「君はぼくに対して、もう少し配慮とか加減とか、そういう気遣いを知った方が良いよ」
布団の中で腰を庇うようにして寝返りを打ち、露伴はムスッとしながらそう言った。
さっきまでの湿っぽい空気も溶けきって、甘さが逃げた疲労感だけが辺りに充満している。冷房で乾いた汗が身体を冷やし、若干不愉快な寒気に鳥肌立った。
「ズコズコ遠慮なしにハメてくるけど、いつか尻が壊れてセックスどころじゃあなくなるからな」
「これでも相当優しくしてるつもりなんスけどね。腰なら俺だって痛いし、お互い様でしょ?」
にっこり笑って、布団越しに露伴の腰を労るようにさすってやる。どうにも不服なのだろうが、俺にだっていつかちんこが爆発しちまうんじゃあないかって自覚はある。
「でも、もし壊れても露伴は安心だよな。あんたの恋人、修理はお手の物っスから」
「………………」
仕事が終わったあと、それなりに飯を食って、適当に風呂を済ませて、同棲している恋人と当たり前に夜を過ごして今に至る。今日は交代日で、明日から昼勤になるのだ。1週間ぶりなのに燃えないわけがない。
ケツが割れるだの身体が壊れるだの言うが、露伴は大して華奢ではないし、ましてや俺が壊しちまうなんてことはないので、彼はこれからも血の1滴零すことはないだろう。なのでこれはいつもの自分正当化タイムだ。こんな頭のおかしいセックスは自らが望んだことではないと主張するらしいが、煽るのも強請るのも自分なのに、と内心で呟く。
「ほら、その目ェ……。そうやって頭ごなしにぼくのせいにしようとしてるみたいだけどさァ、君こそ堪え性とかないのかよ?」
「ないっスね〜〜。俺の恋人めっちゃ可愛いんで」
「なら長持ちさせるよう努めるんだな……」
その可愛い恋人に「まだ抜かないで」とか「もっと奥」なんて言われて、それでもなおストイックに「今日はおしまい」と己をも制することができる男が世界のどこにいるというのだ。少なくとも俺にはそんなことできない。露伴には与えられるもの全て与えたいタチなので、求められたなら従うまでだ。
強いて言うなら、堪え性が足りないのはこいつの方である。あとから全責任を俺に押し付けてくるくせに好き勝手煽りやがって。露伴のそういうところが最高に露伴だし、最高に好きだ。俺もどうかしてる。
「スローセックスとか興味ないのか? コンセプトとして取り入れても良いと思うんだが」
露伴は打って変わって、瞳をきらりと輝かせた。イヤな目だ。こいつがこんな顔をするとき、決まってろくなことにならない。
俺が訝しむように露伴を見るも、好奇心に光るやけに澄んだ眼は変わらなかった。
「マジにヤバいらしいぜ。その中でも特に“ポリネシアンセックス”ってのが少し前に流行ったんだよ。セックス特集とかにも取り上げられてた」
「ポリネシアってどこ?」
「ハワイとか、ニュージーランドとか、その辺の諸島全般だ。なんでも、マンネリ防止なんかに効果があるらしいが、なにより物凄く“ヤバい”……」
露伴はまるで怪談話でも披露するかのように、低い声でそう言った。
「ヤバいって……?」
「……やっぱり気になるかい?」
今度は燻ったようにいたずらに笑った。
そりゃあ気にもなる。さっきあれだけぶつくさ文句を垂れていた露伴がケロッとして、俺になにやらエロい話を持ちかけようとしているのだ。この時点でも相当掻き立てるものがある。
俺が控えめに頷くと、露伴も満足気に唇の端を上げた。
「なら丁度良いな。さっそく明日から始めよう。今週いっぱいはぼくとセックスするためだけに夜は予定を空けてくれ」
「いつも夜は空いてるっスよ」
「ぼくのためだけってのがミソなんだよ。帰ってきてから飯も風呂もセックスもぼくのためだけにするんだ。ぼくも君のためだけに夜は空けておくから」
「お、おう……」
露伴の口からまろび出るようにぬるりと出てきたロマンチックな言葉に軽く混乱する。彼の中ではもう始まっているらしかった。
まるで小学生が明日の遠足に浮かれるような、漫画家が取材に行くときのような、落ち着かない雰囲気の露伴。セックスが少年漫画のどんなネタになるのかなんて俺には全然予想できないし、何が始まるかすら未だに分かっていないが、好きな人がセックスを楽しみにそわそわしていることだけは分かる。半ば呆れていた俺だが、そんな露伴を見て己の好奇心も少しずつ擽られていくのだった。
【1日目】
裸になって相手の身体を観察し、会話する。
まぁ色々建前は並べたが、動機は純粋だ。流行を恋人と共有し、試しに実践してみること自体は何ら不自然ではない。ただその題材が少なからず性行為であるという点が、ぼくをしばし抑制させていたのだ。
20代半ばがじいさんだとか、減退期であるとは思わない。ぼくはまだ旺盛な男であると自負しているし、恋人の魅力は成人してもなお霞むことなく健在だし、正直そんなぼくがセックスに消極的になるわけがないとすら思う。だが積極的であるというのも明言したくはない。仗助はそんなぼくの意を汲んでか否か、快く了承してくれた。
「……で、このあと何するんスか?」
「何もしないぞ」
お互い身にまとっているのはパンツだけ。ベッドの上で向かい合って胡座をかき、きょとんとする仗助を軽くあしらう。
「……何もしない、とは?」
「なァ、君、昨日の今日でまだ足りないことがあるのか?」
「えぇっ!? ホントにしないの?」
「しないよ。今日はまだ、ね」
4歳の違いでここまで性欲に差があるのか、とも思ったが、4年前のぼくが今のこいつと同じくらい性急だったとも言い難い。
ぼくの身体なんて仗助と比べれば貧相だし、女と比べればつまらない。顔だって声だってそうだ。そんな男によくもまぁ毎日盛って欲情できるよなぁと、嬉しいし悔しいし、なんだか複雑な気持ちになったりする。仗助がぼくのどこに魅力を見出せたのか、ぼく自身未だに知らない。
「数日かけてじっくり焦らして、心がちゃんと繋がった状態でするのがポリネシア流なんだそうだ。まる5日間をぼくとのセックスに費やすって考えたら“ヤバい”だろ?」
「………………」
ぼくがそう言うなり、仗助はガックリと肩を落としてみせた。
「えっ、じゃあ……、結局いつからヤれるんスか……?」
「挿入は5日目」
「はァ〜〜〜〜ッ???」
まったく、身体目的みたいな口振りだ。
それをぼくから言うのはプライドに反するし、そんなことはないという確固たる自信があるから良いが、付き合いたてなら相当ショックだっただろうな、今のは。
「せっかく今週は夜一緒に過ごせるのに? もったいなくねェ?」
「最後までぼくに付き合いきれたら死ぬほど抱いてくれて構わない」
「あんたいっつも死んでるだろうが」
「ぼくじゃあないよ。君が死んじまうくらい無茶なことしてもいいって言ってるんだ」
「ふぅ〜ん……」
ベッドが軋む。低反発マットレスは寝心地は申し分ないが、座り心地は腰が深く沈むためバランスが取りにくい。
「本当にそんなこと言っちまっていいんスか? あんま調子乗ってると痛い目見ることになるぜ」
「それはどうかな」
雑誌やネットの記事なんかによれば、ポリネシアンセックスとは壮絶で、「究極のセックス」と称されるほどらしい。セックスに究極もクソもあるかと訝しいが、体験談や具体的な手順などを目にすると、あながち悪くなさげに甘美な響きを轟かせていたのだ。
ぼくはセックス好きでもなければ、淫乱でも欲求不満でもない。今更心の繋がりとやらを求めているわけでも、ましてやもっと強く揺さぶられたいわけでもない。ならなぜ良い年ぶっこいて未だにこいつと性行為をしたがるのか。ポリネシアンセックスは、その本質が分かるらしかった。
「1日目はこうやって裸になって互いの身体を観察するんだ。好きなところを言い合って目線を這わせることで、数日後にはじわじわ敏感になってくらしい」
「へぇ〜。露伴あんの? 俺の身体で好きなとこ」
「ふむ……」
正直こいつの身体で嫌いなところはひとつとてない。中身にスカタンが詰められているので性格面ではいけ好かない部分も多少はあるが、男の憧れを具現化したように筋肉質で逞しい身体は、鑑賞するにしても実用するにしても文句の付けようがないのだ。
「デカいとこかな」
「……何が?」
「身体が」
「……え??」
「身体が」
にちゃり、と擬音でも付きそうな憎たらしい笑顔を醸す仗助を睨んで一蹴する。
「君がもしヒョロい男だったらぼくには“抱かれがい”ってもんはなかっただろうしね。それに君の腕枕も丁度良い高さだし、手も握りごたえがあるし、なんだってデカいのは得だなァ?」
「うっわ、煽るっスね……」
「別に? 常日頃思ってることを口にしたまでだ」
仗助は顔を綻ばせて、瞳を愛娘でも見るように柔らかなものに変えてから、おず、と控えめに上半身を前傾させる。
「キスは?」
彼の目線がぼくの口元へ動いた。思わず隠すように唇を噛んで中にしまうような所作をしてしまう。目を逸らしたぼくに仗助はまた微笑んで、更に顔を覗くようにしていた。
「ダメだ」
でも、今日は口付けどころかおさわりさえ禁止だ。
ぶすっと不貞腐れて見せた恋人の唇なら、ぼくだってずっと気になってる。
「だってぼくだけ言ったんじゃあ不公平だろ? 君も言えよ、好きなところ」
「全部」
「はァ〜〜??」
「だって全部だもん。全部好きじゃなきゃ付き合ってないし」
「特にどこがって話だよ。金輪際ぼくに指1本触れさせないぞ」
「それは困るっス」
そりゃあぼくだって、いけ好かないところも馬が合わないところもひっくるめて仗助だと思っているし、そいつと好きで付き合っているのもぼくだし、だからつまりぼくだって全部好きだけど。
「好きなとこかぁ。いっぱいあるけど、目とか?」
「目ェ?」
ほんの少し拍子抜けする。がっかり、とも言えるだろう。ぼくは盛大に口を滑らせて失言ばかり喋ったのに、仗助ときたら「目」だと。恋人の目が嫌いな奴があるか。
なんて、ぼくの捻くれた思いなどには取り合わず、彼は予想外の言葉を続けた。
「イヤだとか嫌いだとか口では言ってるけど、あんたの目ェ見たら俺のこと大好きで大好きでたまんねーの全部バレバレなんスよ。あんたのそういう全然可愛くねーとこめっちゃ可愛くて好き」
「………………」
仗助は今にも舌を出しそうなほどいたずらな笑みでそう言うと、追い打ちをかけるようにぼくの瞳孔の奥を見つめて離さない。ぼくはもはや反論を紡ぎ倦んで口を閉ざすしかなかった。
「キス、したくなっちまうね?」
否定の言葉は遠く、口から出すのは難しかった。ぼくは真横に目を逸らして、捻れるようにして絡み合った視線を断つ。
「今日はおしまい」
もう既にすっかり心臓はドキドキしているのに、明日も明後日もこの調子だなんて耐えられるのだろうか。ぼくは自分が思っているより性急なのかもしれない。
仗助はぼくの言葉に不満そうに頬を膨らませた。
「えーっ!? マジかよーーッ 俺もう結構キてるんスけど!! つーかキスもエッチもできないとか聞いてねーし!!」
「言ってないからな。君はガツガツし過ぎなんだよ。そんなんだから恋人からスローセックスに誘われるんだ」
仗助は「だって露伴が」なんてぼくには心当たりのないことをブツブツと捏ねる。
ぼくはすぐ傍に畳んで置いた服を引っ掴んで、なんで裸でこんなことしなくちゃあならないんだとか我ながら理不尽な怒りと羞恥でどうにかなりそうだった。
とにかく焦れったくて、まどろっこしい。快感を高め合えた感じはしなかったし、どちらかと言うと鳥の羽根で軽くくすぐり合ったようなむず痒い感覚に近かった。
「……ハグならしてもいいぜ」
仗助はハッとして顔を上げる。表情は不覚にもこちらまで嬉しくなるほど明るかった。
「そのまま押し倒しちまうかもしれねーっスよ」
「そんなことはさせない」
確証はない。彼にヘブンズでそんなしょうもないことを書き込むつもりはないし、仗助のほうがぼくより力が強い。だからこいつが転がそうと思えばぼくなんかすぐにひっくり返るだろう。だけど、仗助は思いのほかぼくを知っているのでそうはしてこない。もしそうされたら、ぼくはきっとしばらく口をきかないはずだ。
彼が恋人の我儘をふたつ返事で受け入れるお人好しで本当に良かったと思う。
自信気なぼくを見て、仗助は若干嘲て、呆れて、もしかすると愛おしさなんか感じたりしたのかもしれない。そんな含みのある笑顔を見せた。
不服だったが、生ぬるい抱擁は苦言を呈することさえも億劫にした。
【2日目】に続く












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。