新居の防音扉は、ここ数日、一度も開くことがなかった。
「2時だとか」の次なる一手となる新曲制作。雲雀くんは食事も睡眠も最低限に切り詰め、まるで自らの神経を一本ずつ弦に張り替えるような、狂気じみた集中の中にいた。
リビングにいても、防音壁越しに微かに響くのは、同じフレーズを何度も叩きつけるようなギターの重い音。
彼を支えたいと思う一方で、今の彼にとっての私は「安らぎ」ですらなく、外界からのノイズに過ぎないのではないか。そんな、同棲しているからこそ感じる孤独が、じわりと胸を締め付ける。
彼を邪魔しないよう、忍び足で玄関へ向かう。
メモを書き残すことすら躊躇われ、私は静かに鍵を閉めて外に出た。
夕暮れ時の街は、オレンジ色と群青色が混ざり合い、ひどく感傷的な色をしていた。
スーパーへの道すがら、夕飯の献立をぼんやりと考えていると、前方から見覚えのある長身のシルエットが歩いてくるのが見えた。
聞き慣れた、少し低くて艶のある声。
顔を上げると、そこには黒いキャップを深く被り、首元にシルバーのチェーンを覗かせたローレンさんが立っていた。
ローレンさんは私の顔をじっと覗き込み、隠しきれなかった私の翳りを見透かすように、フッと口角を上げた。
ポツリと零れた言葉は、自分でも驚くほど寂しげに響いた。
誰かに聞いてほしかったわけじゃない。けれど、雲雀くんの信頼しているローレンさんの前では、つい心が無防備になってしまう。
ローレンさんは一歩、私との距離を詰めた。
夕闇の中で、彼の瞳が微かに光る。
ローレンさんはポケットから手を取り出し、流れるような動作で私の目の前に差し出した。
冗談めかした口調。けれど、その差し出された手は、拒絶を許さないような不思議な強引さを秘めていた。
ローレンさんの薄い笑みの向こう側に、私は何を見るのか。
防音室で戦い続ける雲雀くんを想う胸が、不意に、ざわめきに支配されていく。













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!