。
何故わざわざ私を、と思った。私は育手ではないし、第一、人付き合いが上手ではないのだ。強いて言うなら、呼吸の使い手がいない、ということだろうか。
少年に聞いてみることにした。
少年は目線を逡巡させ、俯き黙りこくってしまった。さすがに大人げなかったか、とも思ったが、お館様がわざわざ育手を探すほどだ。何か理由があるんだろう。
長い沈黙のあと、ふと少年は顔をあげた。
空っぽな少年、と私は心の中で思った。記憶を失っているとはいえ、この子は子供らしい子供じゃなかった。
自分が誰かもわからず、言われるがまま剣士になりたいというこの子は、あまりにも大人びていた。同時に、私はそんな少年があまりにも不憫に見えた。
気づいたら口にしていた。
少年は差し出された手をまじまじと見つめ、数秒考えてからおずおずと自分の手を差し出し私の手を握った。小さくて薄く、あたたかいこどもの手。指先がじんわりと暖かくなった気がした。
初めまして、直毛ちゃんです。
初投稿、ずっと眠らせてたわりにまだまだかけておりません。週1回の投稿を目標に、日々執筆を続けます。
知識が浅い人間故、拙いものだと思われます。
ご容赦くださいませ。
お話を読んでいただくにあたり注意点がございます。
・この話は剽窃ではございません。
・都合故原作とは違う部分が多くあります。
・時系列に沿って進んでいきます。
以上を理解していただけたら幸いです。
”心の霞を晴らすのは、心の霞んだあなただった。”












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!