放課後。
ゼミ終わりの教室には、まだ何人か学生が残っていた。
前の方では卒業後の話で盛り上がっている声が聞こえる。
「え、地元戻るの?」
「まだ迷ってる」
「就職どこにするかで変わるよねー」
そんな会話をぼんやり聞きながら、ウィジュはパソコンを閉じた。
隣ではニコラスが、教授から返された資料を適当にまとめている。
「ウィジュ帰る?」
「うん」
「じゃ、俺も」
当たり前みたいな声。
それがもう、最近は自然すぎて怖かった。
最初は、“恋人のフリ”だっただけなのに。
気づけば、帰り道も、ご飯も、迎えも。
全部、隣にニコラスがいるのが普通になっている。
「そういえばさー」
前の席の友達が振り返る。
「みんなどこ住むんだろ卒業後」
「えー全然決めてない」
「てか寂しくない?」
周りが笑う。
その会話を聞きながら、ウィジュはなんとなくニコラスを見た。
もし卒業したら。
もし就職したら。
その時も隣にニコラスがいるんだろうか。
ふと、そんなことを考えてしまう。
そして次の瞬間、自分で少し息を止めた。
なんで今、“その先”を普通に想像したんだろう。
まるでこれからもずっと一緒にいるみたいに。
「ウィジュ?」
不意に顔を覗き込まれる。
「……っ」
近い。
ニコラスが少し笑っていた。
「またぼーっとしてる」
「してないし」
「してる」
即答。
そのあと、ニコラスが面白がるみたいに少し目を細める。
「最近ずっと何考えてんの」
「別に」
「俺のこと?」
心臓が一気に跳ねた。
「は!?」
声が裏返る。
周りが何人か振り返るくらいには大きかった。
ニコラスが吹き出す。
「反応分かりやす」
「違うし!」
「え、違うの」
絶対楽しんでる。
でも、図星だから余計苦しい。
ウィジュは慌てて荷物を掴んだ。
「……帰る」
「あ、逃げた」
笑いながらニコラスが立ち上がる。
その声を聞きながら、ウィジュは小さく息を吐いた。
だめだ。
このまま続けたら、ほんとに離れられなくなる。
その日から。
ウィジュは少しずつ、ニコラスを避け始めた。
『今日バイト?』
『うん』
短い返信。
前みたいに、そこから会話を続けない。
『迎え行こうか』
『友達と帰るから大丈夫』
そう返して、スマホを伏せる。
胸の奥が少し痛い。
でも、これ以上好きになりたくなかった。
ゼミ終わりも、わざと別の友達の輪へ入る。
「ウィジュご飯行く?」
「行く」
「ニコラスは?」
「知らない」
自分でも、ちょっと冷たいと思う。
でも、隣にいるだけで期待してしまう。
優しくされるたび、“もしかして”って思ってしまう。
そんな自分が怖かった。
数日後。
学食。
「ウィジュ今日こっち座ろー」
友達に呼ばれて、ウィジュはそのまま空いている席へ座る。
少し離れた場所に、ニコラスがいるのが見えた。
こっちを見ている。
でもウィジュは気づかないふりをした。
そのまま友達と話す。
笑って普通に過ごす。
なのに、視線だけずっと気になる。
帰り際。
「じゃあまたねー」
友達と別れて、 ウィジュは一人で廊下を歩いていた。
窓の外はもう暗い。
人通りも少なくて、静かだった。
その時。
「ウィジュ」
後ろから声が落ちる。
振り返る前に、ぐっと腕を引かれた。
「……っ」
次の瞬間、背中へ体温がぶつかる。
後ろから抱きしめられている。
「ニ、コ……」
心臓が一気に跳ねる。
ニコラスの腕が、腰のあたりへ回っていた。
逃げられないくらい近い。
「最近避けてる?」
耳元で低い声がする。
少し拗ねたみたいな、でも怒ってるみたいな声。
ウィジュは言葉に詰まった。
「別に……」
「別に、じゃない」
すぐ返ってくる。
腕に少し力が入った。
「他のやつとばっかいる」
その言い方が、思ったよりずっと不機嫌で、胸の奥がぎゅっとなる。
「……ニコ」
「恋人ごっこ、もう終わり?」
その瞬間、呼吸が止まりそうになった。
終わらせたいわけじゃない。
むしろ逆だ。
終わったら、もう隣にいられなくなる。
でも、このまま続けたらもっと好きになる。
ウィジュはすぐ答えられなかった。
すると後ろから、ニコラスが少しだけ顔を埋めるみたいに肩へ額を寄せた。
「……やなんだけど」
小さく落ちた声。
冗談みたいな言い方なのに、全然笑えなかった。











編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。