夜の聖騎士団本部。
廊下は静まり返り、
燭台の灯りだけが石壁を照らしている。
シグルド・ハイウィンドは、
書庫の奥で一枚の封書を閉じた。
中身は作戦書。
正式な討伐計画ではない。
もっと静かで、もっと狡いもの。
──姉妹の周辺に“偶発的な危機”を増やす計画。
事故に見せかける。
外交問題に見せかける。
暴走の口実を作る。
それが、強硬派の新方針だった。
シグルドは深く息を吐く。
計画は、もう止まらない。
止めるなら、
外からではなく、
内側からしかない。
机に向かい、紙を引き寄せる。
ペン先が静かに走る。
余計な言葉は書かない。
場所。
日付。
移動経路。
護衛の穴。
必要な情報だけ。
封書を閉じる。
宛名は書かない。
代わりに、小さな白い印を押す。
百合の紋。
それだけで伝わる相手がいる。
シグルドは立ち上がる。
廊下を歩く足音は、いつもと同じ。
騎士としての歩き方。
疑われない歩き方。
だが胸の奥では、はっきりと理解している
裏切りではない。
そう言い聞かせる。
これは、是正だ。
間違いを正す行為。
ただそれだけ。
外庭へ出る。
夜風が冷たい。
石の噴水の影に、小さな箱を置く。
定期的に回収される外交連絡箱。
通常は誰も気にしない。
そこに封書を滑り込ませる。
音は、しない。
シグルドは振り返らない。
振り返れば、迷いが生まれるから。
そのまま本部へ戻る。
何事もなかった顔で。
何もしていない騎士の顔で。
だが。
胸の奥は妙に静かだった。
初めて、剣ではなく、
選択を。信念を貫いた。
翌日。
姉妹の住居。
朝の光の中で、シイナは封書を開く。
内容を読み終え、
小さく息を吐いた。
ルビアが隣から覗き込む。
ルビアは眉をひそめる。
シイナは封書を畳む。
シイナは微笑む。
ルビアが目を丸くする。
ルビアは肩をすくめる。
でも、少しだけ誇らしそうに笑う。
同じ頃。
聖騎士団本部。
シグルドは訓練場に立っていた。
剣を振る。
何度も。
何度も。
汗が落ちる。
部下が声をかける。
シグルドは剣を収める。
空を見上げる。
雲が流れている。
風向きが変わっている。
まだ誰も気づいていない。
だが確実に、
白の側へと流れ始めている。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!