第13話

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2026/05/30 04:08 更新
放課後。

ゼミ終わりの教室には、まだ何人か学生が残っていた。

前の方では卒業後の話で盛り上がっている声が聞こえる。


「え、地元戻るの?」

「まだ迷ってる」

「就職どこにするかで変わるよねー」


そんな会話をぼんやり聞きながら、ウィジュはパソコンを閉じた。

隣ではニコラスが、教授から返された資料を適当にまとめている。


「ウィジュ帰る?」

「うん」

「じゃ、俺も」


当たり前みたいな声。

それがもう、最近は自然すぎて怖かった。

最初は、“恋人のフリ”だっただけなのに。

気づけば、帰り道も、ご飯も、迎えも。

全部、隣にニコラスがいるのが普通になっている。


「そういえばさー」


前の席の友達が振り返る。


「みんなどこ住むんだろ卒業後」

「えー全然決めてない」

「てか寂しくない?」


周りが笑う。

その会話を聞きながら、ウィジュはなんとなくニコラスを見た。

もし卒業したら。

もし就職したら。

その時も隣にニコラスがいるんだろうか。

ふと、そんなことを考えてしまう。


そして次の瞬間、自分で少し息を止めた。

なんで今、“その先”を普通に想像したんだろう。

まるでこれからもずっと一緒にいるみたいに。


「ウィジュ?」


不意に顔を覗き込まれる。


「……っ」


近い。

ニコラスが少し笑っていた。


「またぼーっとしてる」

「してないし」

「してる」


即答。

そのあと、ニコラスが面白がるみたいに少し目を細める。


「最近ずっと何考えてんの」

「別に」

「俺のこと?」


心臓が一気に跳ねた。


「は!?」


声が裏返る。

周りが何人か振り返るくらいには大きかった。

ニコラスが吹き出す。


「反応分かりやす」

「違うし!」

「え、違うの」


絶対楽しんでる。

でも、図星だから余計苦しい。

ウィジュは慌てて荷物を掴んだ。


「……帰る」

「あ、逃げた」


笑いながらニコラスが立ち上がる。

その声を聞きながら、ウィジュは小さく息を吐いた。

だめだ。

このまま続けたら、ほんとに離れられなくなる。


その日から。

ウィジュは少しずつ、ニコラスを避け始めた。


『今日バイト?』

『うん』


短い返信。

前みたいに、そこから会話を続けない。


『迎え行こうか』

『友達と帰るから大丈夫』


そう返して、スマホを伏せる。

胸の奥が少し痛い。

でも、これ以上好きになりたくなかった。

ゼミ終わりも、わざと別の友達の輪へ入る。


「ウィジュご飯行く?」

「行く」

「ニコラスは?」

「知らない」


自分でも、ちょっと冷たいと思う。

でも、隣にいるだけで期待してしまう。

優しくされるたび、“もしかして”って思ってしまう。

そんな自分が怖かった。


数日後。

学食。


「ウィジュ今日こっち座ろー」


友達に呼ばれて、ウィジュはそのまま空いている席へ座る。

少し離れた場所に、ニコラスがいるのが見えた。

こっちを見ている。

でもウィジュは気づかないふりをした。

そのまま友達と話す。

笑って普通に過ごす。

なのに、視線だけずっと気になる。


帰り際。


「じゃあまたねー」


友達と別れて、 ウィジュは一人で廊下を歩いていた。

窓の外はもう暗い。

人通りも少なくて、静かだった。


その時。


「ウィジュ」


後ろから声が落ちる。

振り返る前に、ぐっと腕を引かれた。


「……っ」


次の瞬間、背中へ体温がぶつかる。

後ろから抱きしめられている。


「ニ、コ……」


心臓が一気に跳ねる。

ニコラスの腕が、腰のあたりへ回っていた。

逃げられないくらい近い。


「最近避けてる?」


耳元で低い声がする。

少し拗ねたみたいな、でも怒ってるみたいな声。

ウィジュは言葉に詰まった。


「別に……」

「別に、じゃない」


すぐ返ってくる。

腕に少し力が入った。


「他のやつとばっかいる」


その言い方が、思ったよりずっと不機嫌で、胸の奥がぎゅっとなる。


「……ニコ」

「恋人ごっこ、もう終わり?」


その瞬間、呼吸が止まりそうになった。

終わらせたいわけじゃない。

むしろ逆だ。

終わったら、もう隣にいられなくなる。

でも、このまま続けたらもっと好きになる。


ウィジュはすぐ答えられなかった。

すると後ろから、ニコラスが少しだけ顔を埋めるみたいに肩へ額を寄せた。


「……やなんだけど」


小さく落ちた声。

冗談みたいな言い方なのに、全然笑えなかった。

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