敷浪島は孤島だから、船に乗らなければ辿り着けない。
そして小さな島だから空港なんて存在しない。
とっても自然豊かで穏やかで素敵な場所だけど、今回みたいに何かあったときにすぐに東京に行くことができないのが不便なところ。
…見えてきた。誰にも島に行くことは伝えてないから驚かれるかな。
私、緊張してるの…?心臓の音が自分にまで聞こえてくる。でもそうだよな…。ちゃんと帰ってくるの10年ぶりだもんな…。
今まで何度も東京と敷浪島を往復したことあるのに初めて船酔いした…。
晴れやかに船降りようと思ってたのに…。
そんなこんな思っているうちに船が敷浪島に到着した。
まずはどこへ行こう。やっぱり診療所かな…。
海生のところ…いや、聞きたいことは確かにたくさんあるけど別に今じゃなくていいか…。
ー診療所に到着するー
和田さんはこの診療所で働いている人。私もよくお世話になっていた。
この島の出身で、島のことを本当によく知っている。医師免許はないから治療をすることはできないんだけど。
…奥から誰か出てきた。きっと和田さんだ。
事情を説明して1週間ここで働かせてほしいってお願いしなきゃ。
その人影は和田さんではなかった。
でも私のよく知る顔。そう、海生だった。
海生は私のことを見て手招きをして、部屋に入っていった。
…そこって診察室だよね?
「俺がここにいるのは今ここで働いてるから。だから先生のカルテも書いてた。それなら何も不思議なことはないだろう。」
…ちょっと待って。働いてる?だって海生の夢は自分で飲食店を開くことだったでしょ…?
「…それはもう昔の話。それに今はこの仕事にやりがいを感じてる。そんな顔すんなって!」
「…俺は夢を諦めたわけじゃない。お前が島を離れてから、たまたま診療所でケガした人の手当てを手伝う機会があったんだ。そこで初めてお前がやってきた仕事を知った、それでオレもこの仕事をしたいって思った。夢が変わったんだ。」
聞くと、私が彼に特別別れを言わずに島を離れてしまった為、その後も診療所に遊びにきては私の話を先生や和田さんとしていたのだという。
そこで手当てを手伝って、彼は私の後を受けるような形で今の仕事をしている。
でも、本当にいいのかな…。もし私が島に残っていれば海生はそのままの夢を追っていたんじゃ…。
「眞子のせいじゃない。眞子のおかげ。」
彼は眩しいくらいの笑顔でそう答えた。
…あぁ、これだ。私はこの笑顔に何度も救われたんだ。
10年経っても変わらないその笑顔に自然と私も笑顔になった。
…何で黙っちゃうの。やめてよ…。
何か言わなきゃ、でも何を話せばいい…?
聞きたいこと、伝えたいことはたくさんあるのに。
「…あのさ、これ10年前からずっと言いたかったことなんだけど。…聞いてくれる?」
そんな改まって何…?
聞くよ、聞くけど…。緊張する…。
「ありがとう。俺と出会ってくれて。」
そこから2人で2時間くらい話した。
先生の容体、自分たちの今の生活、職場のこと、そして10年前のこと…。
話せば話すほど、10年会っていなかったなんて信じられなくなってくる。
やっぱりこの島は私の帰る場所なんだ。
海生は冗談で1回断ってきたけど、すぐに笑いながらよろしくって言ってくれた。
短い間だけど、一緒に働けるのはなんか嬉しい…。
翔北にも迷惑かけちゃってるんだからこっちでちゃんと頑張ろう…!
そして私たちは診療所に戻った。
これからの1週間、きっと私にとって大切な時間になる。
翔北に戻ったとき、島のことを胸を張って話せるように私らしく頑張ろう。
ー診療所でー
「うるせぇ。雇ってやってんだ、感謝しろ!」
海生は笑いながらそう言った。
ここからの1週間はあっという間だった。
この歳になって、こんなに人って成長できるんだなって思った。
ついに明日、翔北に帰る。会えて良かった、ちゃんと話せて良かった。
明日帰ったらまたしばらく会えないけど、絶対また来るから。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!