※死ネタ注意
5時間の手術を受けて脳の腫瘍を取り除くことは出来た。
だけど医療ミスにより脳の一部が傷ついたらしく、
私は構音障害と手足の痺れが後遺症として残った。
日常生活は話す必要がないことは人並みにできるけど
言葉を発しようとしても出るのは吐息交じりの音だけ。
自分の意見を伝えるのは困難になった。
そんな私を見てめめんともりはルームシェアを
提案してくれた。
頼ることに申し訳なさを感じたけど一人で生活したら
何かあった時どうしようもなくなることは
自分が一番わかっていたからその案に頷いた。
ある日は
休み時間、きのこたけのこ戦争をしてた。
私は喋れないから音声アプリを使って会話に参加した。
休み時間中はスマホ触れる学校で本当に良かった。
そう言おうとして
もう喋れるはずないって頭では分かり切ってるのに、
習慣が前に出てつい口を開いてしまう。
そう打ち込んで再生する。誤って出た行動を隠すように
またある日は
鼻歌交じりでうどんの上にのせる天ぷらを作ってる時
急に手が痺れ、
箸で掴んでいたものを落とし手に油がはねる。
そしてはねた油の熱さと痛さで手を動かした拍子に
まだ上げる前のものが入っていたボウルを
ひっくり返して床に落とす。
慌てながらも一度火を止め、
落としてしまったものを拾うためにしゃがむ。
その時丁度めめさんが帰ってきて
キッチンの惨状を見られた。
急いでこっちに駆け寄り、
私の腕を掴んで水道水に当てる。
…確かに油は少し当たったけど火傷するほどじゃない。
…… なんて言える声はもうないんだけど。
先に感謝をめめさんは述べて
私の身を案じてそう頼んだ。
それに私はただ頷くことしかできなかった。
でも毎日不便なことに出くわすわけじゃない。
あくまでたまにの頻度。
だけどそのたまにが積み重なって私はもう一人では
生きられないんだという実感と絶望も積み重なる。
ただ私だって何もしてない訳じゃない。
毎晩部屋で発声のリハビリをしてる。
単語を読むだけの簡単な練習。
だけど私の声は言葉として形成されない。
母音がなんとか言える程度。
静かな自室に自分の醜い音が響く。
どれだけ練習したってどうせ無駄なんだって
ネガティブになってついて回る自己嫌悪。
それでも諦めたくなくて、
前みたいな当たり前を取り戻したくてまた音を出す。
だけど一向に話すことは出来ず、焦燥に駆られる。
そんな日々が半年続いた。
…眠。
自室でゲームしてると眠気が出て来てふと時間を見る。
スマホには20:20と表示されていて普段ならあと
4時間は起きてるけど押し寄せてくる眠さに負け、
寝室に行きすぐに就寝した。
子守歌のような優しい波の音、
固く少しひんやりとした床、
線香と何か甘いものが混じった匂い。
その中で私の意識は浮上した。
辺りを見ようとして周りを見渡した時に
あることに気づく。
目を開けているはずなのに何も見えない。
何かに視界を遮られてるような…そんな感じがする。
というかここどこだ。
声が聞こえてなんとなく聞こえた方向を向く。
当たり前だけど姿は見えない。
呆れたような高い声が私の耳に届く。
だけどその声は人間の声ではなく
ゆっくり実況の時に使う代理の合成音声と同じもの。
聞こえた声を不思議に思っていると何故だか急に
正しい方向に気づきそっちに向き直る。
…?
何か言っていた気がしたがその言葉を聞き直すことは
出来なかった。
明るかった声が一変して落ち着いた声色になる。
そしてその言葉は私の頭を巡る。
私はまた前みたいに遠慮なしに楽しく過ごしたかった。
だけど実際は私ばかりが皆に迷惑をかけて、
いつ捨てられるか怯える状態。
それは…私の生きたかった未来じゃない。
そう考え、その問いに
…
長い時間を空けて私は首を横に振った。
ガシャ
そんな声が聞こえた刹那、
木か何かが裂けたような音が聞こえた。
何が起こったか分からずにいると
…!
左手に液体が触れ反射的に手を引っ込める。
一瞬だったけど冷たくサラサラとした水のような液体。
目は見えないけど無意識に見ようとして
顔に手を寄せようとした時に気づく。
指先の感覚がない。
さっきまで冷たいとか固いとか手で触れて
分かっていたのに今自分が指を伸ばしてるのか
曲げているかすらもわからない。
私の狼狽える姿を見てかは知らないけど
目の前の人はそんな声を投げてきた。
何が起きたか知りたい一心で何度も頷く。
その言葉は頭では直ぐに理解できなかったが、
それが嘘ではないということは本能的に分かった。
手や足がもうない?
普通なら有り得ないことだけどここが異常な空間だということはもうとっくに気づいていた。
恐怖が内側を這いずり回っていて吐き気が込み上げてくる。でもそれを吐き出すことはできない。
そうやっている間にも液体はどんどん私の体を蝕み、
多分腰辺りにまで来ていた。
立とうにも足がもうないので逃げることが出来ない。
…そもそも逃げ場なんてないと思うけど。
そんなことを考えていると
!?
目の前の誰かに私は抱きしめられた。
最初は驚いたけど抵抗する気も起きず
されるがままになる。
そんな言葉が聞こえた時体の力が抜ける。
でも目の前の人が支えてくれたから
頭から水に落下することはなかった。
目も開かないし、何ももう考えられない。でも
そんな言葉だけは最期に聞こえた気がし
た。
Side ラテ?
手術の日、想定通りあの人は夢を見て
私がいる元まで来てくれた。
最初はわざと追い詰めでも
最終的にあの人はまた前を向いてくれた。
私のシナリオ通りに事は進んだ。
そして最後にフィナーレとして
私は黒い海に身を委ねた。
だって私はあの人の防衛本能が作り出した存在。
役割を果たした今、この命が生き続ける理由はない。
これ以上はただ脳に負担がかかり邪魔でしかない。
いつもなら深海に沈んだって私の体は欠けることはない
だけどその日は肉も骨も残らずに一瞬にして私は死んだ
でも私は生き返った。
私が消える条件が揃わなかったから。
原因は直ぐに分かった。
……後遺症が残ったからだった。
ただの後遺症ならまだ…まあまだ許容できたけど
原因はまさかの医療ミス。
この時人生の中で1番人を憎んだ。
ってそんなことはどうでもいい。問題は…
その後遺症がきっかけで
あの人はまた抱え込みやすくなってしまったこと。
そして生きる希望を
失い続けるようになってしまったこと。
私は中からずっと見ていた。
そしてちょっとしたことでもあの人の心は削られ
あまりにも脆くなってしまった過程も見ていた。
あの人の様子をもっと近くで見るために私は無理やり
あの人の意識を落としここまで連れてきた。
…あの人の視界は前と違っていた。
そもそもこの空間はあの人の思考、空想の世界。
物理法則はすべて無視できる。
だから光がなくたって姿を認識できるし、
全く別の人の姿に一瞬で変わることもできるし、
あとは……現実世界で喋れなくても喋ることができる。
なのにあの人は何も見ることが出来なくなっていたし
一言も話すことはなかった。
自分の世界を現実に合わせた。
…障害者はこの世では邪魔になるという世論に
自分を合わせた。だから見えなくなった。
両手で抱えてる『私』に目を向ける。四肢は消え失せ、胸から上の胴体と頭が何とか繫がっている状態。
十何年も住んでいる人格を消すことは大変なのか
頬や肩にも水はついてるはずなのに形を保っている。
それ故に黒い水が赤黒い血に見えてくる。
目に光はなく、体も水と同じく位冷たい。
…。
壊れた船に辛うじて座りあの人の頭を抱える。
私も水に浸かったから私の両足も消えている。
このまま心中するってのも悪くはないけど私には…
『私』にはまだやり残したことがある。
あの人が死んだ今、
私が代わりに出なければ直に体も死ぬ。
人格が両方死ぬ事で体まで死ぬとは思いずらいけど
人間、思い込みで死ねるのだ。
手を軽く動かしながら
特に誰に言う訳ではないけどそう言葉を発する。
体を乗っ取るのは半年以上だから懐かしく思う。
カーテンを開け、窓越しに雨が降る夜空を見つめる。
脳を通して見るのもいいけどやっぱ瞳越しが1番綺麗に
見える。
……ん?いやちょっと待て?私今何した?
思い耽ながら雨模様を眺めていて、
その前は手を動かしながら
多少訛ってはいるものの
日常生活に不便がない程度には喋れた。
もしかして自分の幻聴かと思ったけど
何度も声を出し分かってしまう。
構音障害はほとんどなくなっていた。
…毎日の練習のおかげで。
じゃあなんであの人は喋れなかったのか。
それはもう分かってる。
あの人が喋ろうとしてなかったから。
手足のしびれは本物だと思うけど根気強くリハビリを
続けていたらきっと、いつかは治っていたんでしょう。
乾いた笑みが口から零れる。自分の声で嫌でも気づく。
結局は無駄死にだったんだということに。
まさか思い込みで喋れなかったとは思ってなくて
この状況に未だ困惑している。
最初はあの子たちにあの人が本来言いたかったであろう遺言をメッセージで伝えてすぐあの人の後を追おうと
思ってたけど喋れるとなると
あの人は皆のことを大事に思っていたがそれは皆も同じ
大事な友人が死んだら深く悲しむ。
中には自身を責める人も出てくるかも。
だけど
私はあの子たちを生涯騙し続ける覚悟はない。
もしバレたら…殺されそうだし、そもそも私は役割を
果たすだけ…私自身に生存意欲はない。
あの子たちに伝えたら
そう呟きあの人のスマホを手に取る。開くアプリは…
ディスコードだと皆すぐ来そうだからラインにする。
一息つき、文字を打ち込み始める。
送信して少し待つと返信が2つ来て、既読は4つついた。
まあこのくらいが妥当でしょう。
あ、せっかくなら
あの人の声で伝えることにした。
そう返信が来たことを確認し、グループ電話にする。
そうして皆と喋る。皆と話すのはとっても楽しくて
前のあの人を少し羨ましく思う。
色々話してる内に
グループ通話に何人か入ってきてた。
そこからも思い出話に花を咲かせた。
そしてきりのよさそうなところで伝えたいことに戻る。
どんな形でも否定の言葉はその人を苦しめるだけ。
そんな言葉は飲み込んだ。
グループ電話の参加人数を見る。数は9。
芽々からの返信も部屋への突撃もない辺り
ラインに気づいていないのでしょう。
まあその方が好都合だからいいですけど。
真実に気づき始める人も出てきた、
もうそろそろでしょうか。
最期に一言。
この言葉だけは取り繕わない、
『私』からのメッセージだった。
スマホの電源を切る。
途中で電話とか来たら気が散りますし。
やることはもう決まっている。
手に取るのは頭痛薬。…大量の。
あの人が生きる希望を失い始めてから
死に方はもう決めていた。
これが一番あの人の体を傷つけない。
忍び足で階段を降り、キッチンに入る。
コップに水道水を入れる。
そして錠剤を飲み水で流し込む。
10回位繰り返したところで
グラッ
視界が揺れ、思わず座り込む。
…これは思ったより早く死ねるかも。
Side めめんともり
アモアスの動画の編集にキリをつけ、保存する。
時間を見ると1時過ぎ。スマホを見ると数件のラインと
着信が来ていた。
ラインの内容はラテさんのリハビリの成果を出して
それに皆が反応してると言うものだった。
そして数十分の電話履歴。
普段ならディスコードでの通話なのに珍しい。
それとは別の着信も気になり
ウパさんに折り返しの電話を入れる。
~♪
すぐに繋がった。
尋常じゃない勢いに疑問が募る。
そしてすぐに違和感とその原因に気づく。
声に混じる風と雨の音。
室内にいたらこんな音は聞こえない。
自分の問いは無視され、電話越しにそう叫ばれる。
止める?それは一体どういう
聞こうとする前に電話を切られたけど
気にするのはそこじゃない。
すぐにラテさんの部屋に行くけど姿はなく、
1階に駆け下りる。
まずは玄関の鍵を開けたあとリビングに向かうと
キッチンで倒れ込んでいるラテさんを発見する。
大声で呼びかけ急いで駆け寄る。
頭を動かして私の方を向こうとするので
意識があることは確認できた。でも
この人はラテさんじゃない。直ぐに分かった。
胸倉を掴み、無理やり上半身をあげさす。目に映るのはラテさんの顔なのに中にいるのは本物じゃない。
その事実に持て余す怒りが込み上げてくる。
言葉は返ってこない。俯いて黙ったまま。
ふとワークトップを視線を向けると飲みかけの水と薬が
置いてあることに気づく。
だけど薬の数がおかしい。
ラテさんはいつも4錠飲んでる。
でも置かれてる薬は確認できるだけでも20錠はある。
目の前の女はオーバードーズをしてたんだと分かった。
一刻でも薬を吐き出させるために無理やり立たせ、
シンクに顔を持って来させた。
そして吐かすために自分の指を口に突っ込んだ。
何とか吐かせるが出てくるのは唾液や胃液ばかりで
肝心の薬はあまり出てこない。
顔色を悪くさせ、
呂律は回り切れてなくて声に覇気はない。
諦めた顔で目の前の女はそう呟く。
そしてその表情のまま、ゆっくりと私に顔を向けた。
その言葉だけは聞きたくない。認めたくない。
ラテさんはまだきっといるはず!!
ガチャ
玄関からずぶ濡れのウパさんが大声で入ってきた。
近所迷惑レベルだったけど今はそんな事どうでもいい。
その声を聞いて女は全身を一瞬ビクッと震わせた。
まさか私以外に物理的に止めてくる人は来るとは
思ってなかったんでしょう。
その隙にウパさんに指示をする。
ウパパロンは少し覚束無い様子ながらも
スマホを取り出し、119に電話を掛けた。
ウパさんを見て、息絶え絶えに女がそう叫ぶ。
そう言いながら泣き崩れる。
私が言葉を発する前に
電話し終えたウパさんがそう言い返す。
ウパさんの言葉に私も加勢して言葉を言い放つ。
涙を零しながらも笑う女にイラつきながら訊く。
そう言ったのを最後に黙る。
目は伏せられ、どこか優しさを感じた。
その様を見たあと、サイレンの音が聞こえ
救急隊員によって女は搬送された。
…数日後、死亡が確認された。
【サッドエンド】早合点した者は未来を逃す



























































編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!