第2話

Lv.1
85
2026/04/21 06:00 更新


その匂いと出会ったのは

朝だった。




まだ人の少ない時間


校舎の窓はほとんど閉まっていて

廊下には足音が少し響くくらいの静けさがあった。


教室に向かう途中

ふと、
足が止まる



甘い匂いがした



花

というよりは、

果実

に近い。


少しだけ熟れすぎたような、

柔らかくて、


でも、

どこか残る匂い。



こんな朝はやくに?


誰もいないはずの校舎で、

その匂いだけが妙に浮いていた


気のせいかと思って、

歩き出そうとする。



でも、

また同じ匂いがする



さっきよりも、

少しだけ強く



どこから?




廊下の窓の向こうに目をやると、

中庭が見えた。



朝の光がまだやわらかくて、

影も薄い


誰もいないはずの場所に、

ひとつだけ人影があった。



ベンチに座っている




その髪が、

最初に目に入った。




桜色。




春でもないのに、

季節外れの色。




なのに、

不思議と浮いていない


そこにあるのが当たり前みたいに、

静かに馴染んでいる。




風が吹いた




やっと届いたみたいに、

髪がゆるく揺れる。



同時に、

匂いが強くなる。




ああ、


これだ。




さっきから感じていた甘い匂いの正体が、

ようやくわかった。



あの人だ




なんでそんなふうに思ったのかは分からない

でも、

そうとしか考えられなかった。


窓越しに

少しだけ近づく


彼は、

何もしていなかった。



スマホを触るでもなく、

誰かを待っている様子もなく、

ただそこにいる



ぼんやりと前を見て、

時間から少しだけ外れているみたいに




同じ学校の生徒

だよね。



制服はちゃんと着ているし、

違和感はないはずなのに



どうしてか、

そこだけ切り取られたみたいに見える。



距離があるはずなのに、

目が離せなかった



見てはいけないものを見ているような、

でも、

見てしまった以上

もう

戻れないような。



そんな感じ


ふと、彼が顔を上げた


こっちを見たわけじゃない


でも、

その動きだけで、

心臓が一瞬止まりかける。



見つかる


と思った。



慌てて窓から離れる



なんでもないふりをして、

そのまま廊下を歩く


さっきまでの静けさが嘘みたいに

急に音が大きく感じる。



足音がうるさい


呼吸が少しだけ速い



なんで


こんなに意識してるんだろう。


知らない人なのに

ただ見ただけなのに


教室に着いても、

その匂いは頭から離れなかった。


あの桜色の髪も、

あの、

何も拒んでいないようで、

何も受け入れていないような空気も



気づけば、

窓の外を見ている



中庭はここからじゃ見えないのに

もういないよね。



そんなことを考えている自分に、

少しだけ驚く


名前も知らないのに

どこのクラスかも分からないのに

それでも、

確かにそこにいたことだけが、

やけに残っている。





昼休み


いつもなら教室で過ごすのに、

なぜか落ち着かなくて


理由を考える前に、

足が動いていた。



気づけば、

朝と同じ場所にいる


中庭へ続く扉の前



少しだけ迷って、

ドアノブに手をかける。



別に、

用事なんてないのに。


ただ、

確かめたいだけ。


あの匂いが

本当にここにあるのか



ゆっくりと扉を開ける



光が少しだけ強くなって、

外の空気が流れ込んでくる。



そして




いた。






朝と同じベンチ


同じ姿勢

同じ桜色



まるで、

時間が止まっていたみたいに


その瞬間、

またあの匂いがした。


さっきよりも、

はっきりと。



逃げ場がないくらい、

近くで



思わず

足を止める



彼はまだ気づいていない


このまま戻れば、

何もなかったことにできる


ただ見ただけで終わる



それでもいいはずなのに








なのに、


どうしてか

そのまま、目が離せなかった。



近づいてみたい

と思った。



少しだけでいいから

あの空気の中に入ってみたいと



理由なんてない



ただ

それだけ


それだけなのに









手を伸ばしたくなった。

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