第11話

Epilogue. 氷室さんは理想主義
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2021/02/25 08:21 更新
使用人
お嬢様、雨屋様と……それから小日向様がお見えになっております。お部屋にお通し致しますか?
氷室 鈴
ええ、お願いね。
執事の足音が遠ざかっていく。
季節は春──窓から暖かい陽気が零れ出した。
月日が流れるのは早く、今や私達は高校生活最後の年を迎えようとしている。
庭に咲く満開の桜と目が合った気がして、自然と笑ってしまった。

それから2分ほどして、若菜と叶のやって来る声がした。
告白の件で若菜はそれなりに気にしていたようだが、叶の持ち前の能天気に絆されいつの間にか元の関係に戻っていたらしい。
若菜も叶の鈍感っぷりに気付いたのか、次第に可愛らしい“雨屋 若菜”を取り繕うのを辞めていった。きっとそれでいい。誰だって自然な笑みが一番だから。
相変わらず若菜の仕事のことは私達二人だけの秘密として叶には話していないが、いつか愛城にしき先生の作品がメディア化する時でも来たら教えてあげようか。それを知ったら叶はどんな顔をするんだろうと今から楽しみでもあるし。
小日向 叶
お邪魔します、鈴ちゃん。
雨屋 若菜
暇だから叶くんも連れて来てあげたわよ、鈴。
氷室 鈴
はいはい、有難うございます。
素直じゃない若菜に、私と叶は顔を見合わせて笑った。
若菜もそれにつられて笑うと、ん、と紙袋から本を一冊の取り出した。
雨屋 若菜
ほら、一週間後に出る新刊のサンプル。先に貰ってくるの大変だったんだから感謝しなさいよ?
氷室 鈴
こ、これが愛城にしき先生の新刊…!い、今から読んでもいい…?
小日向 叶
本当…鈴ちゃんは少女漫画のことになるとすーぐ人が変わるんだから。
叶の苦笑いも耳に入らないうちに、私は早速サンプル本のページを開き読み始めていた。相変わらずの儚く綺麗なイラストと繊細な心情描写には惚れ惚れするものだ。…作者からは全く想像できないくらいに。


そうして40分程かけて新刊を読み終わると、二人も暇していたのか段ボール箱から少女漫画を手に取って読み始めていた。
若菜はプロだからこそ参考にするべき所があるのか、何やらぶつぶつと独り言を言いながらメモを取り読み進めている。
叶の方を見ると床に座り、真面目な顔で少女漫画を読んでいるかと思えばすぐ顔を曇らせたり笑ったり泣いたり、と。とにかくコロコロと表情が変わっていく。

それがおかしいのに、私の視線に一切気付く様子が無いのが悔しくて後ろから彼の首元に腕を回してみせた。
…お察しの通りだが、叶と私はこういう関係になっていたりする。
氷室 鈴
叶くん。
小日向 叶
なーに? 鈴ちゃん。
氷室 鈴
呼んだだけ。
小日向 叶
何それ、もう。
私よりもずっと大きな手が頭を撫で、また真剣な表情に戻って少女漫画を読み始めた。構ってくれないのはちょっぴり寂しいけど、叶のこういう表情を見るのは好きだ。表情豊かな叶のことを、私はこれからもずっと何度でも好きになるんだろう。

理想主義も悪くない。根っからの現実主義者の私をそう思わせるくらいには“恋”というものはなかなか魅力的だった。

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