おれが笑顔でそう言うといるまは困ったように笑いながらも、口を開く。
そう言っているまを脱衣所に押し込んで、おれは一人になった部屋で壁に寄りかかり、そのままずるずると座り込む。
いるまが帰ってきたことが嬉しくてすっかり失念していたけど…今、おれ、いるまと二人きりなんだ…。しかも、いるまの秘密を知ってて…いるまが、おれのことを頼ってくれてる…。
言いようのない感覚に支配される。誰も知らない、おれといるまだけの…いや、正確にはいるまに触手を植え付けた人達も知ってはいるのだけど…おれといるま、二人だけの秘密…。
一人、そう呟いておれは久方ぶりに料理を始めた。料理の腕は衰えているかと思ったけど、体が覚えているのが簡単な料理なら直ぐに作ることができた。意識したらおれもお腹が空いてきたので、いるまの分と一緒に自分の分も作った。
オムレツが並べられたテーブルを見て、いるまはおれをジッと見つめる。
不意にいるまの手がおれの頬に触れる。驚きから動けずにいると、いるまの手はおれの腕や腹部にペタペタと手を這わせる。
流石に制止の声を上げると、いるまは顔を顰める。
そう呟くいるまは、俯いていたけれど、酷く悲しそうな声をしていた。
おれの言葉にいるまは視線を上げる。
そう答えてもいるまの表情は晴れなかった。そうだよね、だっておれがご飯食べなかった要因はいるまがいなかったからだ。おれがなんと言おうと、いるま自身もそのことがわかってるんだろう。
いるまが一口オムレツを口に含んで咀嚼する。その様子をおれはただ見つめていた。
そう言っているまは呆れたように笑った。その顔を見て、おれはようやくオムレツを口に含んだ。おれには何の変哲もない味に感じられたけど、いるまが美味しいって言ってくれたから、きっと美味しいんだろう。
スプーンと皿の擦れる音と、いるまの低い落ち着いた声が響く。
無意識の内に涙が溢れてくる。もうあんな日々には戻りたくない。いるまが生きてるのか死んでるのかもわからないまま日常を過ごして、明日こそ死ねますようにと願う日々には戻りたくないんだ。
絶望するおれに、いるまはスマートフォンの画面を見せてきた。
“触手の生えた謎の生命体、人類を襲う!?”そんな見出しで綴られているネットニュース。その触手の生えた謎の生命体は、遠くから撮られた写真なのか、画質は悪いが、いるまと同じように背中から触手を生やしているように見える。
駄目だ。このままじゃいるまはまたおれの前から消えてしまう。また、あんな日々に逆戻りしてしまう。…嫌だ。それだけは、絶対に嫌だ。それなら。あんな孤独で何の為に生きてるのかわからない日々に戻るくらいなら。
言葉通り本気だった。いるまと一緒に居られるならそれ以外の全てを捨てる覚悟があった。いるまは驚いた表情でおれを見つめていたけど、本気なのがわかったのか、真剣な表情になる。
おれが笑顔でそう答えると、いるまに抱き締められた。
いるまの声は涙声だった。
ぎゅう、といるまを抱きしめ返す。いるまはずっとおれに謝り続けて、ずっと涙を流していた。…おれはそんないるまの背中を、ただただ擦り続けた。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。