復讐の契機────エリアC-旧市街地-
「なに、これ……」
部屋で一人でくつろいでいたら、突然の大きな音がしたから外を見てみると、いくつもの煙、瓦礫の山、人だったであろう死骸、真っ赤に染まった地面。
「そうだお母さん……!」
母は先程、出掛けたばかりだった。少し遠出してくる、と言っていたから、おそらく巻き込まれていない。
怖くなって助けを求めるために外へ出ると、八百屋のおじいさまが蒼白な顔をして何か叫んでいた。
「来るな!」
必死そうな声が聞こえた瞬間、目の前が真っ白になって、ものすごい風で吹き飛ばされた。
目を開けると、知らない場所。おじいさまもいないし、見渡す限り“無”だった。
「エ、マ……?」
すごく掠れた声で、誰かに私の名前を呼ばれた気がする。
「お母さん……?」
「逃げ、て」
「おか、さ……」
聞き間違えるはずがない。お母さんの声だ。
逃げなきゃ。心ではずっと思ってる。けど、怖いのとお母さんから離れたくないのとで動けなかった。
「やだよ……。そんな……。私、お母さんを置いていけないよ……」
「ごめんね……」
お母さんは涙を流しながら必死に言葉を繋ぐ。最期に“ごめん”は、だめだよ……。
「生き、てね……」
「嘘だ……嫌! 置いてかないでよ! お母さん!」
「最、期に、エマに会え、て……よかったわ。あり、がとう……」
私が必死に叫んでも、もう声は届かない。うっすらと頬を濡らして、笑みを浮かべながら絶命した母。
拭っても拭っても溢れてくる涙は、未だ止まることを知らない。
「ゆる、さない……」
お母さんだけじゃなくて、おじいさまも、この世界も奪ったやつらを、私は絶対に許さない。
「絶対に復讐してやる……」
命の重さを知らない奴らの世界なんか、こっちから願い下げだ。今、生きる意味を亡くした。今度は、こっちが奪ってやる。
今までにないくらいの憎悪を覚えた私は、復讐の契機を伺う。青い瞳の奥には、悲しみが揺らぐ。
残酷な理のもとで────エリアC-旧市街地跡-
この世界は残酷だ。幼い子供にも、おじいさんやおばあさんにも、もちろん私にも、平等に死が突き付けられる。そして、その瞬間は誰にもわからない。
しかし、この生命の理があるからこそ、私たちが今ここにいる。
──それでも、人為的に奪われる命は間違っている。こんなことを言えるくらい立派なことはしていないけれど、これだけははっきりと言える。
「酷すぎる……」
私だって人を殺したことはある。でも、何も悪くない人の命をいたずらに奪うのは違う。私たちは正義のために戦う。政府という悪に立ち向かって。
今目の前にある、もとは人だったであろう黒こげの物体だって、きっと幸せに暮らしていたんだろう。そんな時に、この人は……!
「いたぞ! 革命軍の奴だ!」
「やば……っ」
感傷に浸ってる場合じゃない、今は自分のことを考えなくちゃ。
すぐに戦えるように、鞘から自分の刀を取り出す。幾度となく鮮血に触れてきた刀身は、百戦錬磨を思わせない鈍い輝きを放っていた。
「く……っ」
地の利、数の利共に_兵士たち@あっち側_にある。結構まずい。どう見たって私は不利。
(上等……!)
絶対勝つ。生きて、ノアの、皆のもとへ帰る! 絶対!
一人、また一人と私によって命が奪われる。──本当はこんなこと、したくはないけれど。
「きゃぁぁぁあ!」
その時、まだ幼いであろう女の子の悲鳴が聞こえる。民間人が残っていてもおかしくない。
(まさか……!)
どうすればいい。ここはまだ敵がいる。仲間もいる。けれど、この数だと、一人抜けるだけで命取りになりかねない。どうする、私。
“まずは、一人でも多く生き残ること。一つでも多くの命を助けること”
ふと、いつかノアが言っていた言葉を思い出す。
“だが、いつかきっと、残酷な天秤を突き付けられることがあるだろう。命の重さを計る天秤を。そこで、いかに自分を信じられるかが大切なんだ”
自分を、信じる……。
“模範解答なんてない、その行動を正解だと思えるようにするんだ”
私は──。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!