どこまでも碧く澄み切った空に、
少女の綺麗な黒髪がなびく。
柔らかい微笑みとは裏腹に、
少女の瞳に映る少年は酷く焦っていた。
少女は目を伏せ、口を開く。
突如と訪れた風が、少女の声を淡く消した。
細い腕と薬が入った袋とを繋ぐ管が、
風に煽られて揺らめく。
再び目を開け、少年を見つめる。
少年も、少女の目を見つめる。
少年が震える声で言った。
どうして、と。
まだ諦めないで、と。
少女はゆっくり首を横に振る。
もう終わりなの、助からないよ、と。
自分の心臓に手を当て、弱い鼓動に力無く微笑む。
ね、もう助からないでしょ?
とでも言いたげな瞳が少年を射抜く。
少年の目にいっぱいたまっていた涙が、
はらはらととめどなく落ちていった。
「わたしに心臓をくれる人は…」
言葉をひとつひとつ大切に紡いでいく。
「わたしに心臓をくれる人は、あなたなんだよ」
それまで我慢していた涙が、一気に溢れ出した。
「わたしのために、死なないで」
「わたしの分まで、生きていて」
一度言い出した我儘は加速し、
どんどん彼女のあたたかな笑顔が崩れていく。
少年も負けじと言い放つ。
「きみだから、心臓をくれてやると思ったんだ」
「きみのためなら、死んだっていい」
「ぼくのために、君に生きていてほしい」
碧く澄み切った夏、病院の屋上。
フェンスを挟んで笑いながら泣く、
どこまでも優しく自分勝手な少年少女たちの
最後のひと夏。
少女たちにはもう、
夏は来ぬ。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。