起こそうとした直後、妙な紙が落ちていた。
そう、セフィロトの樹、大アルカナについて記された紙が、二つ目と三つ目の間に落ちていた。
カバラ神秘主義の一端について記されている紙は、浅霧遑吏にとっては欲しかった知識の一部であるが為、ついつい夢中になってしまった。
…自身が二つ目のベッドに来た意味を、危うく忘れそうになった。
妙に気持ちが悪いリズムで揺らす。
夜月彩音は夢の世界から現実へ帰還した。その夢は…何処かをひたすら走る夢だ。道は虹と不可思議的な色で変わり行きていた。…そこから、夢の全てを潰されたかの様な感覚と共に、現実に帰還したのだ。
その瞬間、起き上がった夜月彩音は浅霧 遑吏にCQCを仕掛ける。その動きはその筋の人間、その極致そのモノだった。
それを回避し、バク転で後方に下がる。そして浅霧はファイティングポーズを取る。それを見た夜月は、浅霧の呼吸、目の動き、細かな動き等を脳に入れる。
…表情や鼓動等を見れば、此処に拉致された一人であることは明白だろう。
だが、何故「信用していいか」という迷いになったのか?
その思考を迷いに連れて行ったのは紛れも無い「浅霧遑吏」自身であったのだ。
浅霧遑吏自身が無意識に放つ「奇妙な雰囲気」が、長年の直感故に「危険」だと脳が判断したのだ。
「この男は危険だ。信用してはならない。駄目だ。此処で殺れ」と。
普段、危険的な思考に染まらず、危機的な状況でしか「殺害」という選択を下さない脳が発した。脳内での奇怪的な出来事は、夜月彩音自身が一番理解していた。
それ故に、夜月彩音自身が、一番恐怖していた。
気怠そうにも、解放された様な動きでファイティングポーズを辞め、両手を挙げ少々困ったような顔で語り掛ける。それと同時に…溜息を吐き捨てる。
暫く働き詰めだった故か、脳が正常ではない判断を下したかは定かではない。だが、それには確かな説得力と信用があった。声色でも、何もかもが事実を必死に物語っていた。…但し、表情筋は余り動かないが。
夜月彩音は、やはり警戒している。歩み寄る姿勢が、それを物語っている事に理解が及んだ。
夜月彩音は、この空間に違和感と同時に懐かしさを覚えた。古き記憶に染み付いた災厄的知識か、それとも所属した組織故の、忘れかけていた宗教的知識が染み付き、懐かしさを覚える程度には膨れ上がっていたのか…
見知らぬ場にて、双方にとって危険な人物を数m以上先に置き、考察を広げるよりかは、誰かを白一色のベッドから起こし、探索の幅を広げるのが賢明だろう。
浅霧が4つ目のベッドへ向かう途中、ベッドの先に有る「扉」に目線を向ける。銀色のドアノブ以外壁と同じ白色であり、ドアノブが無ければ一面の壁と同じ壁だと認識してしまうだろう。
神秘的出来事には、若干の慣れを覚えていた。何故なら浅霧遑吏は、神秘的な魔術や聖遺物等に関わる仕事をしていたからだ。
思考を振り払う。それは雪に溶け切るかの様に…つまりは綺麗さっぱり消え去った。考え、進む内にさっきの彼女が4つ目のベッドに眠る人間を起こす。
元気よく、それでいて少し笑顔で呼び起こす夜月とは反対に、感情読めぬ声色と無表情にて呼び起こす。
白井魅零は逢魔ヶ刻から帰還する。いいや、逢魔ヶ刻に似た様な物ではあるが、確かに「夢の世界」であった事は…理解していた。
困惑をしていた白井魅零は、浅霧遑吏が発した「餅をつけ」という言葉に耳を疑った。
妙に張り詰めていた緊張が少々、解されるような音がした。それ同時に、目覚めた時から持った浅霧への警戒心を更に強めた。
邪念を振り解き、素早く状況を整理した。
・先ず、此処は広く白一色の部屋であること。
・自身の他に三人の人間がこの部屋に囚われている。その内の一人は数十秒前の自身と同じく眠りについていること。
・ベッドの前方には扉が有り、それ以外は何も無い。
整理するにつれ、詭妙な現実へ飛び込んだ事への実感が湧いてきた。
それと同時に、一般人である自分が何故この奇妙な現実へ迷い込んだのか、という謎が深まった。
…素早く状況を整理しても、浅霧遑吏への警戒心は強まるばかりだった。それと同時に、ベッドの四方八方を確認する彼女への警戒心も芽生えた。
何時間前に起きたかは知らないが、妙に冷静であり、冷酷を放つ彼、浅霧遑吏に対しての警戒心は高まり続ける。
一般人が発する気配ではない事が、接して完全に理解した。
…またもやか、四つ目のベッドと三つ目のベッドの間に、また別の紙が落ちていた。
それを拾い上げ、紙に記された文字を軽く目に入れる。
「部屋を出ろ」
紙を折り、内ポケットへ入れる。何時か燃やしてやろう。 そう決心するのであった。
気を取り直し、もう一人…最後の一人へ近付く。
肩を揺らす。…だが、中々に起きない。幾分か力を増したが全然起きず、その上盛大な鼾まで奏でる始末だ。
よく、爆睡が出来るものだ と言いたいが…睡眠中に拉致られたとかなら納得が出来る。それかもしくは…強制的に睡眠させる魔術を掛けられたか…
冗談で呟いた…次の瞬間、息苦しそうに目を覚ます。
細めた眼、確かな線が幾つも重なり合い、視界をボヤけさせる。あぁ。その現象には慣れていた。
そう、夢の世界から脱出し、現実世界へ戻った時に味わう…寝起き特有の現象。辺りは白く、尚且つ天井には幾つもの明かりが灯されている。
そんな状況下、しかも起こされ声を喚き散らされたら、空元気すらも演じられぬ。
一旦、深呼吸をしよう。落ち着くがためにはそれが最適だ。
スー…ハー……
眼を少々擦り、辺りを見回した。男が一人と女が二人。白く長ったらしい部屋。
そんな状況を理解した宵月茜は、第一声を零す。
言っていることは本当のようだ。多少人心に触れていた宵月は理解できた。
目や動きなどで分かる。表情にこそ出さないが、一部困惑しながらも冷静になり思考している。
…浅霧遑吏は、宵月茜の心情を大まかに、それで居ながら本質を理解した。
宵月茜は、「無」という、それ以上でも以下でもない心を持ちながらも、困惑をしている…ということを。
これから先、何かがあるであろう事を経験則にて理解した浅霧は、一先ず自己紹介なり何なりしたほうが良いのではないかと思いた…。
取り仕切るこの男は一体何なのだろうか。
顔は至って冷静だ。困惑の一つも見えない奇妙な人間。
___だが、本心は困惑している。ポーカーフェイスが得意なのか?だとしても、何故やるのか?
奇妙な心身への危機感は芽生え始め、急速にその芽を咲かせた。
言葉を遮る。いいや、本来発される言葉を代わりに言ったとでも記そう。
そして彼は話し始める。自身が体験した出来事を…












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!