夕刻、四季神社の境内は秋の陽光に包まれていた。
竹箒が石畳をなでる「サッ、サッ」という乾いた音が、静寂の中に規則正しく響く。四季礼花は、出張先の大火災で足止めを食らっている夫・凍夜を想い、小さく溜息をついた。
その予感に応えるように、石段の下から二つの足音が聞こえてきた。
一人は制服を乱暴に着崩し、溢れんばかりの生命力を撒き散らす末娘芦花そしてもう一人は彼女に腕をがっしりと掴まれ柳のように力なく引きずられている少年蓮華
礼花は箒を止め、目を細めた。
芦花が瞳を輝かせて言う傍らで、蓮華が死んだ魚のような目で告げた。
蓮華が芦花の拘束から逃れようと身をよじった瞬間、芦花の手に力がこもる。
ジタバタする蓮華を難なく制圧した芦花の身体から爆発的なオーラが噴き出した。超スピードの移動に引きずられ、蓮華の身体が宙に浮く。
少年の抗議は、山に響く風の音にかき消されていった。
その言葉が終わらぬうちに、境内に閃光が走った。
そこに立っていたのは、長女月花。呼吸一つ乱さず、完璧な優等生の微笑みを浮かべている。
礼花の目が、静かな威圧感を孕んで細められた。月花は臆することなく、可憐に小首をかしげる。
礼花の雷が落ちるが、月花はすでに「弟」の気配を察知して背を向けていた。
光速で消えた娘の残像を見つめ、礼花は深い溜息をついた。
千年の歴史を持つ四季神社。一見すれば睦まじい家族の風景。だがその実態は、一人の無能な弟を巡り才能あふれる姉たちが己の義務すら放り出して狂奔する、歪な愛の巣窟であった。
神社から遠く離れた、深い森林。
沈んだ表情の雪花
帰宅の途を外れ、森へと足を踏み入れたのは、家の中に自分の居場所を見出せなかったからだ。
完璧な月花、天賦の才を持つ芦花。光り輝く姉妹の間で、四神との相性に苦しむ自分はいつも四季家のなり損ないとして影に潜んでいた。
愛おしい弟の顔を思い浮かべたその時、静寂を破る場違いな声が響いた。
茂みをかき分け現れたのは、三女・桜花だった。
髪を奇抜な色に染め、芝居がかったポーズで立ち止まる。
雪花の鋭い声が、妹の言葉を遮った。溜め込んでいた感情が、一気に溢れ出す。
雪花の声と「蓮華」の名が出た瞬間、桜花の口角から余裕が消えた。染めた髪を揺らし、鋭い視線で姉を射抜く。
雪花の声が震える。
森に桜花の絶叫が木霊した。
雪花は絶句した。自分と同じ痛みを、この妹は「狂気」という盾で守っていたのだ。
しかし雪花の瞳に、冷徹な青い闘気が宿った。
自分を否定されるのは慣れている。だが、自分と蓮華の絆を「甘え」と断じられたことは、彼女の逆鱗に触れた。
背を向けて去ろうとする妹。その背中に、雪花は覚悟を決めて告げた。
桜花が足を止める。
瞳に決意を宿した。
夕焼けが迫る森の中で二人の居場所なき姉による、哀しき決闘の火蓋が切られた。
彼女たちが求めているのは勝利ではない。ただ一人、自分を否定しないあの少年の元へ、胸を張って帰るための「理由」だったのかもしれない。
桜花の声が響いた瞬間、彼女の姿が掻き消えました。超常的な速度で雪花の眼前に詰め寄った彼女の左上には型の回転弾幕が浮遊しています。
放たれた弾幕。しかし雪花はそれを紙一重で回避し桜花の背後へ回り込みました。その手には周囲の湿気を一瞬で凍らせた鋭い氷の礫が握られている。
雪花は叫んだ。その声には、自分自身の不甲斐なさへの怒りも混ざっている。
放たれる氷の弾幕。桜花は歯を食いしばり、咄嗟に振り返り
桜花が投げ返した桜の手裏剣と氷の礫が空中ですれ違い、あるいは衝突し、火花のようなオーラを散らして砕け散る。
桜花の叫びを遮るように、雪花は地面を蹴り一気に距離を詰めその細い体で桜花の肩を強く突き飛ばします。
雪花はさらに体重をかけ、妹を押し込む
桜花が力を込めると、雪花の体がわずかによろけました。しかし、雪花は冷徹に言い放ちます。
ドォォォ、と重い衝撃が雪花を襲
雪花は直感しました。このままでは泥沼になる。彼女は、手元に氷塊の弾幕を生成しました。
桜花も桜の弾幕を生成する
雪花は奥歯を噛み締め
弾幕が衝突した瞬間――。
予期せぬ事態が起きた。雪花の氷塊が、桜花の桜の弾幕に弾かれ、制御を失って跳ね返ったのです。
鈍い衝撃。雪花の体は木の幹へと吹き飛ばされ、後頭部を強打しました。
乾いた音と共に、頭から鮮やかな血が出てくる。
桜花が我に返り、駆け寄ります。ぐったりと横たわり、頭から血を流す姉。その惨状に、桜花の精神は限界を超えて軋みました。
震える手で自分の服を掴み、桜花は後ずさりする
逃げるように、桜花は森の奥へと走り去りました。残されたのは、静まり返った森と倒れる雪花だけ。
遠ざかる足音を聞きながら、雪花は薄く目を開けました。視界が赤く染まり、意識が遠のいていく。
口の中に広がる鉄の味。身体の痛みよりも、心が真っ二つに割れたような痛みが襲う
自分を肯定してくれる唯一の弟、蓮華。
その彼を守るための強さすら持てなかった自分。
雪花は、冷たくなっていく地面に身を任せ、暗い眠りへと落ちていきました。
桜花が帰ってきた後。一方、四季神社
四季神社。
桜花が泥だらけの服で帰宅し礼花が問い詰めていました。桜花は泣きながら事の顛末を話し、家の中は怒りと心配でパニックになります。泣きながら事情と事の顛末を話すと家の中は蜂の巣をつついたような騒ぎになる。
家族の関心は「行方不明の雪花」と「家で守るべき蓮華」に二分
桜花の告白を受け礼花は叫びます。
月花が山へ、芦花が周辺の捜索へ向かう際、蓮華は必死に訴えました。
蓮華も立ち上がります。
蓮華は手伝うと言い出すが家族の反応は冷淡……いや、あまりにも過保護だった
月花が蓮華の肩を強く掴みました。その瞳には、弟を愛するがゆえの狂気が宿っています。
しかし月花は蓮華の肩を強く掴み、言い聞かせるように言いました。
礼花も、震える手で蓮華の頬を撫でました。
家族にとって、蓮華は自分たちが守り抜くことでしか保てない精神的支柱であり自分たちの歪みを肯定し癒してくれる弟でした。
礼花たちは「あなたまで何かあったら……」と彼を自室に留めました。
無能扱いされ、足手まといだと断じられる言葉。
蓮華はショボンとした表情を浮かべ
蓮華はショボンとした表情で「わかった……」と言い、力無く自室に下がり戻りました。
夜中
闇夜が支配する山中、静寂を切り裂くのは自身の頼りない足音だけ
彼女の脳裏に浮かぶのは最愛の弟の顔でした。
雪花は力なく呟いた。
意識が遠のく中、彼女の脳裏に蘇ったのは、いつか部屋で蓮華が語ったあの言葉でした。
『そんな大層なことがなくても、ただ食って寝るだけでもいい。……生きてる価値なんて勝手に生まれるもんだよ』
自嘲気味に笑い、足を取られ、雪花は転倒しその場に崩れ落ちました。仰向けになり、重い瞼を上げると、じわりと夜空が広がる視界が涙で滲む
すべてを諦め投げ出そうとしたその時。
低く、けれど透き通るような男性の声が響きました。
雪花が顔を上げると、そこには夜闇の中で淡く輝く、銀髪銀眼の青年が立っていました。背中には、神々しい六つの翼。
これが私とパトの出会いでした。私が蓮華の予言を否定し、すべてを諦めようとしていた時、彼が現れ声をかけられたんです
パトが静かに問いかけます。雪花はその圧倒的な存在感に、頬を赤く染めました。
今でも覚えてる……私はちゃんと返事ができなかった
次の瞬間、パトは雪花の目の前に移動していました。
パトが手をかざすと、中性子を描くような光の粒子が現れ、雪花を包み込みました。彼女の怪我を癒す。光が止んだ時、流れていた血も、裂けた傷跡も、跡形もなく消え去っていましたその優しさに触れた瞬間、雪花の脳裏で蓮華の言葉が結晶となって輝く
パトへの恋心。それは、蓮華が彼女の心に植え付けた「救いの予感」が具現化した瞬間でもありました。
(嬉しい気持ち、恥ずかしい気持ち、人がいる安心感……パトの眼の優しさ。そう、私は初めて人に恋をした。最悪だった出来事を忘れさせてくれた、幸せの時間であり蓮華への申し訳なさと、目の前の人への高鳴りが、私の胸の中でぐちゃぐちゃになっていた幸せの時間でした)
背を向けたパトに、雪花は慌てて声を上げました。
パトは振り返る
パトは少し意外そうにしながらも、快く頷きました。
雪花の体がふわりと浮き上がりました。パトに抱き上げられ、一気に雲の上へ。
パトは苦笑して少し高度を下げました。地上数百メートルの、ビル群を見渡せる高さ。
雪花はようやく見慣れた神社の屋根を見つけました。
一方。四季家
居間では礼花が、桜花を厳しく叱っていました。
月花が光速で戻ってきますが、その表情は暗いものでした。
月花がと報告し、絶望的な空気が流れていました。
絶望が家族を覆いかけたその時、その沈黙を外から芦花の叫び声が響き突き破る。
礼花は弾かれたように玄関へ駆け出しました。
そこには、銀髪の青年に守られるようにして立つ雪花の姿がありました。
礼花は泣きながら雪花を抱きしめる。
泣きながら抱き合う母娘。月花も、芦花も、そして罪悪感に押しつぶされそうだった桜花も、安堵の涙を流して彼女を囲みます。
騒がしい玄関。雪花がパトに助けてもらったと事情を話し話を聞き、家族がパトという存在に意識を向けている最中その輪の外側。蓮華がバタバタと階段を降りてきました。バタバタと階段を駆け下りてきた蓮華は玄関付近で、無事な姉の姿を確認すると、蓮華はわざとらしくホッとした溜息をつき独り言を漏らしました。
無事な雪花を見て独り言を漏らす蓮華。家族から見れば姉の無事を心から喜ぶ健気な弟。どれほど彼が姉を想い、身を焦がしていたか。
その純粋すぎる安堵の声に、礼花の母性は激しく揺さぶられました
芦花は蓮華の元へ駆け寄りその袖をぎゅっと掴みました。
罪悪感で顔を上げられなかった桜花は、蓮華の声に弾かれたように顔を上げました。自分があれほど酷いことをして雪花を傷つけたのに、蓮華は責める言葉一つ吐かず、ただ無事に安堵している。その無関心なまでの肯定が今の桜花には何よりも重い救いとなり、同時に彼への消えない執着へと変わりました。
月花は蓮華の横顔をじっと見つめました。彼女にとって蓮華は自分が汚い世界から守り抜かなければならない弟
その彼にこれほどの心労をかけさせた事実に、雪花への安堵と同時にある種の独占欲と加虐心が混ざった歪な愛着が疼く
雪花は蓮華の声を聞いた瞬間、自分を繋ぎ止めていた思い出が胸の中で熱く脈打つのを感じ雪花の声は震えていました自分が死を覚悟した時、真っ先に謝りたかった相手。
だが蓮華のその瞳に宿っていたのは、パトの銀髪を、そして雪花の頬の赤らみを、冷徹なまでに確認する冷ややかな光でした。
蓮華は一瞬だけ、その無機質な喜びを噛み締めると、瞬時にいつもの弟の仮面を被り直しました。そして、パトに向き直り蓮華は静かに真っ直ぐにパトのもとへ歩み寄り、瞳に、底知れない好奇心を隠しながら感謝を彼は深々と頭を下げました。
丁寧な感謝の言葉。その少年の誠実な姿に、家族たちは改めてやっぱり蓮華は天使みたいに優しい子だ。この子が悲しまずに済んで、本当にパトさんには感謝しなきゃと蓮華への愛着をさらに深めます。
けれど、蓮華が顔を上げたその一瞬、彼の瞳はパトという存在を、そしてこれからの運命を、恐ろしいほど冷静に観察していたその奥底には、家族さえも知らない??
?としての冷徹な期待が、暗く、熱く、渦巻く
一歩踏み出し、パトを仰ぎ見る蓮華。その瞳は、純粋な感謝と、少しの気後れ、そして家族を救ってくれた英雄への憧れだった
その声の震えと謙虚な態度。そばで見ていた月花や芦花達の胸に、キュッと締め付けられるような愛しさが込み上げます。
その少年の頭頂部を見つめるパトは、まだ気づいていない。自分を拾ったこの少年の感謝の言葉が、純粋な善意だけではないことを。
家族は心の中でそう叫び、パトへの感謝と同じくらい、蓮華への保護欲をさらに強く、深く、狂わせていくことになります。
パトは、そんな蓮華の言葉を真っ直ぐに受け止めました。
蓮華の中に潜む???が、静かに歓喜の産声を上げていました。
家族全員の意識がパトという恩人いや恩神に向いている中、二人きりの一瞬まだ火照った顔の雪花に後ろから蓮華がひょいと顔を出す。さっきまでの神妙な態度はどこへやら、その瞳には少年らしい、けれどどこか底知れない悪戯心が宿っている。蓮華は声を極限まで潜め、雪花の耳元でこそっと、けれど確信を持って囁く
その問いに、雪花の肩がびくんと跳ねました。その言葉の意味を、彼女が理解できないはずもありませんでした。かつて、自分の部屋で絶望していた時に蓮華が言ったあの言葉の記憶がパトに抱きしめられた温もりと重なって、彼女の胸を激しく叩きました。。図星を突かれた雪花は、頬がまたたく間に朱に染まり顔が沸騰しそうなほど真っ赤になり慌て視線が泳ぐ雪花
蓮華はクスクスと肩を揺らします。その瞳は予言を的中させた預言者のような優越感と、それを見物する読者のような冷ややかさが混ざり合っていました。
雪花は自分を許してくれた元凶である弟を愛おしそうに見つめました。
雪花は自分の胸元をぎゅっと握りしめます。
雪花はそう言って、照れくさそうに、けれど慈愛に満ちた笑みを蓮華に向けました。彼女にとって蓮華は、自分に恋をする権利を与えてくれた恩人であり、この初恋を一番に報告したい大切な、たった一人の理解者でした。
しかし雪花は蓮華のその真っ直ぐな瞳に、言いようのない感情を覚えました。かつてもしそんな人が現れなかったら?と聞いた時、蓮華は僕がずっと隣で飯の感想を言ってるよと笑ってくれました。その言葉があったから、彼女は今日まで生きられた。
心の中で誓います。雪花の瞳に宿ったのは、純粋な恋心と、それを肯定してくれた弟への底なしの依存が混ざり合った、歪で強固な決意の光でした。
そんな姉の、あまりにも「計画通り」な反応を間近で見て、蓮華は満足げに目を細めます。
蓮華はその言葉を聞き、少しだけ悪戯っぽい笑みを深めました。
まるで、罠にかかった愛おしい小動物を愛でるような、どこか空虚でけれど完璧な慈愛の仕草で3人を見送りながら蓮華は楽しげに歩き出す。しかし、その内心では全く別の思考が脈動しています。
客間へ向かう礼花とパトの背中を見送り2人についていく雪花は初恋の熱に浮かされ、蓮華は物語の進展に酔いしれ自室へと戻る。
闇夜の静寂が、パトという異物の介入によって、劇的に塗り替えられていきました。玄関先で深々と頭を下げた蓮華。その姿は、家族を想う献身的な弟そのものでした。しかし、その内面には、家族の誰もが気づかない冷徹な観測者の視点が同居していた。
時間は巻き戻り話は蓮華が自室へ戻るとこへ
蓮華はショボンとした表情でわかったと言い、自室に戻りました。しかし、部屋のドアを閉めた瞬間、蓮華の顔から可愛い弟の仮面が剥がれ落ちその表情は一変した。蓮華はワクワクした様子で震える手で携帯を取り出し前世からの友人たちへ電話をかけた。その口角は、歓喜に震えて吊り上がっている
それは蓮華という物語の終焉か、それとも???としての始まりか。
蓮華の口調は、四季家の家族に向ける甘えたものとは似ても似つかない
それは蓮華という物語の終焉か、それとも「???」としての始まりか。
蓮華は窓の外を見つめパトたちが降り立つであろう空を見上げて、不敵に薄く笑いました。
蓮華の瞳には、四季家の弟としての面影はありません。
電話の向こうの友人が何かを尋ねたのか、蓮華は少し面倒そうに首を振りました。
冷徹に、そして楽しげに未来を語るその姿は、家族の前で見せる無垢な少年とは完全に別人だった。
電話を切った蓮華は、鏡に映る自分の顔を無機質に見つめました。自室の座布団に座る













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!