第219話

二百九話 世界でただ一人、祝福を与えられた少女
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2026/08/01 05:03 更新
数時間後、代表室には神妙な空気が流れていた。

その場には代表達の他に、それぞれの地から帰還した沙花又達の他に、二人いた。

パヴォリア・レイネとクレイジー・オリー。

互いに自己紹介を済ませ、全員が席についていた。

「まずはお聞きしたいことが一つ」

代表が切り出す。

「あの記録版の内容は本当の事なのですか?」

その問いに、レイネは真っ直ぐに代表達を見つめながらはっきりと答える。

「記録版の事は本当です」

レイネは静かに目を閉じた。

「……ですが、一つだけ訂正しなければならないことがあります」

部屋が静まり返る。

「記録板には、『人工生命体クリス』とだけ残されていましたね」

「ですが、それだけでは少しだけ違います」

代表が首を傾げる。

「違う、とは?」

レイネは穏やかに答えた。

「アーニャは――最初の人工生命体ではありません」

その言葉に全員が目を見開く。

「え……?」

リオナが思わず声を漏らした。

「最初じゃない?」

「ええ」

レイネは静かに頷く。

「アーニャより前にも、人工生命体は何度も造られていました」

部屋の空気が重くなる。

「しかし、その全ては失敗していました」

「失敗……」

ゼータが小さく呟く。

レイネはゆっくりと言葉を続けた。

「ある個体は魂が定着しませんでした」

「ある個体は身体だけが完成し、自我が芽生えませんでした」

「またある個体は、生まれた瞬間に身体そのものが崩壊しました」

「その理由は一つです」

彼女は窓の外を見つめる。

「生命とは、本来この世界自身が生み出すもの」

「人の手で生命を造るという行為は、この世界の理そのものに反する禁忌だったからです」

誰も口を開けない。

レイネは静かに続ける。

「世界はそれを、新しい生命として認めなかった」

「だから、誰一人として生きることを許されませんでした」

その時、ハコスが小さく目を見開く。

「……だからか。《世界に拒絶された生命》、断片録にそんな記述があったんだよね」

ファウナも静かに頷いた。

「当時は私達も意味が分かりませんでした」

「ですが、今なら理解できます」

レイネは二人へ視線を向ける。

「ですが――」

その表情が少しだけ柔らかくなる。

「最後に、一つだけ奇跡が起きました」

部屋中が息を呑む。

「創造主の分身体であり、最後の観測者である彼女は、自らが持つ創造主の権限をほんの僅かだけ切り離し、一粒だけアーニャへ与えたのです」

「権限を……?」

代表が思わず聞き返す。

「はい。世界を創った存在の欠片です」

「ほんの欠片とはいえ、それは世界そのものが与えた祝福でした」

レイネは静かに笑う。

「だから世界は初めて彼女を生命として認めた」

「アーニャ・メルフェッサは、世界で唯一創造主の欠片を宿した人工生命体なんですよ」

その一言に、部屋は完全な静寂へ包まれた。

ハコスはゆっくりと目を閉じる。

「……そこまでして」

その声は、元観測者だからこそ分かる重みを帯びていた。

「彼女は、一人の少女を生かしたかったんだね」

レイネは静かに頷く。

「ええ。兵器ではなく、一人の少女として」

少しの沈黙の後、代表が尋ねる。

「では、今のアーニャさんは……」

レイネの表情が少しだけ曇る。

「眠っています。」

「ですが、死んではいませんよ」

「傷を癒すための休眠です」

「傷?」

レイネは静かに目を伏せる。

「彼女が眠りにつく直前、世界では大きな戦争が起きたんです」

「星鉄を巡る最後の戦争」

その言葉だけで、部屋の空気が変わる。

「本来、アーニャは戦う子ではありませんでした」

「ですが――」

レイネは唇を噛む。

「創造主の欠片を宿した唯一の存在。各国はその力を恐れ、同時にその力を欲しました。」

オリーも笑顔を消し、静かに続ける。

「アーニャは嫌がってたんだ」

「戦いたくないって」

「でも……止められなかった」

レイネは静かに頷く。

「彼女は兵器として戦場へ送られました」

「誰かを傷付けるためではなく、世界を終わらせないために。」

「そこで彼女が最後に戦った相手——」

レイネは机へ一枚の古びた金属片を置く。

そこには見たことのない紋章が刻まれていた。

「他国が生み出した最終兵器、戦闘結晶体――《アジム》」

その名前に、誰も反応できなかった。

「アジムは、アーニャを倒すためだけに造られた存在でした」

「そして最後の戦いで、アーニャとアジムは互いへ致命傷を与えた」

レイネは静かに目を閉じる。

「あの日、勝者はいませんでした」

「アジムは完全に機能を停止。アーニャもまた、生命活動を維持することすら困難なほどの損傷を受けました」

オリーが胸元の紋章を握る。

「だからブラッドスが動いた」

「アーニャを終輪の大空洞まで運んで、誰も近付けないようにして眠らせた」

レイネは静かに頷いた。

「ええ、ブラッドスは命令で守っているのではありません」

「自らの意思で友を守るという約束を果たし続けているのです」

最後にレイネは、代表たち一人ひとりを見渡した。

「ですから、どうか忘れないでください」

「皆さんが終輪の大空洞へ向かう理由は、兵器を回収するためでも、遺跡を攻略するためでもありません」

「一人の少女を迎えに行くためです」

「何千年もの間、目覚める日を信じて眠り続けている――アーニャ・メルフェッサという、一人の少女を」

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