you side
次の日の朝になっても、あの人の横顔が頭から離れなかった。
鏡の前で巻いた髪を崩しながら、ふと昨夜のことを思い出す
黒いスーツに、長い髪。
少し疲れたように窓の外を見つめていた表情と、落ち着いた声。
たった一言しか聞いていないのに、その声だけが何度も頭の中で繰り返される
出社してからも、気づけば周りを見渡してしまっていた。
もしかしたら、…もしかしたらどこかのフロアですれ違うかもしれない。
エレベーターで一緒になるかもしれない。
そんなことを考えている自分に、少しだけ呆れてしまう
部署も違うだろうし、会うことなんてほとんどないはずなのに
昼休み、同期のミンジョンに声をかけられてようやく我に返った。
私は笑ってごまかしたけれど、本当は疲れているわけじゃない。
ただ、気になっているだけだ。
名前も知らない、あの先輩のことを
仕事を終えて時計を見ると、時刻は21時45分を少し過ぎていた
いつもならコンビニに寄ってから帰るのに、今日は自然と改札へ向かっていた。
理由なんて分かっている
――会えるかもしれない。
ホームに着くと、昨日と同じように仕事帰りの人たちが並んでいた
私は列の最後尾に立ちながら、無意識に周りを探してしまう。
でも、見つからない。
少しだけ肩の力が抜けた。
何を期待していたんだろうㅎ
電車がホームに滑り込んでくる。
昨日と同じ車両に乗り込み、イヤホンを付けてドアの近くに立つ
窓に映る自分の顔が、どこか落ち着かない。
発車のベルが鳴った、その瞬間だった。
車両の奥に、見覚えのある黒いスーツが見えた。
思わず息をのむ
長い髪を耳にかけながら、スマホを見ている。
本当にいた…
胸の奥がじわっと熱くなる。
私は慌てて視線を逸らした。
見つめすぎたら、変に思われるかもしれない
そう分かっているのに、気づけばまた目で追ってしまう。
先輩はまだこちらに気づいていないみたいだった
電車が揺れて、先輩がふと顔を上げる。
一瞬だけ視線がこちらを向いた気がして、私は慌てて窓の外を見た。
心臓がうるさい
次の駅で人がどんどん降りていく。
先輩はまだ降りないみたいだ
昨日と同じ。
それだけで、少しだけ嬉しくなってしまう自分がいる
私の降りる駅が近づき、ドアの前へ移動した時だった。
後ろから、落ち着いた声が聞こえる。
昨日聞いた声。
振り返ると、先輩がすぐ後ろに立っていた。
私は慌てて道を開ける
小さく頭を下げられる
たったそれだけ。
それだけなのに、胸の奥がきゅっと締まる。
先輩はホームへ降りていった
閉まりかけるドアの向こうで、長い髪が揺れる
私はその姿を見つめたまま動けなかった。
小さくつぶやいてから、自分で驚く。
-名前はまだ知らない
















編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!