雨だった。
窓ガラスを叩く雨粒が、教室の静けさを何度も壊していく。
放課後。
誰もいなくなった三年A組には、二人だけが残っていた。
黒板には消し忘れた数式。
机には開きっぱなしの参考書。
そして、窓際で雨を眺めるサクヤ。
リョウは後ろの席で頬杖をつきながら、その背中を見ていた。
ryo『……また雨。』
sakuya「梅雨だからな。」
ryo『お前、雨の日好きだよね。』
サクヤは少し笑う。
sakuya「嫌いじゃない。」
ryo『昔もそうだった。』
sakuya「覚えてるの?」
ryo『当たり前。』
雨だけが教室を満たしていた。
サクヤは窓ガラスに触れる。
その指先には、小さな擦り傷がいくつもあった。
リョウは気づいたが、何も言わない。
どうせ聞いても、 「転んだ。」 そう答えるだけだから。
ryo『今日も寮で飯?』
sakuya「ん。」
ryo『食堂のカレーらしいよ。』
sakuya「……そう。」
返事が遅かった。
ほんの一瞬だけ。
まるで何かを考えていたように。
教室の時計が午後五時を告げる。
その音だけがやけに大きく聞こえた。
サクヤは時計を見上げる。
ほんの少しだけ眉をひそめた。
ryo『どうした?』
sakuya「……いや。」
それだけだった。
リョウは机の上に置かれた寮の鍵を手に取る。
二人とも、同じ階。
部屋もすぐ近く。
幼稚園からずっと一緒。
「腐れ縁。」 と言われるほど長い付き合いだった。
ryo『なあ。』
sakuya「?」
ryo『来年さ。大学別々になっても、たまには遊ぼうな。』
サクヤは少しだけ目を伏せる。
それから笑った。
でも、その笑顔はどこかぎこちなかった。
sakuya「……来年のことなんて分かんねぇよ。」
ryo『珍しいこと言うじゃん。』
sakuya「未来なんて、急に変わるから。」
その言葉は、雨音に溶けた。
リョウはふと窓の外を見る。
校庭の隅に傘も差さず立っている男子生徒が一人。
こちらを見ているようにも見えた。
瞬きをした次の瞬間には、もう誰もいなかった。
ryo『……今、誰かいた?』
sakuya「どこに?」
ryo『いや……気のせいか。』
サクヤは窓の外を見なかった。
いや、見ようともしなかった。
荷物を持ち、二人は教室を出る。
窓から吹き込む風で、掲示板のプリントが揺れた。
一枚だけ、床に落ちる。
「寮生活について」
そんなありふれた紙。
だが裏には、誰かが黒いペンで小さく書いた文字があった。
「星になれない。」
ryo『……?』
振り返る。
もうサクヤは歩き始めていた。
ryo『待ってよ、サクヤ』
sakuya「早く帰るぞ。」
リョウは紙をもう一度見る。
さっき確かに見えた文字は、もうどこにもなかった。
ただ雨だけが、静かに降り続いていた。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。