数時間後、代表室には神妙な空気が流れていた。
その場には代表達の他に、それぞれの地から帰還した沙花又達の他に、二人いた。
パヴォリア・レイネとクレイジー・オリー。
互いに自己紹介を済ませ、全員が席についていた。
「まずはお聞きしたいことが一つ」
代表が切り出す。
「あの記録版の内容は本当の事なのですか?」
その問いに、レイネは真っ直ぐに代表達を見つめながらはっきりと答える。
「記録版の事は本当です」
レイネは静かに目を閉じた。
「……ですが、一つだけ訂正しなければならないことがあります」
部屋が静まり返る。
「記録板には、『人工生命体クリス』とだけ残されていましたね」
「ですが、それだけでは少しだけ違います」
代表が首を傾げる。
「違う、とは?」
レイネは穏やかに答えた。
「アーニャは――最初の人工生命体ではありません」
その言葉に全員が目を見開く。
「え……?」
リオナが思わず声を漏らした。
「最初じゃない?」
「ええ」
レイネは静かに頷く。
「アーニャより前にも、人工生命体は何度も造られていました」
部屋の空気が重くなる。
「しかし、その全ては失敗していました」
「失敗……」
ゼータが小さく呟く。
レイネはゆっくりと言葉を続けた。
「ある個体は魂が定着しませんでした」
「ある個体は身体だけが完成し、自我が芽生えませんでした」
「またある個体は、生まれた瞬間に身体そのものが崩壊しました」
「その理由は一つです」
彼女は窓の外を見つめる。
「生命とは、本来この世界自身が生み出すもの」
「人の手で生命を造るという行為は、この世界の理そのものに反する禁忌だったからです」
誰も口を開けない。
レイネは静かに続ける。
「世界はそれを、新しい生命として認めなかった」
「だから、誰一人として生きることを許されませんでした」
その時、ハコスが小さく目を見開く。
「……だからか。《世界に拒絶された生命》、断片録にそんな記述があったんだよね」
ファウナも静かに頷いた。
「当時は私達も意味が分かりませんでした」
「ですが、今なら理解できます」
レイネは二人へ視線を向ける。
「ですが――」
その表情が少しだけ柔らかくなる。
「最後に、一つだけ奇跡が起きました」
部屋中が息を呑む。
「創造主の分身体であり、最後の観測者である彼女は、自らが持つ創造主の権限をほんの僅かだけ切り離し、一粒だけアーニャへ与えたのです」
「権限を……?」
代表が思わず聞き返す。
「はい。世界を創った存在の欠片です」
「ほんの欠片とはいえ、それは世界そのものが与えた祝福でした」
レイネは静かに笑う。
「だから世界は初めて彼女を生命として認めた」
「アーニャ・メルフェッサは、世界で唯一創造主の欠片を宿した人工生命体なんですよ」
その一言に、部屋は完全な静寂へ包まれた。
ハコスはゆっくりと目を閉じる。
「……そこまでして」
その声は、元観測者だからこそ分かる重みを帯びていた。
「彼女は、一人の少女を生かしたかったんだね」
レイネは静かに頷く。
「ええ。兵器ではなく、一人の少女として」
少しの沈黙の後、代表が尋ねる。
「では、今のアーニャさんは……」
レイネの表情が少しだけ曇る。
「眠っています。」
「ですが、死んではいませんよ」
「傷を癒すための休眠です」
「傷?」
レイネは静かに目を伏せる。
「彼女が眠りにつく直前、世界では大きな戦争が起きたんです」
「星鉄を巡る最後の戦争」
その言葉だけで、部屋の空気が変わる。
「本来、アーニャは戦う子ではありませんでした」
「ですが――」
レイネは唇を噛む。
「創造主の欠片を宿した唯一の存在。各国はその力を恐れ、同時にその力を欲しました。」
オリーも笑顔を消し、静かに続ける。
「アーニャは嫌がってたんだ」
「戦いたくないって」
「でも……止められなかった」
レイネは静かに頷く。
「彼女は兵器として戦場へ送られました」
「誰かを傷付けるためではなく、世界を終わらせないために。」
「そこで彼女が最後に戦った相手——」
レイネは机へ一枚の古びた金属片を置く。
そこには見たことのない紋章が刻まれていた。
「他国が生み出した最終兵器、戦闘結晶体――《アジム》」
その名前に、誰も反応できなかった。
「アジムは、アーニャを倒すためだけに造られた存在でした」
「そして最後の戦いで、アーニャとアジムは互いへ致命傷を与えた」
レイネは静かに目を閉じる。
「あの日、勝者はいませんでした」
「アジムは完全に機能を停止。アーニャもまた、生命活動を維持することすら困難なほどの損傷を受けました」
オリーが胸元の紋章を握る。
「だからブラッドスが動いた」
「アーニャを終輪の大空洞まで運んで、誰も近付けないようにして眠らせた」
レイネは静かに頷いた。
「ええ、ブラッドスは命令で守っているのではありません」
「自らの意思で友を守るという約束を果たし続けているのです」
最後にレイネは、代表たち一人ひとりを見渡した。
「ですから、どうか忘れないでください」
「皆さんが終輪の大空洞へ向かう理由は、兵器を回収するためでも、遺跡を攻略するためでもありません」
「一人の少女を迎えに行くためです」
「何千年もの間、目覚める日を信じて眠り続けている――アーニャ・メルフェッサという、一人の少女を」













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!