不破湊はずるくて賢い
最初にそう思ったのは、たぶん中学二年生の春だった
高校生になった今も、そのイメージは変わっていない
後ろから肩を軽くつつかれる
振り返ると、いつもの湊
湊は笑った
いつも通りの、軽い笑い方
でもその目は、まっすぐこっちを見ている
思わず声が出た
確かに、そんなこと言った気がする
でもそれは、一週間くらい前
しかもただの雑談で
当たり前みたいに言う
冗談っぽい声だった
だから私は、深く考えなかった
湊は笑う
その顔は昔から変わらない
明るくて、軽くて、どこか余裕があって
誰とでも仲良くなるタイプ
なのに
気づいたら言っていた
首を傾げる湊
私自身も、何が言いたいのかぼんやりとしか理解していなかった
少し考えて、言葉を探す
冗談ぽく言う彼に私は首を振った
うまく言えない
前より大人っぽい
前より気遣う
前より、私のことを見てる
まるで
私の理想の彼氏みたいに
湊は少しだけ黙った
それから、ふっと笑う
軽い声
でも胸が、少しだけざわつく
いつかの私が湊に言ったことだった
思わず笑った
湊も笑う
でも
なぜか分からないけど
私は、言わなきゃいけない気がした
湊を見る
一瞬だけ
本当に一瞬だけ
湊の目が、真剣になった
言葉が喉に引っかかる
でも言う
沈黙
風が吹く
髪が揺れる
不破は、数秒黙ってから笑った
いつもの調子
だから、きっと大丈夫
そう思った
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_____その日の夜
スマホが震えた
画面を見ると、湊からだった
短いメッセージに
「なに」
と返すと、すぐに既読が来た
「ひまじゃない」
送信
数秒後
また通知
「 ごめんね 」
と送信すると、返事が来た
次の日の朝
教室に入った瞬間、視線を感じた
窓際の席
そこに、不破がいた
いつも通りの声
軽い笑顔
私は席に座る
なんとなく昨日のメッセージを思い出していた
湊はスマホをいじりながら言った
心臓が少し跳ねる
不破は少し笑って肩をすくめた
それだけだった
それなのに
胸の奥に、小さな違和感が残る
授業が始まって
休み時間になって
昼休みになって
その間、湊は何度も話しかけてきた
思わず顔を上げる
それは、確かにそう
でも
冗談で言ったつもりだった
湊は一瞬だけ黙ってから
ふっと笑う
さらっと
あまりにも普通の声で言うから
私は言葉に詰まった
湊が顔を近づける
距離が、近い
少し目線を逸らして言う
空気が止まる
数秒
不破は、ゆっくり瞬きをした
それから
軽い声で言った
笑う。でも
その笑顔は少しだけ、疲れて見えた
湊は机に肘をついて
私を見た
私は少し考える
湊は黙って聞いていた
それから、ゆっくり笑う
軽い声
いつもの冗談みたいに言う
でも、その目は
少しも笑っていなかった
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それから数週間
私は気づき始めた
湊が変わっていくことに。
前より静か
前より優しい
前より、私の話を聞く
まるで
私の言った理想そのものみたいに
だけど
どうしてだろう
胸の奥に、違和感がある
_____ある日の帰り道
私は少し考える
そう言うと、湊は少し笑った
数秒の沈黙
夕焼けが、街を赤く染めている
その中で、湊がぽつりと言った
足が止まる
心臓が、ドクンと鳴る
うまく答えられない
すると、湊は笑った
優しい声で
でも
どこか壊れそうな声で
ゆっくり言う
その瞬間
背筋が、ぞくっとした
湊は笑っている
いつも通り
なのに、その目だけが
全く笑っていなかった











編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。