第60話

♡.60
288
2026/02/25 23:00 更新




張り詰めていた空気が緩み、深い和解を経て迎えた翌朝。





目が覚めると、視界いっぱいに彼の鎖骨が映り込んだ。
カーテンの隙間から差し込む朝日は、昨日までの刺すような鋭さを失い、柔らかなミルク色をして部屋に満ちている。







wtri
……ん、起きた?






耳元で、寝起きの低い声が響く。
雲雀くんは私の腰を抱き寄せる腕に少しだけ力を込め、そのまままた、まどろみの中へ沈み込もうとしていた。






ここ数日の、あの防音室に籠りきりだった殺気立った彼はどこにもいない。今はただ、体温を分け合うことに全神経を注いでいるような、無防備な一人の青年がそこにいた。










あなた
雲雀くん、もう朝だよ。
……今日、お仕事は?
wtri
カフェの方は店休日。バンドの方は……ない。というか、今日はお休みにしてもらった。
wtri
昨日、あの後ローレンさんに『明日は使い物になりません』って連絡したし
あなた
えっ、なんてこと言うの……








私が呆れて顔を上げると、彼は悪戯っぽく目を細めて笑った。







その顔があまりに晴れやかで、私は毒気を抜かれてしまう。

あんなに私を追い詰めていた不安が、こうして隣で笑い合っているだけで霧散していくのが不思議で、少しだけ可笑しかった。











二人でゆっくりとベッドを抜け出し、並んでキッチンに立つ。
特別なご馳走を作るわけでもない。ただのトーストと、お気に入りの豆で淹れたコーヒー。







けれど、昨日まではあんなに遠く感じていた彼との距離が、今は肩が触れ合うほどに近い。
トースターの焼ける香ばしい匂いが、私たちの「日常」が戻ってきたことを知らせていた。








wtri
あー、美味い。自分で淹れたコーヒーより、あなたが入れてくれたやつの方が絶対に美味いわ
あなた
同じ豆じゃない?
wtri
気持ちの問題だって!……それにさ、こうしてゆっくり座って飯食うの、いつ以来だっけ







彼はマグカップを両手で包み、窓の外を眺めながら小さく息を吐いた。




忙しさに追われ、成果を出すことに汲々としていた日々。それも彼の一部だけれど、こうして抜けたように弛緩した時間を共有できることも、同じ屋根の下で暮らす醍醐味なのだ。












食後、どちらからともなくソファに沈み込み、一つの毛布にくるまった。


テレビを点けるわけでも、音楽を流すわけでもない。
ただ、外で風に揺れる木々の音を聞き、時折、どちらかが思い出したようにとりとめのない話を口にする。






wtri
今日さ。どこにも行かないで、こうしてゴロゴロしててもいいかな?……今日は、ただの恋人同士の時間を過ごしたいなって
あなた
いいよ。
私も、今日は雲雀くんを独り占めしたいし







私の言葉に、彼は少し照れたように笑い、私の指先を絡めてきた。


絡まった指先から伝わってくるのは、もはや焦燥ではなく、穏やかな満足感だった。










嵐のような制作期間と、あの夜の激しい和解。





それらを経て手に入れたこの静かな時間は、何よりも贅沢な「小休止」として、私たちの心に深く、深く染み渡っていった。





プリ小説オーディオドラマ