第16話

第十六話 どこへ行こうというのかね。
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2026/09/10 09:08 更新
霖雨がじきに終わりかけ、短夜は近づいて来る。
しかしそんなことはここ無限城では関係無い。

ついこの間、例の元柱の鬼娘に話しかけた。
彼女は絶望の表情はしなかった。
恐怖の表情もしなかった。
自分をただ嫌悪しているだけのように見えた。

あの帰り道に私はこう思った。
あの子は絶望や恐怖を少なくとも私の前では見せなかった。

元柱にしては、随分と落ち着き過ぎている。
では、どのような表情なら見せるのだろうか。

それがふと気になって、またここに来たんだ。

もしあの子のする怯えた表情を瞼の裏に描くとすれば、それはどれほど愛らしいのだろうか。
気づけば足取りは、まるで今にもふわっと浮いて、どこか流されていくのではないかと思う程軽かった。

変幻自在の城を真っ直ぐ彷徨う。
あまりにも動きやすい。

そのためすぐに辿り着いた。
彼女の横顔が見えたんだ。
彼女は壁に背中を預けて遠くを見つめた後、自分にふと気がついて僅かに視線を送った。
表情は変わらなかった。
魘夢
あれ、また会ったねぇ。……随分と静かにしているじゃないか。
(なまえ)
あなた
……魘夢。
魘夢
覚えてくれていたんだねぇ。
隣に来て、そう話しかけた。
彼女は私の名前を言ってすぐ、また視線を前に戻した。
私のことなど眼中に無いのだろう。
魘夢
そういえば、君はあの四人と仲が良かったんだったね。
少しだけ様子を見て、こう切り出した。
(なまえ)
あなた
…四人?
魘夢
ほら、病葉君達だよ。
(なまえ)
あなた
そう。
魘夢
釜鵺くんはね、本当にいつも怯えていて、見てるこっちの胸がキュンキュンしちゃった。彼は自分たち下弦の仲間内だと普通に喋るのに、一歩外に出るともう駄目。
魘夢
いつだったか、無限城の曲がり角で上弦の壱様と鉢合わせてねぇ。怯えすぎて裏返った声を出しながら、自分の足がもつれて派手にすっ転んだんだよ。
あの時の彼の、全てが破裂しそうなほどの恐怖の顔……もう一度見たかったなぁ!
自分はあれを一部始終見た。
この様子が面白おかし過ぎて、たまたま近くに居た轆轤君にも話したんだっけ。

おそらく轆轤君から聞いたんだろうな。
彼女はどこか懐かしそうな顔をしていた。
魘夢
零余子ちゃんは確か、ちょっと気が強そうな口調で喋るんだけど、中身は釜鵺くんと変わらないくらいの弱虫さん。いつも釜鵺君のことをツンツンいじめてお姉さんぶるけど、自分が追い詰められるとすぐ泣きそうになるんだよねぇ。
魘夢
あの強がりと怯えのズレは人間の悪夢みたいで、本当にゾクゾクするほど可愛かったなぁ。
反応は少し息を吐いた程度で、他は無かった。元とはいえ柱だったのだ。
あの子のその場凌ぎの誤魔化しくらい、簡単に見破ったのだろう。
まるで姉妹のようだ。
魘夢
病葉君は要領がかなり良くて、なんやかんや皆の面倒を一番見ていたなぁ。だけど彼は『もっと強くなりたい』という野望が大きいせいか、たまにピリピリしてたねぇ。
自分は上に行けると勘違いしているのが本当に滑稽で、まるで次男坊のようだった。参なのにね。
その話をしたら、彼女は意外にも少し寂しそうな表情をしていた。

そして彼女は、また息を小さく吐いた後、ようやく小さい口を開いた。
(なまえ)
あなた
…実際苦労人だったはずですよ。
それは擁護だった。
魘夢
(へぇ…。)
面白いなぁ、この子。
魘夢
最後に轆轤君。彼はよく私が持っている情報を聞きに来てたなぁ。私から話しかけることもあったけどね。そのせいで、裏で『情報屋擬き』だなんて言われてたり。
でもどういうわけか、彼は私が上弦を目指していることを知っているから、あながち間違ってはないかな。
ここまで言うと、彼女はなんと柔らかい表情をした。
魘夢
彼はね、まともなフリをしているけれど根本からズレているからボケることが多いんだ。
零余子ちゃんが真剣に『柱を見かけた時の完璧な逃走術』を熱弁した時、轆轤君、大真面目な顔で『こいつ天才かよ……』って感心してたからね。
魘夢
柱を倒すんじゃなくて、逃げる技術に感動しちゃう下弦の弐。滑稽だと思わないかい?
彼女は返事をしなかった。
柔らかくなった表情のまま、僅かに瞳を閉じた。
魘夢
あぁ、そういえば…。下弦の伍の話をしていなかったね。
そう言うと、彼女はやや驚いた表情をして、ようやくまともにこちらを見た。
魘夢
累君って言うんだけどね。いつだったか君がここに居ない時に、彼は珍しくここに来たんだよ。
おそらく無惨様から呼ばれたんだろうね。普通は那田蜘蛛山に居るからさ。
魘夢
累君は他者に興味は示さないんだけど、あの四人は声が大きいからねぇ。特に釜鵺君は。
その時に君の話が聞こえたそうだ。
魘夢
確か彼は、君を変な“鬼”だと言ったよ。
『仲間なんて 本物の絆(家族)でも無いのに、どうして絆で結ばれていると勘違いしているのか』
って。
その時、彼女の動きが止まった。累君の考えが理解できないのかな。

少し間を空け彼女はこう言った。
(なまえ)
あなた
……貴方、嫌いです。
恐怖でもない。絶望しているわけでもない。
それはただ純粋に軽蔑しているだけの『瞳』だった。
魘夢
…私はそうでもないけどね。
魘夢
(あれ?私が欲しい反応じゃないな。)
この時、自分の中である気持ちがのめり込んだ。
魘夢
(じゃあ、この“人”を絶望させたらどんな顔をするんだろう?)
一時(いっとき)の、純粋な興味であった。
魘夢
まぁ、でも。
魘夢
累君は家族(本物)の絆を得られないまま、消えちゃったけどね。…その時の表情見たかったなぁ。
きっとそれは、喪失と絶望に満ちた幸せな夢なんだろうね。
そしてその場を数歩だけ離れ、一回だけ振り向きこう言った。
魘夢
いつか君が絶望するところを見てみたいんだ。

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