あの日から、十年の時が流れた。
夕暮れの赤の街は、幼い頃と変わらず、夕焼けに染まっていた。
けれど、その景色を見つめる少年は、もう子どもではない。
シルクロード。
十七歳。
赤の街では、一人前の大人として認められる年齢だった。
両親を亡くし、兄が姿を消してからも、シルクはこの街で生きてきた。
剣を振るい、旅人や傭兵から外の世界の話を聞き、時には危険な依頼にも挑んだ。
すべては、いつか街を出る日のため。
兄を探しに行ける日を、ずっと待ち続けていた。
その日の夕方。
シルクは家の奥にある、誰も立ち入らなくなった古い書庫を片づけていた。
棚には、埃をかぶった本が何冊も並んでいる。
幼い頃は怖くて近寄れなかった場所も、今では静かな思い出のようだった。
一冊だけ、革張りの装丁をした古い本が目に留まる。
表紙には、かすれた文字。
『女神と竜と勇者』
見たこともない題名だった。
シルクは埃を払い、ゆっくりとページをめくる。
そこには、花の女神と無色の竜の戦いが記されていた。
幼い頃から何度も聞いた昔話。
けれど、その本には、紙芝居では語られなかったことまで書かれていた。
女神に選ばれし者。
世界を救うために剣を振るう者。
勇者。
シルクは夢中でページを読み進める。
やがて、一枚の折り込みのようなページが現れた。
そこには、掠れてほぼ読めないが歴代の勇者たちの名が記されている。
初代勇者。
その子。
さらに、その子孫。
長く続く系譜の最後へ視線を滑らせた、その時だった。
シルクの手が止まる。
そこにはっきりと記されていた姓は、自分の家のものだった。
信じられず、もう一度見返す。
間違いない。
祖父の名。
曾祖父の名。
そして。
最後に記されていたのは、自分自身の名前だった。
シルクロード。
胸が、大きく脈打つ。
昔話の中だけの存在だと思っていた勇者。
それが、自分だったなんて。
本を握る手が震える。
その時、不意に兄の言葉が頭をよぎった。
幼い日の、あの短い返事。
兄は、この本の存在を知っていたのではないか。
だから何も言わなかったのではないか。
そして、兄はこの真実を追って街を出たのではないか。
点だった記憶が、一本の線につながっていく。
自然と、その名がこぼれた。
もう迷う理由はなかった。
兄を探すこと。
勇者としての宿命を知ること。
その答えは、この街の外にある。
シルクは部屋へ戻ると、お気に入りの赤い上着を羽織った。
胸元には、幼い日に兄から贈られたペンダント。
腰には、武器屋の店主が成人祝いとして打ってくれた剣。
どちらも、大切な人との思い出だった。
玄関の扉を開ける。
見慣れた赤の街が、夕焼けに照らされている。
シルクは振り返り、小さく家へ頭を下げた。
返事はない。
それでも、その言葉は確かに家族へ向けたものだった。
そして空を見上げ、静かに笑う。
一歩。
また一歩。
赤の街を背に、勇者の血を継ぐ少年は歩き始める。
その旅が、世界の真実を知る旅になることを。
この時のシルクは、まだ知らなかった。
〈人物紹介〉
シルクロード
役職:勇者
武器:剣
目的:行方不明の兄を探すこと。そして、自らに受け継がれた勇者の宿命を知ること












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!