寒い夜だった。
三月という、春らしい名目もまだ未熟だ。風も、強いというほど吹いてはいなかった。
ここ最近、よるは眠れない。
思考を放棄したい。
いっそのこと、他の誰かが私のことを乗っ取ってくれたら楽だろう。私に成り代わって、私の代わりに生きて欲しい。娘を、花を置いては逝けない。なんて、考えているうちに悪夢を見る。
最初は、戦地に行った子供達の顔が、よぎるのだ。
軍へ行くために生まれた子供達。人を殺すために生まれた子供達。死ぬために生まれた子供達。
あの子たちの前でこんなことを言ったら、いっそう、恨まれるだろうか。
次によぎるのは、紗久子の言葉だ。
『ーーみゆうちゃんは、生きてちょうだいね。』
肺炎だった。
頬はこけて、目は落ち窪み、手首はほとんど骨と皮。日に日に弱っていくのを見ていられず、最終的には私が手を下した。
ーー本人も、生きることを放棄した。
私に「殺して欲しい」と。彼女の、最後の願いだった。
それなのにどうだろう。彼女の声が思い出せない。顔もだんだん朧げになってきた。残ったのは思い出だけ。
粒子のような思い出たちが、毎晩首を締め付けて苦しい。まともに寝られるはずもない。
そのくせ、自分は何がしたいか一向にわからない。
なんとも馬鹿で、滑稽で、ろくでもない人間だと、自認している。
袖を引かれてハッとした。先ほど寝ついたはずの花が布団からでてこちらに来ていた。
そう言われて初めて気がつく。
確かに、小さな箱型のそれから声が聞こえる気がする。まさかと思い、這うようにして部屋の隅まで行き、耳を傾けた。
「東部軍情報、東部軍情報、敵B29らしき数編隊南方洋上より本土に接近しつつあり、厳重なる警戒を要す」
そんなようなことを言った後、すぐに、暗い夜を破るようにして不気味な空襲警報が鳴り始めた。
表では郡長が甲高い声で叫んでいる。敵機襲来、と聞き取れる。
花がこわばった顔で頷くのを確認し、自分の荷物を抱えて縁の下に掘ってある豪へ飛び込んだ。と同時に、外がぱっと明るく光る。
照明弾が強力な水銀灯のように、町を映し出していた。
16の時だったと思う。
その日は確か、関東大震災から三日後くらいで、瓦礫の上に座って2人で話をしていた。
紗久子は腿の上で両肘をついて焼け野原を眺める。
夕日が、先日の炎のように赤かった。
言ってから、目線を紗久子の方へと向けた。紗久子もこちらを見ていた。
しばらく目線が交わった後、紗久子が柔らかく微笑んだ。肯定の意である。
そう言って、柔らかい指で私の額に触れた。
それは、震災でできたものではなかった。
紗久子はしばらくの間、私の額にある傷の上を指の腹でなぞった。
そう言ってようやく手を離す。

あの、焼き付けるようなうっとおしい日差しが、下界を照らす照明弾によく似ていた。













編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。