第15話

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2026/06/01 05:30 更新

逃げるみたいに踵を返した。


「ウィジュ!」


後ろから呼ばれる。

その声が苦しくて、振り返れなかった。

走る。

とにかく離れたかった。

胸が痛い。

息が苦しい。

さっきの言葉が、頭の中で何度も響いている。


『好きな相手にこういうことされるの普通にしんどい。』


言ってしまった。

もう、戻れないかもしれない。

友達にも。

前みたいな関係にも。

そう思った瞬間、涙が滲む。


「……っ」


最悪だ。

なんで泣きそうになってるんだ。

でも止まらない。

好きになりすぎた。

だから苦しかったのに。

階段を駆け下りて、校舎を出る。

風が冷たい。

でも頭の中はぐちゃぐちゃだった。

逃げたい。

でも、離れたくない。

矛盾した感情ばかりで息がうまくできない。

その時、


「っ……」


足がもつれる。

疲れていたせいか、上手く踏ん張れなかった。

ウィジュはそのまま、校舎裏の壁際で立ち止まる。


「は、……っ」


呼吸が乱れる。

苦しい。

涙を拭おうとしてもうまく手に力が入らなかった。


「ウィジュ……!」


後ろから、切羽詰まった声が落ちる。

次の瞬間、ぐっと腕を引かれた。


「……っ」


そのまま強く抱きしめられる。

息が止まる。

背中へ回る腕に力が入っている。

逃がさないみたいに。


「ニコ……っ」

「やだ」


低い声。

掠れている。

ウィジュは反射的に腕を押した。


「離して……っ」


でもニコラスは離れない。

むしろ、さらに強く抱き寄せてくる。


「やだ」


もう一度、小さく落ちた声。


「嫌」


その声が思ったより必死で、ウィジュは息を詰めた。


「ニコ、離し……」

「離したくない」


被せるみたいに言われる。

腕の力が強い。

力で押さえ込まれてるみたいで、心臓が苦しくなる。

でも、嫌じゃなかった。

それが余計苦しい。


「俺、距離置きたくない」


耳のすぐ近くで低い声が震える。


「ウィジュと離れたくないよ」


その言葉に、胸の奥が大きく揺れる。

ニコラスはそのままウィジュの肩を掴んだ。


「……っ」


ぐいっと身体の向きを変えられる。

ニコラスの視線がウィジュの顔で止まった。

涙。

それを見た瞬間、ニコラスが小さく息を止める。


「……っ」


掴まれていた肩に、少し力が入る。

ウィジュは反射的に顔を逸らそうとした。

でもその前にふっと距離が詰まる。


「ん……っ」


唇が重なった。

一瞬、何が起きたのか分からなかった。

ただ温かい。

近い。

頭が真っ白になる。

ニコラスの手が、頬を包むみたいに触れている。

短いキスだった。

でも、心臓が壊れそうなくらい苦しい。

離れたあとも距離が近い。

お互い呼吸が乱れている。

ウィジュは呆然としたまま、ニコラスを見た。

ニコラス自身も、少し驚いたみたいな顔をしていた。

まるで、自分でも衝動を止められなかったみたいに。

でも次の瞬間、苦しそうに眉を寄せてまたウィジュを抱きしめる。


「……泣かないで」


低い声。

掠れている。

その声が優しすぎて、余計涙が出そうになる。


「ごめん」


ニコラスが小さく息を吐く。

腕にまた力が入る。


「俺、ウィジュにこんな顔させたくない」


胸が大きく揺れる。


「離れるとか、ほんと嫌」


掠れた声。


「戻れなくなるなら、戻れなくていい」


その言葉に心臓が大きく跳ねる。

ニコラスが、また少しだけ額を寄せる。

近い。

呼吸が混ざりそうなくらい。


「俺も」


低い声。


「ウィジュのこと好きだよ」


胸の奥で何かが一気に溢れた気がした。


「……っ」


言葉が出ない。

頭が真っ白になる。

好き。

ニコラスがちゃんとそう言った。

さっきまで苦しくて、逃げたくて、どうしようもなかったのに。

今は逆に、心臓がうるさすぎて苦しい。

ウィジュは涙で滲む視界のまま、呆然とニコラスを見る。

ニコラスも少し呼吸が乱れている。

でも視線だけは、真っ直ぐだった。

逃がさないみたいに。


「……ほんと?」


やっと出た声は、情けないくらい小さかった。

掠れて、震えている。

でもニコラスはすぐ頷いた。


「ほんと」


迷いのない声。

その瞬間、また涙が滲む。


「……っ」


慌てて俯こうとした。

でもニコラスが少し困ったみたいに笑う。


「また泣く」


優しい声。

親指が頬へ触れた。

涙を拭うみたいに、そっと。

その触れ方が優しすぎて余計泣きそうになる。


「ニコのせい……」


掠れた声でそう言うと、ニコラスが小さく息を漏らした。

そのまままたウィジュを抱きしめる。

今度はさっきみたいに強引じゃない。

でも離したくないって伝わる抱きしめ方だった。


「好きだよ」


耳の近くで、もう一度低い声が落ちて胸の奥へじわっと広がる。

苦しかったものが、少しずつ溶けていくみたいだった。

ウィジュはぎゅっと目を閉じる。

嬉しい。

信じられない。

でも、夢じゃない。

ニコラスの体温が、ちゃんと近くにある。

ウィジュは少しだけ震える手で、そっとニコラスの服を掴んだ。

そのまま、弱く抱きしめ返す。

するとニコラスの腕に少しだけ力が入った。


「……ニコ」

「うん」

「好き」


小さな声。

でもちゃんと届く距離だった。


「俺も、ニコのこと好き」


言った瞬間、また涙が滲みそうになる。

でも今度は苦しい涙じゃなかった。

ニコラスが小さく息を飲む。

そのあと、何も言わずにウィジュを抱き寄せた。

さっきまでみたいな必死に繋ぎ止める抱きしめ方じゃない。

でも、離したくないって分かる。

ウィジュはその胸へ顔を埋めながら、ぎゅっとニコラスの服を掴んだ。

夜風は冷たいのに、ニコラスの腕の中だけ妙に温かかった。

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