いつものように楽屋のドアを開ける 。
最初の頃は、このドアを開けるだけで緊張して
いた 。
深呼吸をしてからじゃないと入れなかったし、
るいくんと目が合うだけで何を話せばいいのか
分からなくなっていた 。
でも最近は違う 。
もちろん緊張しなくなったわけじゃない 。
るいくん本人を前にすると普通に緊張する 。
ただ、この場所に来ること自体は少しずつ
当たり前になってきていた 。
部屋の奥から声がする 。
顔を上げると、ソファに座っていたるいくんが
こちらを見ていた 。
片手にはスマホ 。
もう片方の手には飲みかけのペットボトル 。
その姿も、なんだか見慣れてきた気がする 。
すると、るいくんがふと時計を見た 。
そして何気ない顔で言う 。
私は反射的に腕時計を確認した 。
集合時間まではまだ余裕がある 。
そう言うと、るいくんは少しだけ口元を緩めた 。
思わず聞き返す 。
るいくんは楽しそうに笑った 。
そう言ったけれど、なんとなく冗談だけ
じゃない気もする 。
でも、その理由を聞く勇気はなかった 。
私は荷物を置き、メイク道具を準備し始めた 。
テーブルの上にブラシを並べる 。
スポンジやパレットを確認していると、
るいくんがスマホを見ながら声をかけてきた 。
私は思わず窓の外を見た 。
朝はあんなに晴れていたのに 。
るいくんがスマホの画面をこちらへ向ける 。
私は少し近づいて覗き込んだ 。
確かに午後から雨の予報になっている 。
思わず声が漏れる 。
荷物増えるんですよね、と小さく呟く 。
折りたたみ傘を持ち歩くのもあまり得意
じゃないんだよね…… 。
そんなことを考えていると、
るいくんがさらっと言った 。
何気なく返事をする 。
すると、
と言われた 。
……大丈夫?
私は思わず手を止めた 。
何が大丈夫なんだろう 。
一瞬考える 。
でも意味が分からない 。
首を傾げていると、るいくんも数秒遅れて
気づいたらしい 。
そして小さく笑った 。
私が聞くと、るいくんは肩を揺らしながら笑う 。
絶対なんでもなくないじゃん 。
そう思ったけれど、それ以上は教えてくれ
なかった 。
私は首を傾げながらも、ひとまず作業に
戻ることにした 。
どう考えても「 なんでもない 」ではなかった
気がするけれど、
るいくんが教えてくれない時は本当に教えて
くれない 。
最近、それも少し分かってきた 。
私はブラシをケースの中に並べながら、
小さく息を吐く 。
すると、
るいくんがふと思い出したように声をかけて
きた 。
私は手を止めて顔を上げる 。
_____映画?
一瞬何のことか分からなかった 。
でもすぐに思い出す 。
少し前、友達と見に行く予定だと話していた
映画のことだ 。
思わずそう聞いてしまう 。
だって、本当に何気ない雑談だったから 。
移動の合間に少し話しただけだったし、
私自身もう忘れかけていたくらいだ 。
るいくんはそんな私を見て少し笑った 。
その言い方があまりにも自然で、
なんだかこちらの方が戸惑ってしまう 。
私がそう答えると、
るいくんは興味ありそうに頷いた 。
その質問に私は思わず苦笑する 。
るいくんが肩を揺らして笑う 。
最近よく言われる気がする 。
意外とか、想像と違うとか 。
私が言うと、るいくんは楽しそうだった 。
その顔を見ていると、こちらまで少し笑って
しまう 。
会話はほんの数分だった 。
でも不思議だった 。
最初の頃なら、こんな風に続かなかったと思う 。
沈黙が怖くて 。
変なことを言ってしまわないか不安で 。
毎回頭の中で言葉を選びながら話していた 。
でも今は違う 。
もちろん仕事だから気は抜けない 。
それでも、るいくんと話している時間は
不思議と居心地が良かった 。
_____午後
撮影の合間に短い休憩時間が入った 。
私は飲み物を買うために廊下へ出る 。
スタジオの外は少し静かで、遠くから
スタッフさんたちの声が聞こえていた 。
自販機の前に立ち、財布を取り出す 。
何にしようかな、と考えるまでもなく、
選ぶものは決まっていた 。
いつものカフェオレ 。
最近なぜかそれを選んでしまう 。
その時だった 。
突然後ろから声がした 。
思わず肩が跳ねる 。
慌てて振り返ると、そこにはるいくんが
立っていた 。
胸を押さえながら言うと、
るいくんはそう言った 。
でも全然悪びれていない 。
むしろ少し面白そうに笑っている 。
絶対わざとだ 。
私が自販機を指さすと、
るいくんが言う 。
その言い方に思わず笑ってしまう 。
即答すると、
なんて返される 。
私は少しだけ目を瞬いた 。
その言葉の意味を考える前に、
購入ボタンを押す 。
ガコン、と飲み物が落ちてくる音が響いた 。
私はしゃがんで取り出そうとする 。
その瞬間だった 。
ほとんど同じタイミングで、るいくんも
手を伸ばしていた 。
指先が触れる 。
本当に一瞬だった 。
触れたかどうかも分からないくらい短い時間 。
なのに、なぜか妙に意識してしまう 。
私が慌てて手を引くより先に、
るいくんの方が少しだけ驚いた顔をしていた 。
そして、
と小さく言う 。
私も慌てて首を振った 。
別に変なことじゃない 。
ただタイミングが重なっただけ 。
それだけなのになぜだろう 。
少しだけ空気が静かになる 。
さっきまで普通に話していたはずなのに 。
お互い何となく次の言葉を探しているみたい
だった 。
数秒後 。
るいくんが自販機にもたれながら口を開く 。
ぽつりとした声だった 。
私はペットボトルを握りながら頷く 。
その声はあまりにも自然だった 。
まるで、
好きな色を覚えるみたいに 。
好きな食べ物を覚えるみたいに 。
当たり前のことのように 。
私は少しだけ目を瞬かせる 。
『 覚えとこ 』
たったそれだけの言葉 。
でも、なぜか心に残った 。
やがて休憩終了の声が聞こえる 。
私たちはスタジオへ戻ることになった 。
るいくんが先に歩き出す 。
私は少し後ろからその背中を追いかけた 。
廊下には撮影スタッフさんたちが行き交って
いる 。
いつもと変わらない景色だった 。
その時 。
少し前を歩いていたるいくんが振り返る 。
呼ばれて、私は反射的に顔を上げた 。
……って、え?
一瞬、何を言われたのか分からなかった 。
足まで止まる 。
今、確かに、
「 あなた 」って 。
「 あなたちゃん 」じゃなくて?
私は呆然と立ち尽くす 。
でも、るいくん本人は全く気づいていない
らしい 。
まるで何事もなかったみたいに 。
そしてそのまま歩いて行ってしまった 。
私はしばらくその場から動けなかった 。
聞き間違いだったのかな 。
そう思う 。
でも何度思い返しても、
何度頭の中で再生しても 。
確かに聞こえた気がした。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。