第3話

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2022/09/01 09:35




復讐の契機────エリアC-旧市街地-



「なに、これ……」

 部屋で一人でくつろいでいたら、突然の大きな音がしたから外を見てみると、いくつもの煙、瓦礫の山、人だったであろう死骸、真っ赤に染まった地面。

「そうだお母さん……!」

 母は先程、出掛けたばかりだった。少し遠出してくる、と言っていたから、おそらく巻き込まれていない。
 怖くなって助けを求めるために外へ出ると、八百屋のおじいさまが蒼白な顔をして何か叫んでいた。

「来るな!」

 必死そうな声が聞こえた瞬間、目の前が真っ白になって、ものすごい風で吹き飛ばされた。
 目を開けると、知らない場所。おじいさまもいないし、見渡す限り“無”だった。

「エ、マ……?」

 すごく掠れた声で、誰かに私の名前を呼ばれた気がする。

「お母さん……?」
「逃げ、て」
「おか、さ……」

 聞き間違えるはずがない。お母さんの声だ。
 逃げなきゃ。心ではずっと思ってる。けど、怖いのとお母さんから離れたくないのとで動けなかった。

「やだよ……。そんな……。私、お母さんを置いていけないよ……」
「ごめんね……」

 お母さんは涙を流しながら必死に言葉を繋ぐ。最期に“ごめん”は、だめだよ……。

「生き、てね……」
「嘘だ……嫌! 置いてかないでよ! お母さん!」
「最、期に、エマに会え、て……よかったわ。あり、がとう……」

 私が必死に叫んでも、もう声は届かない。うっすらと頬を濡らして、笑みを浮かべながら絶命した母。
 拭っても拭っても溢れてくる涙は、未だ止まることを知らない。

「ゆる、さない……」

 お母さんだけじゃなくて、おじいさまも、この世界も奪ったやつらを、私は絶対に許さない。

「絶対に復讐してやる……」

 命の重さを知らない奴らの世界なんか、こっちから願い下げだ。今、生きる意味唯一の家族を亡くした。今度は、こっちが奪ってやる。
 今までにないくらいの憎悪を覚えた私は、復讐の契機を伺う。青い瞳の奥には、悲しみが揺らぐ。









残酷なことわりのもとで────エリアC-旧市街地跡-



 この世界は残酷だ。幼い子供にも、おじいさんやおばあさんにも、もちろん私にも、平等に死が突き付けられる。そして、その瞬間は誰にもわからない。
 しかし、この生命の理があるからこそ、私たちが今ここにいる。
 ──それでも、人為的に奪われる命は間違っている。こんなことを言えるくらい立派なことはしていないけれど、これだけははっきりと言える。

「酷すぎる……」

 私だって人を殺したことはある。でも、何も悪くない人の命をいたずらに奪うのは違う。私たちは正義のために戦う。政府という悪に立ち向かって。
 今目の前にある、もとは人だったであろう黒こげの物体だって、きっと幸せに暮らしていたんだろう。そんな時に、この人は……!

「いたぞ! 革命軍の奴だ!」
「やば……っ」

 感傷に浸ってる場合じゃない、今は自分のことを考えなくちゃ。
 すぐに戦えるように、鞘から自分の刀を取り出す。幾度となく鮮血に触れてきた刀身は、百戦錬磨を思わせない鈍い輝きを放っていた。

「く……っ」

 地の利、数の利共に_兵士たち@あっち側_にある。結構まずい。どう見たって私は不利。

(上等……!)

 絶対勝つ。生きて、ノアの、皆のもとへ帰る! 絶対!
 一人、また一人と私によって命が奪われる。──本当はこんなこと、したくはないけれど。

「きゃぁぁぁあ!」

 その時、まだ幼いであろう女の子の悲鳴が聞こえる。民間人が残っていてもおかしくない。

(まさか……!)

 どうすればいい。ここはまだ敵がいる。仲間もいる。けれど、この数だと、一人抜けるだけで命取りになりかねない。どうする、私。

“まずは、一人でも多く生き残ること。一つでも多くの命を助けること”

 ふと、いつかノアが言っていた言葉を思い出す。

“だが、いつかきっと、残酷な天秤を突き付けられることがあるだろう。命の重さを計る天秤を。そこで、いかに自分を信じられるかが大切なんだ”

 自分を、信じる……。

“模範解答なんてない、その行動を正解だと思えるようにするんだ”

 私は──。

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