前の話
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夜が来るのが、やけに早かった。
いや、正確に言うと、この世界では昼と夜の切り替わりが異常に速い。太陽がカクッと傾いたと思ったら、次の瞬間には四角い月が空に浮かんでいる。
何度見ても慣れない。慣れないけど、もう文句を言う相手もいない。
自分に言い聞かせるように呟きながら、私は木を殴っていた。
グーで。
拳で木を殴って、木材が取れる世界というのも冷静に考えると狂っているけど、今さらだ。
インベントリを確認し、作業台を置き、ベッド用の羊毛を集めようと牧場の方へ向かう。
その途中だった。
……今、誰か喋った?他のプレイヤーでもいるの?
私は足を止めた。
周囲を見回す。誰もいない。
もう一度、声。
低くて、どこか不満げで、妙に落ち着いた声だった。
まさか、と思いながら、私は目の前の牛を見た。
白黒の、四角い、いつもの牛。
こちらをじっと見ている。
牛が、喋った。
私はしばらく硬直したまま、思考停止していた。
脳内で「そんなわけない」「疲れてる」「ログアウトした方がいい」という声が順番に流れる。
牛は、はぁ、とため息をついた。
ため息をつく牛という情報量が多すぎて、理解が追いつかない。
私は剣を持ったまま、牛と向き合っていた。
完全にシュールな光景だ。
一旦話変えよ、
私が羊を見ると、羊は「メェ」と鳴いただけだった。
混乱しすぎて、何から聞けばいいのか分からない。
私は剣を持ったまま、牧場の真ん中で完全に思考停止していた。
そして目の前では、牛がじっとこちらを見ている。
先に口を開いたのは牛だった。
慌てて剣を下げる。
牛はやれやれ、という感じで首を振った。
これから大丈夫かなぁ、私。
――第1話・終わり。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!