第7話

沈黙の花
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2025/06/01 10:06 更新


書庫の奥。
陽の届かぬその空間で、ウィンウィンは仮面を磨いていた。



何枚もある仮面の中から、今日の“顔”を選ぶ。
王と王子たちだけに与えられた、特注の仮面。
蓮の美しい模様が彩られる仮面を手に取る。




その蓮は、まるで感情のない湖に浮かぶように
完璧で、冷たく、美しかった。








ウィンウィンは、静かにその面を顔に当てる。
すっと、心が空になる。









ウィンウィン
ウィンウィン
これでいい。これで、王の補佐になれる





日々、クンの補佐として、彼は言葉少なに政務をこなしていた。


誰よりも正確に、誰よりも早く、命令を処理する。
心を持たない人形のように。





それは、ウィンウィン自身が選んだ姿だった。


















ある日、兵士から反逆者の報告があった。


“仮面を外した民、二名。母と娘。処罰を待つ”

「公開制裁に回すか、密かに処理するか。ご判断を」










クンはわずかに眉をひそめた。
だが何も言わず、視線をウィンウィンに送った。


ウィンウィンは、仮面の奥で目を閉じる。









――母と娘。
彼の記憶の中にも、母という存在は遠い蜃気楼だった。



いつも王妃の気配は希薄で、気がつけば六人は父の影で育てられていた。



それでも、ほんの一瞬。
一度だけ、母が彼の髪を梳いてくれた記憶がある。
あの温かさだけは、消えない。











ウィンウィン
ウィンウィン
密処理を。
公開制裁は、民の動揺を誘う。
幼い娘が含まれているなら、内部で記録を抹消した上で処罰を



クンは頷いた。
その冷静な判断を、王は求めていた。



ウィンウィンの中で、何かがひび割れる音がした。
だが、それを表には出さない。











夜。
王子たちの部屋の奥、鍵のかかった扉の向こうに、
ウィンウィンの“誰にも見せぬ顔”があった。




その手には、小さな紙。
処罰を下された親子の記録。
そこには、娘の描いた“顔のある母親”の絵が残されていた。






笑っていた。
それだけだった。






仮面のない、ただの顔。
それが、こんなにも切なく、美しいものだったのか。









ウィンウィン
ウィンウィン
ただ、兄上を支えるために……僕が、そう在るしかなかっただけ


朝。
彼はまた、完璧な仮面をかぶって玉座の間に立つ。





王に仕える冷徹な右腕として、
心を捨てた“沈黙の蓮”として。





けれどその奥で、今もなお、
人の微笑みに揺れる“優しいまなざし”が、確かに残っていた。













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