『純愛』を書きました。少なくとも、プロットの時点では(目逸らし)。
同性愛描写があるので、苦手な方は注意してください。
下書きの下書きみたいな感じです。雰囲気だけ楽しんでくださいな。
ナポリの夜は、甘く焦げた香りがする。昼に焼けた石畳がまだ熱を孕み、海風はスパイスのように塩を運んできた。
その波打つ匂いの中を、ひとつの黒い影が歩いていた。
彼女の名はノワール。
黒髪を海風に靡かせ、深い青の瞳だけが夜の灯台のように明滅していた。
黒のホルターネックドレスが、闇そのもののように身体のラインを拾い、彼女を人ならぬシルエットに見せる。
手には、ピストル。
歩む先は、防波堤の先端。
「……ヴィオラ」
掠れた声で名前を呼ぶだけで、ノワールの胸の奥はひりつく。
ヴィオラーー彼女の光は、思い出せば思い出すほど眩しくて、痛くて、残酷なほどに美しいものだから。
ヴィオラ・“ヴァイオレット”・ベガ。
白いベリーショートに、はちみつ色の瞳。褐色の肌は夜に浮かび上がるようで、笑えば世界が少しだけ明るくなる。そんな女だった。
いつも無表情で、黒ばかりを身に纏うノワールとは対照的だった。
笑い声が太陽のようで、どんな危険な仕事にも軽やかに飛び込んでいく快活さ。
彼女はフリーランスの殺し屋でありながら、どこか無垢な少女のように生きていた。
「ねぇノワール。アンタ、また怒ってる?」
「怒ってない」
「じゃあ機嫌悪いの?」
「違うわ。こう言う顔なだけ」
「便利な言葉だねぇ」
笑いながらヴィオラはノワールの顎を掴み、軽く唇に触れた。
「好きよ、ノワール。……あんたは?」
「……」
「あぁもう。言わないんだから。ほんと頑固ね」
『好き?』
ノワールは、何度それを訊かれても、何も言えなかった。
そのたびにヴィオラは呆れたように笑ったけれど、たぶん彼女は気づいてはいた。
ノワールが、ヴィオラ同様、心の底から彼女を愛していることに。
言葉にしないのは、不器用な彼女なりの、この世界でのケジメの付け方なのだと。
だからこそ――
一週間前、ヴィオラが殺されたその知らせは、ノワールの鉄のような心を崩壊させるのには、十分すぎた。
世界から光が消えた。
残りは黒だけ。
彼女の、ノワールという偽名の通りに。
防波堤の上。
ノワールが銃口を自分へ向けた、その時だった。
「――随分と物騒なアクセサリーを持ってるじゃないか、ガッティーナ」
軽快な声が、海風に乗って降ってきた。
振り向くと、月光に照らされた金色が揺れた。
オールバックに撫でつけた金髪。深い緑の瞳。
ライトグレーの高級スーツ。ジャケットは気怠げに肩にかけられている。
ハンサムな顔立ちは、まるで舞台に登場した俳優のようだった。
男は口角を不敵に上げ、視線をノワールの手元の銃へと滑らせる。
「こんな美人が、こんな夜に、防波堤で……。クッ、ねぇ、美人さん。今から死ぬつもりかい?」
ノワールはただ冷たく言った。
「あなたに関係ない」
「いやぁ、あるよ。だってさ――有名じゃないか。
“殺し屋カップル”。
白い太陽と黒い月の組み合わせ。僕も噂を耳にしたことが何度か」
男はわざとらしく肩をすくめた。
「君が“ノワール”で、恋人が“ヴィオラ・ベガ”。……合ってる?」
ノワールの指が引き金にわずかに触れた。
男は片手をひらひらと振った。
「あぁー、撃たないでね。僕はただの観客。……いや、ちょっと興味があるくらい?」
「帰って」
「帰る気はないなぁ」
海がざぶ、と大きく揺れた。
「それにしても……本当に死ぬ気だったんだ?」
「……」
「ヴィオラのために?」
その名を呼ばれただけで、身体が震えた。
男の緑の瞳が、深く覗き込んでくる。
「君の“太陽”が死んだんだ。夜を独りで歩くのは、たしかに寒いよね」
ノワールは歯を食いしばった。
「……何が言いたいの」
「そうだね。簡単に言おうか」
男は片手を胸へ当て、オーバーに言った。
「“犯人”を教えてあげようか?」
海風が止まったように感じた。
「……何、ですって?」
「ヴィオラを殺した奴。知りたくない?」
「――ッ」
ノワールは銃口を男へ向けた。だが男は笑ったまま、微動だにしない。
「クク……。ねぇ、やっぱり死ぬより復讐のほうが似合ってるよ?君はさ」
「言え。誰が彼女を殺した!」
「うーん、言ってもいいけど」
「……」
「条件がある」
男はノアールの瞳を覗き込みながら、楽しげに言った。
「僕のパートナーになってほしい」
「………………は?」
「簡単でしょ?」
「ふざけてるの?」
「ふざけてないよ。むしろ真剣。こんな美しい黒猫ちゃんをさ、放っておく手はないって話」
ノワールの青い瞳に怒りが宿る。
「どういうつもり? 何に利用するつもりなのよ」
「それを聞くのは野暮だよ。 それにさ、お互い様だろ? 君は復讐に僕を使う。僕は君を仕事に使う。
それでいいじゃない」
「……断る理由なら、いくらでもあるわよ」
「死ぬつもりだった人間が言うセリフじゃないなぁ」
痛いところを突かれ、ノワールの指が震える。
男は構わず近づき、銃口へ自ら額を寄せた。
「引き金、引いてもいいよ。僕は撃たれても文句言わない」
「……」
「でも、僕が調べた限り、君はとても賢く愛情深い黒猫ちゃんだ」
男の緑の瞳が、青の瞳を捕えた。
「銃を捨てるな。使うんだ。僕と、一緒に。……悪い話じゃ、ないと思うけど?」
ノワールの胸の奥で、何かが軋んだ。
死を選ぶつもりで来た夜が、いつの間にか違う方向へ曲がっている。
男は微笑んだ。
「どうする? ノワール。
海に落ちて終わる? それとも僕の車に乗る?」
しばらくの沈黙の後、ノワールは、銃口を下げた。
男が嬉しそうに片眉を上げる。
「選んだ?」
「…とりあえず、乗るわ。その話」
「いいね。その答え、好きだよ」
ノワールはにへらと笑うと、胸ポケットから名刺を取り出す。
「では、今宵より僕らは契約関係だ。僕の名前はレオナルド・リオ・ファルコーネ。よろしく、ガッティーナ」
「…ファルコーネって、マフィアの? レオナルドってまさか、アナタ首領?」
戸惑いながら目を見開くノワールに、リオは人差し指と親指をつけて丸の形を作る。
「察しがいい子猫ちゃんだ。その通り、ファルコーネ・ファミリーの現首領はこの僕だ。 まぁ、君は気にしなくていい。気軽にリオと呼んでくれてもいいよ」
「お断りするわ」
ノワールは冷たく言い放つと、彼から名刺を受け取った。
「まぁ、子猫はつれない方が可愛らしいか……」
彼のの言葉を無視して、ノワールは防波堤から離れ、レオナルドの黒塗りの車へと向かった。
防波堤に向かっていた時とは違う、コツコツとしたリズムの良い歩みで。
「ノワール」
背後からレオナルドが声をかける。
「中立派だった君は今宵より、最も闇の世界へと足を踏み入れる。歓迎するよ。ようこそ、宵闇が似合う黒猫ちゃん」
ノワールは振り返らずに返した。
「そのふざけた名前で呼ばないでちょうだい。私を愛称で呼んでいいのは、彼女だけ」
「わぉ、手厳しい」
2人は軽口を叩きながら、車に乗り込んだ。
海が、大きく波を立てた。
黒い夜が、二人を飲み込んでいった。













編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。