俺・七瀬亜月は、鼻歌を歌いながら屋上に向かっていた。
教室で食べる弁当は、とにかくマズイからだ。
高校に入学して、早くも2ヶ月。
もう6月なのに、俺には友だちが0だ。
クラスでは、すでに決まったグループができていて、俺はもう、あの中には入れない。
そういうことで、ここんところ、ぼっち飯の日々を送っている。
階段で、すれ違った子たちの会話が聞こえてきた。
あの子たちは、クラスメイトだったっけ?
顔と名前が一致しない。
クラスメイトも、俺の顔と名前を覚えてないんだろうな。
隣のクラスという時点で、関わり合う機会がないことは承知済み。
おまけに、めっちゃ可愛い子って、俺にはさらに縁がない。
……やっぱり、5円玉でも、持っておこうかな……。
いやいや、そもそも俺は陰キャってやつなんだ。
可愛い子って、キラキラ美少女ってことだよな。
キラキラしてるやつは、苦手だ。
興味を持つだけ、ムダムダ。
屋上に着いて、俺は弁当を食べ始めた。
一人なので、黙ってもくもくと……。
うん、いつもどおり寂しい……。
けど、お母さんが作ってくれる弁当は、めちゃくちゃ美味い。
コロコロと鈴がなるような、可愛らしい声がした。
聞いたことがない声だ。
俺は眉をひそめる。
セーラー服の女子に顔をのぞきこまれて、思わずのけぞった。
へ、変だな。
この学校は男子も女子も、ブレザーのはず……。
まっ、まさか幽霊!?
学校の七不思議の幽霊とか!?
あれ……ちゃんと見たら、この子めちゃくちゃ可愛い。
パッチリした少しツリ目に、長いまつ毛。
毛先がクルリとカールした髪は、1つの三つ編みにされて、星の髪飾りで結ばれている。
スラッとしてて、モデルみたいだ。
ため息をつきながらも、その表情は嬉しそうな美少女に聞く。
なんとなく、予想はついてるけれど。
やっぱり、転校生だ。
この子が噂になっていた、めっちゃ可愛い子だったんだ。
俺が首を振ると、静乃さんはムッとした。
義務って……。
でも、そうだよな。
人に名乗らせといて、自分が言わないのは悪いことだ。
よし、苗字だけでも言おう。
苗字だけじゃ、許してくれなかった……。
静乃さんから、手を差し出される。
そんなことよりも、下の名前呼びが気になる。
初対面の人から、「アツキ」と呼ばれるのには、慣れていない。
なんてったって、俺は「陰」と「陽」の区分でいうと、「陰」の存在だからな。
自分で言いながら、なんだか悲しくなってきた……。
挨拶は返したものの……。
こんな美少女が、どうして俺に関わるのか、意味がわからない。
しかも、男子高校生を、初対面で下の名前で呼ぶって、なかなか度胸がある……と思う。
昔の知り合いってわけではなさそうだよな……。
こんなに可愛い子なら、たぶん覚えてる。
実際、近くに可愛い子がいたことがないから、そのへんはよくわからないけど。
そこをつくのは、やめてほしい。
たしかに、友だちはいない。
高校に入学して早々、ぼっち街道まっしぐら。
中学時代も、3年間ぼっちだった。
あーあ……俺は、そういう運命なんだろうなぁ……。
静乃さんは、チラチラと俺を見る。
一瞬、俺以外の誰かのことだと思ったけど。
ここには、俺以外の男子はいないもんな。
で、あの言葉にはお礼を言うべき……と思った。
せっかく、このつまんない顔を、褒めてもらえてるから。
口に手を当てて、少し頬を赤くしている静乃さんに、正直に言った。
イケメンだなんて、今までに一度も言われたこと無かった。
静乃さんは、嬉しそうな笑顔になった。
キラキラと瞳を輝かせる。
ぽやぁ〜と胸が温かくなる。
この感じは、すごく久しぶりだ。
最初で最後の友だちができたのは、小学生のころだから。
俺たちは、さっきとは違う「よろしく」を言い合った。
静乃さんは、俺のとなりに、ちょこんと座る。
横顔も、すごく美人だ。
俺がとなりにいて、いいのだろうか……とすら思わされる。
毎日、朝早く起きて作ってくれてる。
すげー美味いし、栄養バランスも良くて助かってるんだ。
今、静乃さん……「いいな」って言った?
お母さんが作ってくれてる、とかじゃないのかな。
静乃さんは、フッと蔑むように笑った。
美人は、人を馬鹿にしても美人のままなんだな。
……って、そんなことよりも。
あ……正論だ。
言い間違い……じゃ、済ませないかな。
かくなる上は……!
ケッコー真面目な顔で言われて、なんとなく気まずくなった。
笑い飛ばしてくれたら、楽だったんだけど……。
人生、そう上手くいかないか(と、15歳が言っています)。
ふと、疑問に思ったことを聞くと、静乃さんは「フッフッフ。よくぞ聞いてくれたわ」と言った。
マジもんのお金持ち!?
な、なるほど……だから、こんなに身なりがきちんとしてるのか……。
それに執事って、そういうことか。
お金持ちだと、そういう仕事の人を雇えるんだな。
言いながら、静乃さんはチラチラと俺を見る。
なんだろう、この意味ありげな視線は?
その瞬間、俺の時間が止まった。
息を忘れて、静乃さんを凝視する。
俺を見つめる笑顔は、「アタリね?」と言うかのようだ。
変に否定しても、さらに疑われるだけだろう。
それに、別に隠さなきゃいけないことじゃない。
だから、素直に認めることにした。
静乃さんは、俺の言葉にうなずくと思った。
だって、俺のヒミツをわかってたんだから。
けれど、予想を裏切られた。
静乃さんは、首を横に振ったんだ。
この短時間で推理して、俺がボディーガードだって結論づけたのか?
でも、一体どうやって……?
まわりには、普通の高校生に見えていたはず。
「今日一日でボディーガードだと見破った雰囲気出して、ごめんなさい」と、はにかむ。
それなら、はじめからそうと言ってくれ。
紛らわしい言動しないで。
思い切り勘違いして、恥ずかしいじゃん。
静乃さんは、うるっと瞳を揺らがせて、ボソボソ話す。
ちょっと待て。
何か、勘違いされてないか?
昔から、こういうところで誤解を生んで、人間関係が悪化するんだよな……。
気をつけなきゃ。
静乃さんが、コホンと咳払いした。
俺の目を、しっかり見つめる。
小さく息を吸うと、口をひらいた。
真剣そのものの目。
強い光を宿す瞳に、俺の心は強く惹かれた。
今までに見た誰の瞳よりも、揺らがない決心を持っている――そう感じた。
こんなに、強い目の人は初めて見た。
この人に付いて、デメリットなんて無いと思う。
それに、こんなに真剣に頼んでくれているんだ。
こんな、未熟なボディーガードに。
実力だって、わからないはずなのに。
それなら、その期待に応えなきゃ。
やってやろうじゃないか。
静乃さんの、ボディーガード。
静乃さんは何度もうなずいた。
嬉しそうに、頬を緩ませながら。
泣き出しそうな表情で。
静乃さんの髪飾りが、キラリと光を反射する。
それは、星が輝いたみたいだった。
――場面は変わり、静乃宅。
静乃さんの家のデカさに、開いた口がふさがらない。
たとえるならば……お城?
言い過ぎかな。
でも、本当にそれくらい大きい。
3階建てで、窓がたくさんある。
門をくぐって最初に通る中庭には、これまた大きな噴水があり、水がアーチ状に吹き出している。
しかも、色とりどりで豊富な種類の花が咲いていて、すごく綺麗だ。
魚がいる池まであるよ、この家。
すげーな……。
静乃さんは、ウキウキと楽しそうに言った。
心なしか、足取りが軽い気がする。
君の言い方だと、俺が行きたくてここへ来たみたいになってるけど。
俺は人の家に行くのに対しては、消極的なんだよ。
いつもなら……の話だけど。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
数時間前――昼休みのこと。
ボディーガードをすることが決まり、静乃さんがあるお願いをしてきた。
そう言う静乃さんの目が、キラキラとまぶしすぎて。
これ、断ったらどうなるんだろう……?
泣かれる?
悪い噂をたてられる可能性も……。
だって、転校初日でこんなに有名になるんだもんな。
この美少女を泣かせでもしたら、俺はもうここに通えないかもしれない……。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
まさか、出会った初日に相手の家に行くことになるとは。
しかも女子。
嘘だろ、俺の友だちの家へ初訪問、こんな形なのかよ。
せっかくなら、男子のほうが良かったなぁ……。
中庭を歩きながら、ニッコニコの笑顔で言った。
ただ、空気は冷たい。
考えていることがバレバレだな。
怖いから嘘つこう……。
静乃さんは、フッと嘲笑した。
肩をすくめて、首を振る。
くそ、ちゃんと騙された。
わっ、若い男の人。
俺たちは、足を止める。
年齢は、10代後半〜20代前半くらいに見える。
たぶん、俺たちとそれほど、年は離れていない。
しっかり、漫画で見る執事みたいな服を着ている。
あれ、なんていう服なんだろう?
まあ、いいか。
聞いてもすぐに忘れるし。
なんだか、すごく、かしこまってるな。
俺の名前、もう知られてたんだ。
いやいや、それより。
『お嬢様を、どうぞよろしくお願いします』……って、どういう意味で言ってるんだ?
真っ赤になって反論する静乃さんに、宮本さんは優しく笑いかける。
静乃さんは、腕を組んでそっぽを向いた。
ほっぺをふくらませて、子どもみたいだ。
なんだか、すごく仲良し……。
静乃さんの説明に、宮本さんが付け加えた。
てことは、大学生?
静乃さんに、幼なじみがいたなんて……。
意外すぎるな。
静乃さんは、いぶかしげにしたあと、また歩き始めた。
数分後、ようやく玄関に着いて、中に上がらせてもらう。
そこからも、また長かった。
まず、廊下が長い。
突き当りが見えなくて、永遠と続いていきそう。
そして、どこを歩いても人に会う。
しかも全員使用人らしい。
宮本さんのような執事や、メイド服を着た女性。
ほかには、警備員もいて、目を光らせていた。
さらに、壁にはめちゃくちゃデカい絵画がかかっている。
額縁から豪華で、美術館にありそう。
絵画もすみずみまで描きこまれた風景画。
これがお金持ち感を増大させる。
これが、静乃さんの家か。
うちはアパートだから、こういうところは余計にすごく感じる。
足を止めたのは、扉に『葵の部屋』と書かれた、楕円形の木の板がかけてある部屋の前だった。
すると静乃さんが、板を指さして言った。
反応に困ったので、とりあえずうなずいた。
想い入れのあるものだってことと、静乃さんが物を大切にしていることは、よくわかった。
俺は、小さい頃のものなんて、たぶん持ってない。
捨てたかもしれないし、失くしたかもしれない。
普通はきっと、みんなそんな感じなんだろうな。
宮本さんは朗らかにほほ笑んだ。
優雅に頭を下げると、廊下の先へ消えていった。
静乃さんはそれを見送ると、俺を部屋に招き入れた。
女子の部屋なんて、生まれてはじめて入るものだから、見ず知らずの土地に放り込まれたような気がした。
おそるおそる入って、俺は目を丸くした。
静乃さんの部屋は、めちゃくちゃ広かった。
俺の部屋の、少なくとも5倍はある。
もっと言ってしまうと、うちの総面積と同じかそれ以上だ。
そう言われて、あらためて部屋をよく見回す。
壁は一面、淡い黄色だ。
うっすらと、星の模様が描かれている。
電気は天井に埋めこまれているタイプだ。
ショッピングモールみたいな。
窓は人の上半身くらいまでなら、余裕で乗り出せそうな大きさだ。
すぐそばに、レースと屋根つきの大きなベッドが置いてあって、その上にすっかり汚れきってしまったぬいぐるみが飾ってある。
そのほかには、机と椅子、タンスなどなど……。
静乃さんは、部屋のど真ん中で、両腕を大きく広げて主張する。
んー、まあたしかに、ぽいなーとは思う。
でも、俺は女子の部屋に入ったことがないから、見たことがあるとすれば、漫画やアニメ、テレビ番組にて。
身近な女子の部屋なんて、どんなもんか知らないわけで。
ここで「女の子らしい」と断言すると、嘘になってしまうかもしれない。
そういうわけなので、言葉をにごした。
すると、静乃さんは不満そうに、半眼になった。
いやいや、嘘はダメだ。
昔、気を使われて嘘で褒められたことがあった。
それで、傷ついたから。
『傷つけないように』って思いで嘘をついても、それが相手を傷つけることだってあるんだ。
……と、そのとき学んだ。
静乃さんは、スンッと表情を変えた。
クローゼットから、小さなテーブルを引っ張り出した。
広い部屋の真ん中あたりに広げると、俺に手招きして、「どうぞ」と呼ぶ。
「どうも」と言いながら、示されたところに座った。
それから、静乃さんは通学カバンから、紙がたくさん入ったファイルを取り出した。
ゲイル?
初めて聞く名前だな。
たしかに、言いたいことはわかる。
それにしても、『疾風』って、体育大会で使われそうだよな。
共感しあうと、静乃さんが、コホンと軽く咳払いした。
真剣な表情で、俺を見つめる。
2年もかけて、ようやく手に入れた情報か。
これは、重要なものかもしれない。
静乃さんが、ファイルから、数枚の紙を取り出す。
そこには、ある少年が写っていた。
急な疑問形だったもんで、俺は一瞬、首を傾げた。
シュンといえば――。
『ボクとポチ』というドラマで、主人公の甥っ子を演じ、その演技が評価されて、テレビにバンバン出るようになった人気者だ。
わざわざ言い直すと、静乃さんはうなずいた。
シュンは、世間から『超天才子役』って言われている『木瀬彩』という子に、遠慮なしで会話する様子が、テレビで放送されたことがある。
一見、楽しそうだったけど、内容がまあ、なんというか……。
例を挙げたほうが、いいかもしれない。
と、いうことで……。
『彩くんの髪、キレイだよね。なんでそんな色してるの?』
『わあ、彩くん、バク転できるのっ!? 意外すぎるよ!!』
とか……な。
本当、誰でも言いそうなもんなんだけどさ。
気づかないうちに、相手を傷つけてるタイプだろう、と。
ちなみに、その言葉に彩くんは、こう返している。
『キレイ? ありがとね。親から遺伝したの。実はこの髪色、あんまり好きじゃないんだ』
『意外すぎるって、褒めてる?』
この返事を、とにかく笑顔で言いのけるのだ。
笑顔の化身だろ……というほどに。
彩くんには、「どんまい」と声をかけてあげたい。
そうそう、『意外すぎる』って言葉、シュンは褒めてるつもりだったらしい。
もっと、言葉選びをすべきだと思う。
思いついた言葉をそのまま言うから、無神経って言われるんだよな。
一人で考え込んで、静乃さんを放っていたことに気づき、話の続きをうながした。
静乃さんは、「まだ考えていても、良かったのに」と、ほほ笑む。
そして、話を再開した。
何を言っているのか、瞬時に理解できず、首を傾げた。
しばらく考えたあと。
静乃さんは、う〜ん……と考える。
腕を組んで、首を傾げている。
何か決めたように、パチンと手をたたいた。
3人もいるのか。
幹部といえば、組織の中でも、かなり強い人たちのことだよな。
俺は、幹部たちに追い詰められた状況を、想像する。
もし、幹部全員に牙を向けられたら、生命的にかなり危ない……と思う。
勝てるとは、考えられない……。
なんだろう、お願いしたいことって。
内容の想像がつかない俺の手を、静乃さんはつかんだ。
ドキッと、心臓が飛び跳ねた。
女の子の手って、小さくて柔らかい……!
こんなに、距離近くていいのかな?
宮本さんに、叱られそうな気がしてきた。
いや、あの人が怒るところとか、今日一日関わっただけでは、想像できないけど。
そんな子、見たことねーよ。
それより、『陰の存在』って……陰キャってこと!?
いや、事実だけどさ。
でも、言葉を変えていても、そう言われるのは、ちょっと……。
どうか、気にしないでね。
俺が、そういう話が苦手なだけだから。
静乃さんが、俺から離れた。
ちょこん、と正座して、真面目な顔をする。
もっともっと、強くなる努力……。
今のままでは、幹部たちに勝てないから……か。
ボディーガードを頼まれたからには、しっかり成し遂げなきゃならない。
そのために、自分を鍛えないと。
そうしなきゃ、静乃さんを守れないから。
静乃さんは、横髪を右手の人さし指で、クルクルする。
うつむき気味に、視線をさまよわせている。
口をキュッと引き結んで、頬を赤くした。
そうか、まだあったんだ。
俺は、話の主旨を思い出した。
そもそも、この話は人気子役のシュンについてだ。
静乃さんは、嬉しそうに笑う。
すぐに真剣になると、話を続けた。
うーん、そんなに、簡単かなぁ……。
『もう』中学生かもしれないけど、『まだ』中学生っていう捉え方もできるんだよな。
中学生は、まだ保護者に護られる立場の子どもだ。
高校生でも、保護者はもちろん存在するんだから、中学生だと保護者の干渉は強いと思う。
生徒だけで、カラオケやゲームセンターに入ってはいけないっていうのも、『犯罪に巻き込まれる危険性があって危ないから』だろうし。
そのくらい、世間が目を光らせている、というか。
とにかく、見ず知らずの高校生は、危険な高校生にしか見えないと思うんだよ。
中学生をたぶらかす、悪いやつら……みたいな。
静乃さんは、一度目を丸くしたあと、フッと笑顔を浮かべた。
友だちを作るのだって、昔から苦手だった。
相手の目を見て、話を聞いて、友だちが傷つかない言葉を選んで――。
いつからか、そういうのに疲れた。
だから、中学にあがってから、積極的に人と関わらないようになって、友だちもできなくなった。
小学生のころの友だちは、みんな他に仲良しグループを作ってしまった。
一番仲が良かったやつも、小学校の卒業と同時に引っ越してしまった。
その結果がこれ。
中学3年間+高校生になってから、1人ぼっちの陰キャ。
俺はキョトンとして、静乃さんを見つめた。
驚くほど無表情で、静乃さんは淡々と言う。
心当たりがあって、胸に手を当てる。
ドクン、ドクン、心臓が波打っている。
手に汗がじわ……と浮かんで、自分が緊張していることに気づいた。
誰かに、自分を知られてさとされるのって、なんだか怖いから、知らないうちに糸が張り詰めてしまう。
静乃さんは、窓の外を見た。
横顔が綺麗だ。
風になびいて、髪がさらさら揺れる。
なんだか、女神でも見ている気分。
あっ、こんなことを考えている場合じゃないんだった。
俺たちが話しているのは、シュンのこと。
何度も忘れかけてしまう。
あいつ、もしかして存在感ないとか?
って、そんなわけないか。
静乃さんは、右手を顔の横に持ってきた。
指を折って、数を数えながら話し始める。
そうか。
シュンには、3つの顔があることになるのか。
気づいていなかった。
静乃さんは、ピラっとチケットを見せる。
しっかり2枚用意してある。
静乃さんは紙を広げると、そこに文字を書いた。
それを、頭上にかかげる。
単純だな。
まあ、いいか。
なんか、ぽくてカッコいいかも。
静乃さんが、頬をふくらませてお怒りです。
なぜかって?
それは……。
そう言われても、困るんだよ。
俺はファッションになんて興味なくて、服の合わせ方とかよくわからない。
俺だって、オシャレしてカッコいい同級生を見ると、「ああ、俺とは大違いだなぁ」なんてしんみりすることはある。
静乃さんは、俺の前に立って先へ先へと進んでいった。
見えてきたのは、野外ステージ。
もうすでに、かなりの客がスタンバイしている。
みんな、シュンのファンなのかな。
誰か2人、俺たちのせいでトーク会に来られなかった人がいるんだよな。
申しわけなくなってきた。
そう言いながら、静乃さんと俺は係員にチケットを見せて、指定の座席に座った。
運か静乃さんの策略か、静乃さんとは隣の席だ。
とうとう、 始まった。
はじめに登場したのは、もちろんシュンだ。
赤みがかった茶髪で、丸っこいパッチリした目の少年。
今日は、赤いパーカーを羽織っている。
シュンは、右手を大きく振った。
そのあと、続けて登場したのは、なんだか見覚えのある男性。
つい昨日見たような……。
2人は、ニコニコと笑顔を見せる。
幸せいっぱいの空間に切り替わったみたいだ。
周りの観客から、黄色い歓声が飛び交う。
それより、静乃さんは宮本さんに気づいてないの?
こういうトーク系こそ、話に慣れているベテランの人とかがいいんじゃないかと思うんだけど。
それに、宮本さんの話し方は、トーク会には合わない気がする。
もうちよっと、くだけた口調のほうが、みんな親しみやすいんじゃ……。
えっと、シュンと関わりを持つんだよな。
でも、今はどうしようもない。
トーク会だし……。
きっと、シュンがあれこれ喋るだけ。
シュンが、静乃さんに声をかけた。
まさかの観客参加型かよ。
えへへ〜と笑うシュンに、静乃さんは照れながら笑顔を返した。
ちょっと待て、なんで照れてるんだ。
初対面なのに「かわいい」って直接言うのは、もうナンパの部類だと思うんだけど?
シュンが、むうっと頬をふくらませた。
小動物だ――と、思ってしまった。
いやいや、こいつはゲイルの幹部だろ。
なら、戦闘能力的な何かは、かなり高いと思われ……。
戦うかは知らないけど、まあ犯罪組織だし。
警戒はするべき。
真面目に言う静乃さんに、シュンがギョッと目を丸くした。
それはそう。
質問の答えになってないよな。
シュンは、トーク会の観客たちに豆知識として話した。
それから、自分の話を始める。
楽しそうに、身振り手振りをつけながら話すシュンは、どうしてもゲイルの幹部に見えない。
どこからどう見たって、子どもだ。
シュンは、ポツリとつぶやいた。
その表情は、なぜだか嬉しそうだ。
そうだ、シュンは木瀬彩をよくイジってたんだ。
あれが、嫌がらせになってたら、そもそもテレビで放送しないだろうし、きっと大丈夫なんだろう。
たぶん、男子中学生のじゃれ合いみたいなもん。
おいおい、宮本さん。
昨日も、「失礼の極みでございます」とか言ってなかったっけ。
クセが強いな。
あれはもはや、敬意を払えていないと思うんだけど。
あれ? もう終わり?
まだ、そこまで話していない気がするんだけれど。
首を傾げる俺に、静乃さんがコソッと耳打ちした。
シュンは大きく手を振ると、あっさり舞台裏へ消えていった。
お客さんも、ぞろぞろ席を立って、それぞれの時間を過ごし始める。
ポツン……と取り残された静乃さんと俺は、2人で顔を見合わせて、うなずきあった。
シュンを追いかけよう。
通行人が行き交う道で、シュンは足軽に歩いている。
俺たちは、そんなシュンとの距離を少しずつ縮めていった。
そして、静乃さんが声をかける。
シュンは、パッとこっちを振り返る。
あれ? あいつ、黒縁の大きなメガネをかけている。
もしかして、視力悪いのかな。
そんな彼は、静乃さんを見ると、キラキラした笑顔になった。
テテテッと駆け寄ってきて、静乃さんに言った。
どう見たって、普通の子だよな……。
お父さんのメガネ?
なんの目的を持って、使っているんだろう。
お父さんは困らないのかな。
静乃さんは、俺をグイッと引き寄せる。
ちょっと離れたとこにいたからって、そんな扱いしなくてもいいじゃん!?
シュンは、キョトンとしたあと、嬉しそうに笑った。
俺と静乃さんの手を片手ずつ取って、上下に振る。
そして、「いいこと思いついた!」と、さらに笑顔になる。
シュンは、俺たちの手を引っ張って、目的の場所へ駆けていった。
銀髪のボブカットに、赤いパッチリした目。
細めの身体は、不健康には見えない。
彼――彩くんは、公園のベンチに座って、本を読んでいた。
題名は……「国語辞典」……?
正気だろうか。
そんな彩くんに、申し訳無さそうに、シュンは頭を下げた。
すると、彩くんはニコニコ笑って、シュンをなでた。
褒め方が、あんまり嬉しくない感じだな。
シュンが、約束を守らないとでも思ってたのかな。
俺たちは顔を見合わせると、うなずきあった。
思ったとおり、彩くんは俺たちに、警戒の目を向けた。
いきなり知らないやつに話しかけられても、笑顔で答えるやつなんていないだろう。
ケロッとするシュンに、彩くんは暴言を吐いた。
シュンは、悲しそうに瞳をうるませる。
静乃さんが、やれやれといった様子で、ほほ笑んだ。
こんなもんで、いいかな。
無理して話したら、言葉が続かなくなる。
俺たちは、彩くんを見た。
彩くんは、かかとをそろえ、姿勢よくして立った。
手を後ろで組んで、しばらく黙っていた。
たった一言の自己紹介だった。
沈黙した俺たちの間に、サァ……と風が吹いた。
彩くんのボブカットにした銀髪が、サラリとなびく。
俺たちを見据える赤い瞳は、まだ警戒を解いていない。
流れる空気に気がついたのか、彩くんは慌て始めた。
へにゃあ、と彩くんは笑った。
静乃さんが、提案した。
うん、そうだな。
そのほうがいいだろう。
申し訳無さそうに、彩くんは言う。
残念だったけど、彩くん以外でメアドを交換した。
すると、静乃さんが言った。
俺は、静乃さんにグイグイ引っ張られ、公園を離れた。
いま、俺の部屋で静乃さんと作戦会議をしている。
静乃さんが、「アツキくんの家に行ってみたい」と言ったから。
正直、お金持ちの静乃さんに、こんな部屋を見せるのは気が引けたけど、静乃さんのキラキラした目がプレッシャーになって、断れなかった。
丸山三角――たしか、50代の男性俳優だ。
悪役キャラを演じることが多い。
顔が悪役なんだよな。
宮本さん、何者なんだよ!?
いや、そんなことよりも、丸山三角がそんな人だったなんて、メディアに知られたら大変なことになるんじゃないか?
ネットが普及している今、誹謗中傷とか、ひどいことになるよ。
まあ、人が死ぬよりは、何倍もいいと思うけど。
静乃さん、宮本さんに頼ってばっかりだね。
とは言えず。
静乃さんを傷つけちゃうかもしれないし、仲が悪くなったら嫌だし。
とりあえず、思っても言わないのが一番だ。
静乃さんは、「家にあがらせてくれて、ありがとう」と言うと、俺に手を振って帰っていった。
と、思ったら。
ひょっこり顔を出して、俺に道案内を頼んだのだった。
時は過ぎて、同日の夜11:30頃。
静乃さんと一緒に、丸山三角の自宅に来ていた。
静乃さんの家には劣るけれど、やっぱり稼いでいるからだろう。
豪邸で、めちゃくちゃ目立つ。
ピンポーン
静乃さんがチャイムを押す。
すると、すぐにインターホン越しに声がした。
うわ……。
上から目線だな。
イライラしているようだ。
チッと舌打ちが聞こえる。
しばらく何も聞こえなくなった。
シーンと静まり返った住宅街。
そこへ、小さく音がした。
空気を切り裂くような音だ。
あとは、キュルキュルと何かが巻く音……?
想像がつかない。
静乃さんが、キョトンと俺を見る。
聞こえてないのか。
それなら、早く教えるべきだ。
ガチャリと、鍵が開く音がした。
さっきまで、全然そんな気なさそうだったのに。
どうしたんだろう。
ゆっくりドアを開いて、中に入る。
丸山さんは、一体何を心変わりしたんだか。
にしても、真っ暗だな……。
どこの部屋も、明かりがついていない。
あ、手招きしてる。
丸山さんがいたのは、大きな部屋だ。
一番気になったのは、大きな窓。
大きな月が、窓がはみ出そう。
月明かりは、この部屋を照らしている。
人1人と言わず、何人でも一気に通れそうだ。
パリーン!
突如、俺が見ていた窓が割れた。
タン、と軽く足音を鳴らして中に入った人影が1つ。
月の光で逆光になって、顔がよく見えない。
おそらく身長は低く、子どもな感じがする。
白いスーツのような服で、暗闇に浮かび上がっている。
大きなマントが、風になびいて大きく揺れる。
人影は、俺たちを見て驚いたような素振りをする。
こちらに歩いてきながら、台詞を言うかのように喋る。
俺は、静乃さんと丸山さんに言った。
――こいつは、相手にしたらダメだ。
ようやく、顔が見えた。
それは、今日見たばかりだった。
まさか、こんなに早く、ゲイルのシュンに遭遇するなんて。
白いマントがついたスーツに、シルクハット。
手には、銃を持っている。
その先についているのは、どこかに引っかかりそうな金具だ。
シュンは、俺に右手を差し出した。
手のひらを上にして、物をもらうときと同じ動きだ。
コテン、と首を傾げて、俺をジッと見つめる。
けれど、その目の奥に、冷え切った冬の水のように冷たい感情が見え隠れしている。
シュンは、ポンと手を打った。
白い手袋は、少し汚れていた。
静乃さんの訂正を聞かず、シュンはあっという間に丸山さんのとなりに移動した。
シュンは、丸山さんに雲ひとつない笑顔で笑いかける。
俺たちにも、その笑顔を向けた。
同時に、銃も向けてくる。
静乃さんが、ヒュッと息をのんだ。
パン、と銃を撃って、何かが飛び出した。
それは、俺たちの間を飛んでいった。
シュンの銃から伸びているのは――ワイヤー?
俺たちは、固まって動けなくなった。
そんな俺たちのあいだを、シュンは飛んでいく。
丸山さんを抱えて。
シュンが飛びながら、俺たちを見た。
子犬のように、天真爛漫な笑顔を浮かべて、
と、姿を消した。
静乃さんは、ポツリとつぶやいたあと、「わあああああ!!」と叫んだ。
なんとか、次に繋げられたらいいけど……。
その言葉で、ナイフが深く胸に刺さったみたいに痛くなった。
俺たちが失敗したせいで、1人の人生が壊れてしまった――ということ、だもんな。
そう言う静乃さんは、強く見えた。
けれど、その表情は、決していいものではなかった。
ピロン
通知がなって、俺はスマホを見る。
そこには、シュンからメッセージが来ていた。
『こんばんは。お兄さん、明日、暇? もし暇なら、今日会った公園に来てほしいな!』
俺は、そのメッセージを、ただ見つめることしかできなかった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。