「ほら、これ飲んで寝具に横になってください」
目の前の女性は胡蝶しのぶと言う。医者なのか幾分と手馴れている。白いシーツに私は思い切り体を埋めて、吐き気が治るまで安静にした。
「胃がびっくりしたのでしょう。貴方の家はどちらの方角に。」
「......ありません」
「もう一度」
「記憶が抜け落ちていて、家が分からないんです」
ここで嘘をつかないとまずいと思った。先ほどお手洗いに行ったとき、鏡に映った容姿が変わっていることに気付いた。黒髪だった私の髪は毛先数センチ程度が脱色されていて白い。なにか私に異変が起きているのだろう。
「そうですか、そうですか。いくつか質問させて頂きます。」
「はい」
胡蝶さんは紙にメモをしている。
「自分の情報を知ってるだけ教えてください」
「え、えっと。17歳で、気がついたらここにいて、吐き気がして」
「......他には」
「あとは、えと」
「かしこまりました。時間と共に思い出す可能性もあります。絶対安静でお願いしますよ?」
胡蝶さんは掛け布団を心臓らへんまで引っ張って部屋から出て行った。
(日本に帰りたい)
どんな屈強な男でもそう思う、多分。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。