前の話
一覧へ
次の話

第11話

おまけエピソード 休日のカフェにて
11
2026/01/18 09:46 更新
休日の午後のカフェは、柔らかな光とコーヒーの香りに満ちていた。
 窓際の席で、叢雲(むらくも)は静かに本を読んでいる。向かいに座る真咲瑠花(まさき るか)はメニューを眺めつつ、時折、彼に視線を送っていた。二人の間には、まだほんのわずかに、距離が残っている。

「……おすすめ、ある?」

「……カプチーノ」

 本から目を上げた叢雲は、いつもと変わらぬ無表情でそう答えた。白い髪と白色の瞳が、店内の光を受けて際立っている。

「やっぱり。いつもそれだよね」

 瑠花は小さく頬を膨らませ、それから笑って注文を済ませた。運ばれてきたチョコレートケーキを一口。甘さが広がり、自然と肩の力が抜ける。

「おいしい。ね、叢雲も食べる?」

「……遠慮する」

 再び本に視線を落とす彼に、瑠花は少しだけ肩を落とした。それでも、隣にいるだけで心は温かい。

(もっと、仲良くなれたらいいのに)

 ふと見た横顔。光をまとった白い髪が、きらきらと輝いている。その美しさに、思わず息を呑んだ。
視線に気づいたのか、叢雲が顔を上げる。

「……何か用か」

「ううん。ただ……叢雲、綺麗だなって思っただけ」

 少し照れたように目を逸らす瑠花。叢雲は一瞬、言葉を失った。

「……そうか」

 短く答え、本に戻る。けれど、胸の奥は確かにざわついていた。

(綺麗、か……)

 そんなふうに言われたことはなかった。強さや冷酷さばかりを向けられてきた自分に、まっすぐな好意を向けられることが。

「……悪かった。気づかなくて」

 ほとんど聞き取れない声だったが、確かに謝罪だった。瑠花は目を見開き、すぐに微笑む。

「ううん。ありがとう、叢雲」

 その笑顔に、叢雲は目を奪われた。胸の奥で、固く閉じていた何かが、ゆっくりとほどけていく。
 沈黙が流れる。けれど、不思議と心地いい。

「……そのケーキ、少しもらってもいいか」

 瑠花の顔がぱっと明るくなる。

「もちろん! はい、あーん」

 戸惑いながらもケーキを口にする叢雲。甘さと一緒に、これまで知らなかった感情が胸に広がった。

(もっと……一緒にいたい)

「難しい顔してるよ?」

「……別に」

 そっぽを向く彼の耳は、わずかに赤い。

「ねえ、叢雲。もっとあなたのこと、知りたいな」

 心臓が跳ねる。しばらくの沈黙のあと、彼は静かに答えた。

「……僕も、だ」

 その声は、驚くほど柔らかかった。
そのとき、携帯電話が鳴る。画面を見た瞬間、叢雲の表情が引き締まった。だが彼は、通話を拒否し、ポケットにしまう。

「大丈夫?」

「ああ。今は……いい」

 瑠花は少し考え、それから真剣な目で言った。

「無理しないで。私は、あなたの力になりたい」

 胸が締めつけられる。叢雲はそっと彼女の手を握った。

「……ありがとう、瑠花」

 そして、少し照れたように続ける。

「この後……どこか行かないか」

 照れ隠しのように、映画、美術館、夜景と一気に提案する彼に、瑠花はくすくす笑った。

「急にどうしたの?」

「……ただ、もっと一緒にいたい」

 その言葉に、瑠花はそっと彼の手を握り返す。

「うん。でも、その前に……あなたの話、聞かせて」

 叢雲は頷き、電話のこと、任務のことを正直に話した。瑠花は静かに聞き、やがて優しく言う。

「優しい人だね。でも、無理はしないで」

 夕焼けが店内を赤く染める。叢雲はそっと瑠花を抱き寄せた。
 夜。別れ際、二人は微笑み合う。

「今日は、ありがとう」

「こちらこそ。また、会おうね」

 瑠花の背中を見送り、叢雲は夜空を見上げた。満月が静かに輝いている。
 彼は胸に芽生えた確かな想いを感じながら、未来へと歩き出した。
 瑠花との絆を、信じて。

プリ小説オーディオドラマ