夕方の空は、薄く色づいていた。
任務から戻った隊員たちは、簡単な報告を終え、それぞれの持ち場へ散っていく。
ユイは、いつものように端に立っていた。
邪魔にならない位置。
呼ばれたら、すぐ動ける距離。
――今日は、もう何もない。
そう思いかけたとき。
「ユイ」
名前を呼ばれた。
反射的に背筋が伸びる。
でも、心臓は跳ねすぎなかった。
振り返ると、真澄隊長がいた。
資料を一枚、手に持っている。
「少し、確認してほしい」
命令ではない。
声の強さも、変わらない。
「……わたし、ですか」
「他に頼む理由がない」
一瞬、言葉の意味が分からなかった。
――役に立つから?
――足りないから?
違う。
「昨日、地図を見ていたな」
事実だけを、淡々と。
「その感覚が必要だ」
評価ではない。
期待でもない。
**信頼**だった。
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資料を受け取る指先が、わずかに震える。
でも、逃げなかった。
「……はい」
短い返事。
それで、十分だった。
後方では、並木度 馨が様子を見ていた。
特に口は出さない。
ただ、位置を少し変える。
(行ける)
そう判断した、静かな合図。
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地図を広げ、ユイは目を走らせる。
昨日と、今日。
重なる線と、ずれる印。
胸の奥で、赤い光が、静かに形を保つ。
「……ここ……」
指先が止まる。
「……通過してるはずなのに……残ってない……」
自分の声が、意外と落ち着いていることに気づく。
真澄隊長は、すぐに視線を落とした。
「……抜け道だな」
それだけ言って、地図に印を加える。
否定も、過剰な称賛もない。
「助かった」
短い言葉。
でも、ユイの胸には、はっきり残った。
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作業が終わり、資料が片づけられる。
「今日は、もう下がっていい」
真澄隊長は、いつもの調子で言った。
「無理はするな」
その言葉は、**信頼した上での配慮**だった。
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廊下に出ると、並木度 馨が並ぶ。
「……呼ばれたな」
「……はい」
「理由、分かったか」
ユイは少し考えてから、答える。
「……できるって……思われたから……?」
馨は、否定しなかった。
「それと、逃げないって分かってたからだ」
過保護だけど、事実は曲げない。
ユイは、胸に手を当てる。
赤い光は、はっきりとそこにあった。
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夜。
ユイは、日記のように紙に一行だけ書いた。
「今日は、名前を呼ばれた」
理由は、書かない。
でも、分かっている。
必要だからじゃない。
役目があるからでもない。
**信頼されたから**。
それは、今まで知らなかった呼ばれ方だった。
ユイは静かに灯りを消し、
その余韻を胸に残したまま、目を閉じた。
次回
第十五話 選ぶ理由












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。