白の城は、雪のように白く、死のように静まり返っていた。
その奥、純白の寝台に横たわるアネモネ女王は、息をするたびに命の色を薄くしていた。不治の病――医師たちは何年も前に匙を投げ、祈りさえ効力を失って久しい。
ある日、城に二人の男が招かれた。
一人は、召使いたちの推薦で呼ばれた褐色の歌手、テン。
黒髪に灰色の瞳。視線は常にどこか遠くを漂い、首元には古びたロザリオが静かに揺れている。
もう一人は、護衛として派遣された白髪の男、アウグスト。
耳元で光る金のピアス、氷の刃のように鋭い白灰色の瞳。鎧を着ていなくとも、近づく者を威圧する強靭な体躯を持っていた。
「歌で、女王の病を癒せ」
短い命令に、テンは静かに頷く。
広間の中央に進み出ると、召使いたちは息を殺し、執事は背筋を正し、ボディガードたちは無意識に剣の柄へ手を伸ばした。
テンが、口を開く。
――
枯れた枝に 触れる指先
眠っていた棘が 目を覚ます
俺の声は 毒にも薬にも
どうぞ この身を 茨に委ねて
――
低く、抑えた声。しかし確実に空気を震わせる歌。
その瞬間、大理石の床を割るように、細い緑の蔓が這い出した。
一本。
二本。
そして一瞬で、無数の茨が床の隙間から噴き出す。
「ひっ――!」
執事の悲鳴が上がった直後、黒い棘が足首に絡みつき、床へ引き倒す。次の瞬間、その身体はぴくりとも動かなくなった。
「下がれ! 離れろ!」
ボディガードの叫びも虚しく、茨は意志を持つ獣のように人を襲う。召使いの首を締め上げ、侍女のドレスを貫き、白い床は悲鳴と血で汚されていった。
それでも、テンは歌い続ける。
――
傷だらけの この胸の奥
黒い花が 一輪だけ咲く
痛みを知る者だけが
癒しを 知ることもできる
――
茨はさらに勢いを増す。
柱を這い、天井を覆い、シャンデリアを絡め取り、ガラスの砕ける音が連鎖する。
そのときだった。
「ハッハッハ! いいねぇ、その黒い響き!」
けたたましい笑い声が、広間を切り裂く。
アウグストだった。
白髪を振り乱し、金のピアスを鳴らしながら、彼はテンの隣へ躍り出る。そして野太い声で、無遠慮なコーラスを叩き込んだ。
――
おおおおおおおぉ~~~!
茨よ咲け! 狂え! 喰らえ!
この城ごと 緑に沈めてしまえ~~~!!
――
二つの声が重なった瞬間、茨は爆発したかのように膨張する。
天井が抜け、壁が崩れ、床が割れ、白の城は一瞬で熱帯の密林と化した。蔓と棘と葉が絡み合い、陽光さえ遮断する濃緑の世界。
そして、奇妙なことに。
漆黒の百合が、あちこちに静かに咲き始めた。
毒々しいほど艶やかな花弁。甘く、腐臭にも似た香りが漂う。
「……あ」
寝台の上で、アネモネが小さく息を吐いた。
その頬に、初めて血の色が戻る。
病に蝕まれていた肺が、黒百合の香りを吸い込むたび、洗い流されるように軽くなっていく。
「……生きてる……」
震える指で、自分の胸に触れる。
痛みはない。熱もない。
息が――普通に、吸える。
テンは歌を止め、その場に膝をついた。汗が頬を伝う。
アウグストは巨大な茨の幹に寄りかかり、満足げに笑っていた。
「ったく……お前の歌、ちょっと強すぎだろ」
テンはロザリオを握りしめ、苦笑する。
「乱入したのは、そっちだ」
アウグストは肩をすくめ、にやりと笑った。
「ま、結果オーライだろ?」
黒百合の咲き乱れる森の中で、アネモネはゆっくりと起き上がる。
白いドレスは茨に裂かれ、髪は乱れていたが、その瞳から死の色は完全に消えていた。
彼女は二人を見上げ、かすれた声で言う。
「……ありがとう」
茨に呑み込まれた白の城は、もう元には戻らない。
けれど、そこには確かに、生きる女王がいた。
そして黒い百合は、静かに――
これからも、咲き続ける。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。