冷たい秋雨が、ザ・マル(The Mall)の並木道を濡らし、ヴィクトリア記念碑の白い大理石を黒ずませていた。バッキンガム宮殿の一室、ブルー・ドローイング・ルームの窓から、チャールズ三世国王陛下は、その陰鬱なロンドンの空を静かに見つめていた。彼の背後、マントルピースの上には、若き日の母、エリザベス二世女王陛下の肖像画が飾られている。その慈愛に満ちた、しかし何事にも揺るがぬ強い意志を宿した瞳が、まるで今の英国の苦悩を、そして息子の葛藤を見透かしているかのようだった。
「――首相、状況は?」
国王は、振り返ることなく、静かに問いかけた。部屋には、緊急の奏上(そうじょう)に訪れた英国首相が、緊張した面持ちで控えていた。
「はっ、陛下。アラフラ海で発生した、我が国のクルーズ客船『パシフィック・エデン』号への攻撃に関する、最終報告です」
首相の声は、怒りと悲しみに震えていた。
「生存者の証言、及び豪州軍が回収したブラックボックスの解析により、攻撃を行ったのは、中国海軍所属のY-8Q対潜哨戒機であることが、100パーセント確定いたしました。魚雷による攻撃後、救命ボートで漂流する非武装の民間人に対し、意図的な機銃掃射が行われたことも確認されております。犠牲となった我が英国民は、現時点で158名。その中には、子供も多数含まれております」
チャールズ国王は、ゆっくりと目を閉じた。彼の脳裏に、数多の戦禍を乗り越え、国民の精神的支柱として、七十年もの長きにわたり君臨し続けた、偉大なる母の姿が浮かんだ。第二次世界大戦のロンドン大空襲(ザ・ブリッツ)の最中、疎開を拒み、国民と共にあり続けた、若き日のエリザベス王女。フォークランド紛争の際、次男を最前線に送り出しながらも、国民の前では決して動揺を見せなかった、女王としての毅然たる姿。
『国家とは、国民そのものです。そして、王の務めとは、その国民一人ひとりの命と尊厳を、最後の最後まで守り抜くこと。たとえ、いかなる犠牲を払ってでも』
かつて、母が彼に語った言葉が、今、重く、重く、その双肩にのしかかっていた。
「……日本の、徳仁天皇陛下とは、お話ができましたか」
「はっ。天皇陛下は、深い哀悼の意を表されると共に、『この悲劇を乗り越え、正義と秩序が回復される日を、心から願っております』と、静かにしかし力強いお言葉をくださいました」
チャールズ国王は、目を開いた。その瞳には、もはや迷いはなかった。それは、大英帝国から、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国の象徴へと、その役割は変われども、変わることのない、この国の君主としての絶対的な覚悟の光だった。
日英同盟。それは、1902年に結ばれた、古い、古い約束。だが、その根底にある、互いの国益と、そして立憲君主制という価値観を共有する、島国同士の絆は、今もなお、この国の外交の根幹に息づいていた。
「……首相」
「はっ」
「議会の承認を得なさい。そして、我が国民の血を流した者たちに、その代償を支払わせなさい。大英王国の名誉に懸けて」
それは、命令ではなかった。だが、英国の君主が発する言葉として、それ以上の重みを持つものは、この世に存在しなかった。
同日 ウェストミンスター宮殿・庶民院
国王陛下の「聖断」は、瞬く間に議会を一つの意志へと束ねた。
「対日武器貸与法」を、さらに一歩進めた「対日軍事援助法」が緊急上程された。それは、もはや単なる物資の支援ではない。英国軍が自衛隊と共同作戦を行うことを可能にし、事実上、日本防衛のために参戦することを意味する、歴史的な法案だった。
「――我が国民は、理由なく殺された! 我々の同盟国は、今も血を流し続けている! アメリカが『アメリカ・ファースト』を掲げ、世界の警察官たる役割を放棄するのであれば、その空白を埋めるのは誰か! 我々だ! かつて七つの海を支配したこのグレートブリテンの誇りを取り戻す時が来たのだ!」
野党労働党の党首までもがそう叫び、与野党の垣根は消え失せた。法案は、圧倒的な、熱狂的な支持の中で瞬く間に可決された。
同日 ロンドン・駐英中国大使館
「――国王陛下の名において、通告する」
英国外務大臣は、バッキンガム宮殿に召致された駐英中国大使に向かい、一枚の文書を突きつけた。それは羊皮紙に書かれた、古式ゆかしい、しかし人類の歴史において最も重い意味を持つ最後通牒だった。
「貴国政府による、我が国の客船『パシフィック・エデン』号への非人道的な攻撃、及び同盟国日本に対する不法な軍事侵攻は、国際法と秩序に対する、断じて容認できざる挑戦である。よって、英国政府は貴国政府との間に、本日この時間をもって戦争状態が存在することをここに宣言する。」
正式な宣戦布告。
それは、ナチス・ドイツに対して以来、実に87年ぶりのことだった。大使の顔から血の気が引いていくのが、誰の目にも明らかだった。
この宣戦布告のニュースは、直ちにポーツマス軍港へと届けられた。
灰色の空の下、英国海軍が誇る最新鋭空母「クイーン・エリザベス」の巨大なスキージャンプ式飛行甲板に、F-35BライトニングⅡ戦闘機が整然と並んでいた。その光景は、しかし、いつもとは明らかに異なっていた。甲板上を走り回る整備兵やパイロットたちの中には、英国軍人だけでなく、日本の海上自衛隊と航空自衛隊の制服を着た者たちが混じり、互いに身振り手振りを交えながら、出撃前の最終確認に追われていたのだ。彼らは、レンドリース法に基づき、英国での合同訓練に参加していた、選りすぐりのエリートたちだった。
「――全艦、傾聴!」
艦内放送に、空母打撃群司令官の、厳粛な声が響き渡った。
「たった今、我が国は、中華人民共和国に対し、宣戦を布告した。我々の任務は、もはや訓練ではない。実戦である! 女王陛下の名の下に、そして国王陛下の名の下に! 我々は、極東の最も古き盟友を救うため、今、出航する! 英国海軍の栄光と、そして我々の正義を、アジアの海に示すのだ!」
ウーッ、ウーーーーッ!
「クイーン・エリザベス」の、長く、そして力強い汽笛が、ポーツマスの空に響き渡った。港には、どこから聞きつけたのか、無数の市民が集まり、ユニオンジャックと日の丸の旗を振りながら、その歴史的な出航を見送っていた。
日本の、そして世界の運命を左右する、巨大な鋼鉄の城が、今アジアの戦場へとその舵を切った。その航海の先にあるものが、輝かしい勝利か、それとも破滅か、まだ誰も知る由もなかった。
外輪山に吹き付ける風は、既に初秋の冷たさを帯びていた。阿蘇の地下司令部に、官邸の最高機密回線を通じて、その歴史的なニュースがもたらされたのは、夜間警戒任務の引き継ぎが行われる、静寂に満ちた時間帯だった。
「――英国が中国に宣戦布告! 空母『クイーン・エリザ-ベス』を中核とする空母打撃群が、日本近海へ向けてポーツマス軍港を出航! 到着まで、およそ三週間との見込みです!」
通信兵が上ずった声で報告を読み上げる。その一言一句が、まるで強力な強心剤のように疲弊しきった司令部の空気を震わせた。
一瞬の沈黙の後、誰からともなく堰を切ったような歓声が上がった。
「本当か!」「ユニオンジャックが、俺たちのために……!」「三週間……三週間持ちこたえれば、勝てるぞ!」
将校も、下士官も、階級の垣根なく、互いの肩を叩き合い、涙を浮かべて喜んだ。開戦以来、絶望的な防戦一方で、ただの一度も聞くことのなかった、希望に満ちた歓声。それは、闇の中に差し込んだ、あまりにも力強い光だった。
だが、歓声の輪から一人外れ、西部方面総監・松川宮(ぐさお)は、ホログラムで投影された戦況図を、氷のように冷たい目で見つめていた。その表情に、喜びの色はなかった。
彼女の冷徹な呟きに、沸騰していた司令部の空気が、急速に冷却されていく。
そうだ、問題は、その「三週間」をどう生き延びるかだ。レンドリースによって弾薬不足は解消されつつあったが、それはあくまで出血を止めるための輸血に過ぎない。敵は九州北部に確固たる橋頭堡を築き上げ、港湾の復旧を急ぎ、第二次大攻勢のための戦力を、大陸から着々と集積させている。防戦一方の状況は、何一つ変わっていなかった。
その背後から、野太くしかし全てを見透かしたような声が響いた。振り返ると、そこには腕を組み、仁王立ちする、戦車教導隊長の河田升(ガンマス)が立っていた。先の輸送作戦の後も、彼の最強戦車部隊は、九州防衛の切り札として、この阿蘇の地に留まっていた。
ぐさおは振り返ると、その乾いた唇に獰猛な笑みを浮かべてみせた。それは獲物を前にした、飢えた雌狼の笑みだった。
彼女は、ホログラムの地図を操作し、ある一点を拡大した。そこは、九州と本州を繋ぐ、関門海峡。そして、その対岸に位置する、山口県下関市だった。
それは、あまりにも大胆不敵な、攻勢転移作戦だった。防衛線を維持するだけでも手一杯な状況で、虎の子の機甲部隊を敵地に送り込む。失敗すれば、九州防衛線そのものが崩壊しかねない、ハイリスク・ハイリターンの大博打。だが、成功すれば、戦局を大きく揺るがす一手となり得る。
ガンマスのもっともな問いに、ぐさおは通信モニターを指さした。阿蘇の地下壕と、習志野駐屯地の作戦室が、極秘回線で繋がっていた。そこに映し出されていたのは、凛々しい顔つきの、一人の女性指揮官だった。
「――空から、道を拓く」
第1空挺団長、一等陸佐、小笠八幡(おがさ はちまん)。
陸上自衛隊最精鋭の落下傘部隊を率い、「習志野の戦女神(ワルキューレ)」と畏敬の念を込めて呼ばれる、伝説の女性指揮官だった。
八幡の冷静で、しかし絶対的な自信に満ちた声が響いた。
ガンマスは、腹の底から笑った。
ぐさおは、モニターの向こうの戦女神に一つだけ尋ねた。
八幡宮はにやりと笑ってみせた。その美貌には不釣り合いな、獰猛な笑みだった。
彼女は、自らの名と同じ地名を口にした。
数日後 関門海峡
新月の夜。九州と本州を隔てる、漆黒の海峡。
高度3000メートル上空を、航空自衛隊入間基地から飛び立ったC-2輸送機の編隊が、エンジン音を極限まで絞って飛行していた。機内は、赤いランプだけが灯り、完全武装の空挺団員たちが、緊張した面持ちで降下の時を待っていた。彼らの顔には、黒と緑のフェイスペイントが施され、その瞳だけが、暗闇の中で鋭く光っていた。
八幡宮の号令と共に、機体の後部ハッチが開く。眼下には、煌々と輝く北九州工業地帯の無数の灯り。そして、その中に潜む、見えざる敵。
団員たちが、次々と、夜の闇へとその身を投じていく。風を切り裂く音だけを残して。やがて、夜空に無数の黒い落下傘が、死の花のように静かに花開いた。
八幡宮自身も、部下たちの最後尾で夜空へと身を躍らせた。
習志野の戦女神が、その神話の始まりの地、八幡の地に舞い降りた。
その降下を合図に、海峡の九州側、門司の沿岸に隠されていた巨大なドックから、ぐさおとガンマスが率いる、10式戦車と水陸両用車AAV7からなる、日米合同演習以外ではありえなかった混成機甲部隊が、ウェルドックを備えた輸送艦「おおすみ」から、次々と発進していく。
空と海のチェスゲーム。
日本の命運を分ける、あまりにも大胆で、あまりにも危険な反撃作戦の火蓋が、今、切って落とされた。
北九州市八幡東区・皿倉山山頂
新月の夜。漆黒の闇に包まれた皿倉山の山頂に、音もなく、次々と黒い影が舞い降りた。風の音に紛れて降下した、陸上自衛隊第1空挺団の精鋭たち。彼らは着地と同時に落下傘を巧みに操って即座に収納し、まるで土から湧き出たかのように、数分で戦闘態勢を整えた。その動きには、一切の無駄も、音もなかった。
部隊の最後尾で降下した団長の小笠八幡(おがさ やはた)は、暗視ゴーグル越しに眼下に広がる北九州の夜景を見下ろし、口元の小型マイクに囁いた。煌々と輝く工場の灯り。それは、この国がまだ生きている証だった。
八幡宮の、静かだが血も凍るような冷たい命令が、部隊の秘匿回線に流れる。
彼女が「司令部」と呼ぶ場所は、表向きは閉鎖されたテーマパーク「スペースワールド」の跡地だった。だが、中畑(ウパパロン)率いる内閣情報調査室の諜報員たちが、命懸けで掴んだ情報によれば、その地下には、本州侵攻作戦を指揮する、中国軍の地域司令部が築かれているという。
八幡宮は、背負っていた89式小銃(改)の銃口にサプレッサーを装着すると、闇の中へと音もなく駆け出した。彼女の部下たちもまた、黒い猟犬の群れのようにその後を追った。
数分後・帆柱ケーブル変電所
「こちらアルファ1、ターゲットに到達」
アルファ隊の隊員たちは、まるで忍者のように変電所のフェンスを乗り越え、警備兵の首筋に音もなくナイフを突き立てて無力化していく。数名の歩哨が、悲鳴を上げる間もなく闇に沈んだ。
隊長が、プラスチック爆薬を変電設備の主幹部分に素早く設置する。タイマーは、わずか30秒。
「設置完了。全隊、離脱!」
彼らが闇に消えた直後、変電所は、内側から押し殺したような爆発音と共に、閃光を放って沈黙した。
その瞬間、皿倉山の山頂で不気味に回転していた、中国軍の早期警戒レーダーのアンテナが、ピタリと動きを止めた。敵は、空の目を失ったのだ。
スペースワールド跡地・地下司令部
「なんだ! 山頂のレーダーが落ちたぞ!」
「原因不明! 停電か? いや、予備電源も作動しない!」
「通信も一部、ジャミングを受けている!」
地下司令部は、突如として訪れた混乱に包まれていた。日本の自衛隊が、空から、自分たちの頭上に降ってくるなど、誰も想像すらしていなかった。
「外の状況を確認させろ! 地上の警備部隊は何をしている!」
司令官である中国軍の大佐が、怒号を飛ばした、その時だった。
司令部の分厚い防爆扉が、外側から凄まじい熱量で赤熱し始めた。
「な、なんだ!?」
数秒後、扉は真っ赤な鉄塊となって崩れ落ち、その向こうの暗闇から、閃光と轟音が迸った。スタングレネード(閃光音響手榴弾)だ。
強烈な光と音に、司令部内の兵士たちが聴覚と視覚を奪われ、その場に蹲る。
その一瞬の隙を突き、黒い戦闘服に身を包んだ空挺団員たちが、司令室内になだれ込んできた。彼らが構える銃口からは、サプレッサーによってくぐもった、しかし deadly(致命的)な発射音が、小気味よく連続する。
「タタタッ」「タタタッ」
それは、戦闘というより、一方的な駆除だった。抵抗しようとした兵士は、眉間や心臓を正確に撃ち抜かれ、声もなく崩れ落ちていく。
八幡宮の声が、混沌とした司令室に響き渡った。彼女自身も、二丁の拳銃を手に、まるで舞うように、次々と敵兵を屠っていく。その姿は、まさに戦女神(ワルキューレ)そのものだった。
わずか数分後。地下司令部は、完全に制圧された。
火の山公園・下関市
皿倉山のレーダーが沈黙した、その同じ時刻。
関門海峡の対岸、本州側の火の山公園に設置されていた、中国軍の地対艦ミサイル「YJ-12B」の発射台にも、闇に紛れて接近した、空挺団の別動隊が襲いかかっていた。
「敵襲! 敵襲!」
歩哨が叫ぶが、その声はすぐに途切れた。サプレッサー付きの銃弾が、彼の喉を貫いていたからだ。
レーダーサイトとミサイルランチャーに、次々と爆薬が仕掛けられていく。
「――制圧完了! これより、花火を打ち上げる!」
隊長の報告を受け、八幡宮は、制圧した敵司令部の通信機器を操作した。
彼女がそう告げると同時に、火の山公園のミサイル陣地が大爆発を起こした。夜空が、一瞬だけ真昼のように明るく照らし出され、巨大な光と煙が立ち上るのが、皿倉山からも見えた。
関門海峡の制空権と、制海権を脅かしていた、二つの牙が同時にへし折られた瞬間だった。
関門海峡・門司沖
輸送艦「おおすみ」の艦橋で、その閃光を見ていた松川宮(ぐさお)が、絶叫した。
艦のウェルドックから、河田升(ガンマス)率いる10式戦車を乗せたLCAC(ホバークラフト型揚陸艇)が、轟音と共に発進する。続いて、ぐさおが直接指揮を執る、水陸両用車AAV7の部隊が海へと突入していく。
LCACの先頭で、ガンマスが仁王立ちになって叫んでいる。
空の女神が天から、そして陸の鬼神たちが海から。
九州と本州、二つの陸から放たれた、反撃の挟撃作戦が、今、本格的に始まった。
その頃、八幡宮は制圧した電波塔から、北九州一帯に向けて、あるメッセージを発信していた。
それは、占領下の市民に蜂起を促す、あまりにも危険な呼びかけだった。
だが、その声は、絶望の闇の中にいた人々の心に、確かに、反撃の炎を灯した。
作戦名『巌流島』は、単なる軍事作戦から、市民を巻き込んだ、一大奪還作戦へと、その姿を変えようとしていた。
制圧した敵の放送設備から発信された、小笠八幡の凛とした声。それは、占領下の絶望と恐怖に沈んでいた北九州の街に一条の雷光となって突き刺さった。
深夜、息を潜めてラジオを聞いていた人々は、耳を疑った。自衛隊が、空から来た? 敵の司令部を、叩いた?
最初は、ささやかな反抗だった。
八幡宮の放送を聞いた一人の若者が、自宅の窓から、隠し持っていた日の丸の旗を掲げた。それを見た隣家の主人が、それに倣った。一人、また一人。まるで呼応するかのように、占領軍が眠る街の、闇に沈んだ家々の窓に、次々と、白地に赤の旗が翻り始めた。
中国軍の占領下で鳴りを潜めていたSNSが、爆発的に活性化する。
『#北九州の夜明け』
『#八幡に八幡来る』
『#スペースワールドに神はいた』
暗号めいたハッシュタグと共に、自衛隊の降下を目撃したという情報、敵のパトロール部隊の位置情報、そして、どこからか持ち出された、火炎瓶の作り方までが、凄まじい勢いで拡散されていく。
彼らが海岸に到達した時、信じられない光景が広がっていた。
敵の陣地が、内側から火を噴いていたのだ。
敵のトーチカに、火炎瓶が投げ込まれている。潜んでいた敵兵が、猟銃や、鉄パイプを握りしめた男たちに、殴りかかられている。それは、地元の漁師や、工場の工員たちだった。彼らが、自衛隊の上陸を助けるため、自らの命を顧みず、蜂起したのだ。
LCACが海岸に乗り上げ、ランプドアが開くと同時に、10式戦車が、その1500馬力のエンジンを咆哮させ、砂浜へと躍り出た。
ガンマスの号令一下、10式戦車の主砲が火を噴き、市民に銃口を向けていた敵のトーチカを、コンクリートごと粉砕した。
ぐさおのAAV7部隊も、海岸に到達。後部ハッチから飛び出した普通科隊員たちが、市民と肩を並べ、銃を撃ち始めた。
八幡宮の部隊もまた、市民の助けを得ていた。
「自衛隊さん、こっちだ! 敵の装甲車が、大通りの一本裏に隠れてる!」
「この先の病院に、奴らの負傷兵が集まってる! そこを叩けば……!」
地理を完璧に把握した市民からの情報提供により、空挺団は、まるで街の神経網を自在に操るかのように、的確に、そして迅速に、敵の残存部隊を狩っていった。
その光景は、敵司令部から鹵獲(ろかく)したドローンによって、全世界に配信されていた。
日本の、正規軍と、非正規の市民が、一体となって、自らの故郷を奪還するために戦う姿。
それは、この戦争が、単なる国家間の軍事衝突ではない、「侵略者」と「自由を愛する人々」との、魂の戦いであることを、何よりも雄弁に物語っていた。
夜が明け、朝の光が関門海峡を照らし始めた頃、戦いの趨勢は、ほぼ決していた。
ぐさおとガンマス率いる機甲部隊は、下関の敵橋頭堡を完全に制圧。
八幡宮率いる空挺団は、北九州市街の敵主力を掃討し、関門橋の九州側ゲートを確保していた。
そして、その橋の中央で、三人の指揮官は、歴史的な再会を果たした。
日の出を背に、本州側から、10式戦車のハッチに立つガンマスと、AAV7の上に立つぐさおが、橋を渡ってくる。
九州側からは、黒い戦闘服を土煙で汚した、八幡宮が、部下を率いて歩いてくる。
八幡宮は、朝日に照らされる関門海峡の美しい景色を見つめた。
作戦名『巌流島』は、成功した。
それは、九州本土奪還という、さらに長く、過酷な戦いの、輝かしい序章となった。
英国の空母が、東へ、東へと進む中、日本の西の果てで灯された反撃の狼煙は、今、燃え盛る炎となって、九州全土へと広がろうとしていた。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。