ふと、俺は何をしているのだろうと思った。
毎回起きて、寝て、寝て、その繰り返しで。
空腹を感じる心なんてとっくの昔に忘れてしまったから、とにかくずっと寝て。
まあ、簡単に言えば、現実逃避。
いつだったか、自殺に失敗してからもうふっつりと生きる気力が湧かなくなってしまった。
もう何回ループしたかさえ分からない。
彼の顔は、もう俺の記憶の中では掠れていた。いつの間にか顔を忘れてしまった。
もう終わらせよう。
やり方はとっくに気がついていた。
少し…少し躊躇っていただけだ
その前に一つ、確かめておきたいことがあった。今回はそのために遊園地へ行く。
ベッドから降りようとする。筋肉をコントロールするのは久しぶりだった。普通こんなに動かなかったら筋肉は硬直するはずだが、俺の足は昨日まで普通に動いていたといわんばかりに健康だった。
地を踏むのも久しぶりな俺は立った時少しふらついたが数十秒後には通常通り歩くことができた。現実ではありえないことだ。
そして朝ご飯を用意する。ご飯を見るのも、作るのも、食べるのも全てが久しぶりだった。新鮮だった。
服の袖に腕を通し、荷物を用意する。あの時の客観的にしか見れない不快感はいつの間にか消え去っている。普通に時を過ごせていることが今の俺には特別だった。
昔の、最初の頃を思い出す。彼を助けようと奮闘していたあの時のこと。助けたい、あの時の気持ちがまた俺の心に芽生えた。そうだ、そのために今日をずっと繰り返しているんだから、助けるのが筋ってもんだろ。
決意、覚悟、その他諸々を心に秘めて俺は玄関の扉を開く。
久しぶりに出た外は眩しかった。目が眩む。でも、でも綺麗だった。まるで彼を初めて見た時のようだ。
階段を降りる。命を絶つ時の行動とは真逆だ。それもそうだな、今から彼を救いに行くのだから。
駐車場に着くともう白い車が停まっていた。少し遅かったか。相変わらず「わ」という平仮名が振られている。
何故俺が「わ」をずっと目に留めていたか今分かった気がした。俺という存在が「わ」なんだ。普通の世界から外れた俺。普通の車には振られない「わ」。同じなんだ。俺と同じ。親近感だろうか?親近感だとしたら、俺は最初から自分の惨状を予言していたということになる。それは、なんだか虚しいな。
車のドアを開ける。そこには彼がいた。当たり前といえば当たり前なのだが。でも死んでいく印象しか頭に入ってくれなくなってしまったから。忘れかけていた彼の顔が目の前にある。そのことに深く感動した。
ぽろっと出てしまった俺の言葉に彼は大袈裟だなあと笑う。
ああ、本当に、久しぶり。
声を出したのも、会話したのも本当に楽しかった。
遊園地で遊んだのも、俺にとって数少ない娯楽になった。
全てが楽しかった。
だから、久しぶりに聞いたその会話に少し動揺してしまったのだ。
俺が今回またやる気になったのは時間が癒してくれたからだと思っている。もう大丈夫だと思ってきた、のに…
眩む。これは…トラウマ、か
でも、でももう救うって決めた。もう終わりにするって決めたんだ…ここで失敗する訳にはいかない…
平然と、平然と彼に言う。
彼は一人で乗るくらいなら別にいいよと言ったが俺が確認したいのはそれである。お願いしますと押して頼むと不思議そうに了承してくれた。
乗り場に歩いていく彼の後ろ姿を見ながら覚悟する。目を背けてはいけない…
冷や汗を拭う。
スマホを触る…がいつ落ちるか気が散って何も集中できなかった。心臓が痛い。過度な緊張だ。体が震える。
このまま観覧車が止まらなかったら、どんなに幸せだっただろう。俺はループしていなかったら今頃なにをしていただろう。何歳なのだろう。INIはどうなっているのだろう。
容赦なくその時は近づく。
観覧車が止まり、数秒後、彼が頭から地面に向かって落下した。
叫びたくなる気持ちを抑え、ゴンドラを見る。目を瞑っては駄目だ。目を背けてはいけない。拒否反応を堪える。
ループするのは彼が死んでから数十秒後。いつの日か二人で落ちたのは助けてから十数秒後だったはず。見なければ。最後まで確認しないと。
食い入るように見つめる。
俺の視界は光に包まれた。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!