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第1話

第1話 私は今日、牛と口論しました
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2026/01/21 08:25 更新
夜が来るのが、やけに早かった。

いや、正確に言うと、この世界では昼と夜の切り替わりが異常に速い。太陽がカクッと傾いたと思ったら、次の瞬間には四角い月が空に浮かんでいる。
何度見ても慣れない。慣れないけど、もう文句を言う相手もいない。
あなた
……よし、今日は拠点作りだね
自分に言い聞かせるように呟きながら、私は木を殴っていた。

グーで。

拳で木を殴って、木材が取れる世界というのも冷静に考えると狂っているけど、今さらだ。

インベントリを確認し、作業台を置き、ベッド用の羊毛を集めようと牧場の方へ向かう。
その途中だった。
うし!🐮
ちょっと待って、いきなり殴らないでくれる?
……今、誰か喋った?他のプレイヤーでもいるの?

私は足を止めた。
周囲を見回す。誰もいない。
うし!🐮
聞こえてないの?
もう一度、声。

低くて、どこか不満げで、妙に落ち着いた声だった。

まさか、と思いながら、私は目の前の牛を見た。

白黒の、四角い、いつもの牛。
こちらをじっと見ている。
あなた
……え?
うし!🐮
あーー。やっと喋った。反応遅くない?
牛が、喋った。

私はしばらく硬直したまま、思考停止していた。
脳内で「そんなわけない」「疲れてる」「ログアウトした方がいい」という声が順番に流れる。
あなた
いやいやいやいや、
うし!🐮
その『いや』はこっちの台詞だから
あなた
え、待って。今、喋った? 私に?
うし!🐮
他に誰がいるの。夜に牧場で一人で突っ立ってる人間なんて、あなただけでしょ
あなた
……夢?
うし!🐮
現実。
牛は、はぁ、とため息をついた。
ため息をつく牛という情報量が多すぎて、理解が追いつかない。
あなた
ちょっと待って、じゃあ、今までの『モー』って……
うし!🐮
あれはあれで必要最低限の意思表示。あなたたちに合わせてるの。こっちだって本当は言いたいこと山ほどある
あなた
あるんだ……
私は剣を持ったまま、牛と向き合っていた。
完全にシュールな光景だ。
うし!🐮
ちなみにさっき殴ろうとしてたでしょ。あれ、結構ショックだからね
あなた
ご、ごめん!羊毛が欲しくて
うし!🐮
だからって殴る?
あなた
(それ以外の方法なくないか……てか何私大真面目に牛と口論してるわけ、?)
一旦話変えよ、
あなた
あー。ちなみにさ、他のモブも喋れるの?
うし!🐮
さあ?私は喋れるけど。あ、あの羊は無理。あいつ脳筋だから
あなた
脳筋……
私が羊を見ると、羊は「メェ」と鳴いただけだった。
うし!🐮
まあでも助かるよ。これでやっと意思疎通できる人間が一人できた
あなた
いやまぁ……はあ……
混乱しすぎて、何から聞けばいいのか分からない。
私は剣を持ったまま、牧場の真ん中で完全に思考停止していた。
そして目の前では、牛がじっとこちらを見ている。
うし!🐮
……あのさ
先に口を開いたのは牛だった。
うし!🐮
その剣、しまってくれる?
あなた
え?あ、ごめん
慌てて剣を下げる。
うし!🐮
条件反射で構えるのやめて。会話してる相手に向けるもんじゃないでしょ
あなた
牛に説教されてる……
牛はやれやれ、という感じで首を振った。
これから大丈夫かなぁ、私。
――第1話・終わり。

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