あなたの下の名前side
それから数日。
珍しく、雨が降り続く日だった。
空気は暗く、雫が傘に当たる音と私の足音が響いている。
みかんを買おうと、外に出たのだ。
そろそろ在庫が切れそう…
と言っても十数個はあるのだが。
買いに行ける日に買いに行こうという考えである。
雨は嫌いじゃない。
悲劇の主人公になれてるようで、常に明るさを出せない私と、どこが親近感をもっていた。
みゃー、
雨の中に、猫の鳴き声が混ざったような気がした。
思わず足を止めると、
足元に段ボールに入っている子猫がいた。
段ボールには、『拾ってください』の文字。
捨て猫、か。
目線を合わせるようにしゃがみ込み、
と伝えた。
マンションはペット禁止。
お店で飼えなくはないが、
衛生上の問題や、お客様上の問題もある。
できれば見捨てたくない。
どうしようもできない私が、私自身とても嫌だった。
静かに段ボールに屋根を作るように傘を置いた。
立ち去る時に、鳴き声が聞こえたような気がして、苦しかった。
これは、猫ちゃんのためなんだ…。
振り返ったら…だめだ。
そう言い聞かせないと、
足が止まってしまいそうだった。
髪は濡れ、服も濡れ…って、あたりまえである。
傘持ってないんだもん。
メイクをガッツリする性分ではないから、
特に気にすることはない。
濡れた髪が顔に張り付き、耳に掛け、
かき上げたタイミングで、
と聞き覚えのある声がする。
振り返ると、案の定元貴さんだった。
と自身の傘に私を入れてくれた。
自分でも分かる。違和感しかない苦笑いだ。
と彼が指した先に高級マンションがあった。
と気づいたらそう言っていた。
胸に苦しさでもない、
見知らぬざわつきを覚えていて、
感じたことのない感情なんだとなんとなく分かった。
行きたくない、わけではないが、迷惑をかけてしまうのではないかという不安が募っていた。
ほんの少し、どうしていいのかわからなかった。
目の前には、雫が垂れるたびに広がる波紋。
未知の部分に自ら踏み込む勇気なんて…ない。
水たまりから目を離して元貴さんを見上げると、
元貴さんも不安そうな顔をしていた。
と言うと悲しそうな、虚しそうな表情をした。
体が震えていることに変わりはない。
でも、自分のせいで元貴さんに
そんな表情をさせてしまったのなら。
ほんの少し。
ほんの少しだけ、彼に甘えてみようと思った。
彼におとなしくついていくと、
彼の部屋の前についていた。
彼が開けたドアから玄関を覗くと、
落ち着いた雰囲気が印象的である。
入って、いいのかな…
実際には、男性の家には行ったことがある。
と言っても、誠の家なのだが。
あのいやらしい目つき、触り方、言い方。
ここで、思い出してしまうなんて。
胸が、苦しかった。
すべてが嫌なのに、嫌だって言えない。逆らえない。逆らったら…
名前を呼ばれてハッとする。
誠じゃないのに、、。元貴さんなのに…。
というと彼は不安そうな顔をして
ちょっと待っててくださいと言って、
彼は中に入っていった。
ドアが閉まるその瞬間が、誠に締め出された時のようで、少し気分が悪くなり、立っていること自体辛くなってきて、壁に沿う様にしゃがみこんだ。
彼はすぐに出てきた。
と言いながら、優しく頭にタオルを掛けてくれた。
胸が苦しかった。
自分でもびっくりするくらい掠れた声だった。
自分でもどうしたいのか分からず、
謝ることしかできなかった。
と目線を伏せながら言った。
と手を差し伸べてくれた。
小さめではあるけれど、
男性らしいゴツゴツした手ではなく、
どちらかといえばスラッとした手だった。
手を重ねると、ぐいっと引っ張られ、立ち上がった。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。