休日の午後のカフェは、柔らかな光とコーヒーの香りに満ちていた。
窓際の席で、叢雲(むらくも)は静かに本を読んでいる。向かいに座る真咲瑠花(まさき るか)はメニューを眺めつつ、時折、彼に視線を送っていた。二人の間には、まだほんのわずかに、距離が残っている。
「……おすすめ、ある?」
「……カプチーノ」
本から目を上げた叢雲は、いつもと変わらぬ無表情でそう答えた。白い髪と白色の瞳が、店内の光を受けて際立っている。
「やっぱり。いつもそれだよね」
瑠花は小さく頬を膨らませ、それから笑って注文を済ませた。運ばれてきたチョコレートケーキを一口。甘さが広がり、自然と肩の力が抜ける。
「おいしい。ね、叢雲も食べる?」
「……遠慮する」
再び本に視線を落とす彼に、瑠花は少しだけ肩を落とした。それでも、隣にいるだけで心は温かい。
(もっと、仲良くなれたらいいのに)
ふと見た横顔。光をまとった白い髪が、きらきらと輝いている。その美しさに、思わず息を呑んだ。
視線に気づいたのか、叢雲が顔を上げる。
「……何か用か」
「ううん。ただ……叢雲、綺麗だなって思っただけ」
少し照れたように目を逸らす瑠花。叢雲は一瞬、言葉を失った。
「……そうか」
短く答え、本に戻る。けれど、胸の奥は確かにざわついていた。
(綺麗、か……)
そんなふうに言われたことはなかった。強さや冷酷さばかりを向けられてきた自分に、まっすぐな好意を向けられることが。
「……悪かった。気づかなくて」
ほとんど聞き取れない声だったが、確かに謝罪だった。瑠花は目を見開き、すぐに微笑む。
「ううん。ありがとう、叢雲」
その笑顔に、叢雲は目を奪われた。胸の奥で、固く閉じていた何かが、ゆっくりとほどけていく。
沈黙が流れる。けれど、不思議と心地いい。
「……そのケーキ、少しもらってもいいか」
瑠花の顔がぱっと明るくなる。
「もちろん! はい、あーん」
戸惑いながらもケーキを口にする叢雲。甘さと一緒に、これまで知らなかった感情が胸に広がった。
(もっと……一緒にいたい)
「難しい顔してるよ?」
「……別に」
そっぽを向く彼の耳は、わずかに赤い。
「ねえ、叢雲。もっとあなたのこと、知りたいな」
心臓が跳ねる。しばらくの沈黙のあと、彼は静かに答えた。
「……僕も、だ」
その声は、驚くほど柔らかかった。
そのとき、携帯電話が鳴る。画面を見た瞬間、叢雲の表情が引き締まった。だが彼は、通話を拒否し、ポケットにしまう。
「大丈夫?」
「ああ。今は……いい」
瑠花は少し考え、それから真剣な目で言った。
「無理しないで。私は、あなたの力になりたい」
胸が締めつけられる。叢雲はそっと彼女の手を握った。
「……ありがとう、瑠花」
そして、少し照れたように続ける。
「この後……どこか行かないか」
照れ隠しのように、映画、美術館、夜景と一気に提案する彼に、瑠花はくすくす笑った。
「急にどうしたの?」
「……ただ、もっと一緒にいたい」
その言葉に、瑠花はそっと彼の手を握り返す。
「うん。でも、その前に……あなたの話、聞かせて」
叢雲は頷き、電話のこと、任務のことを正直に話した。瑠花は静かに聞き、やがて優しく言う。
「優しい人だね。でも、無理はしないで」
夕焼けが店内を赤く染める。叢雲はそっと瑠花を抱き寄せた。
夜。別れ際、二人は微笑み合う。
「今日は、ありがとう」
「こちらこそ。また、会おうね」
瑠花の背中を見送り、叢雲は夜空を見上げた。満月が静かに輝いている。
彼は胸に芽生えた確かな想いを感じながら、未来へと歩き出した。
瑠花との絆を、信じて。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!