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第4話

第三話
35
2026/02/21 08:44 更新
夕刻、四季神社の境内は秋の陽光に包まれていた。
竹箒が石畳をなでる「サッ、サッ」という乾いた音が、静寂の中に規則正しく響く。四季礼花は、出張先の大火災で足止めを食らっている夫・凍夜を想い、小さく溜息をついた。
四季礼花
凍夜さんは今夜も戻れない……。さて、そろそろあの子たちが帰ってくる時間かしら
その予感に応えるように、石段の下から二つの足音が聞こえてきた。
一人は制服を乱暴に着崩し、溢れんばかりの生命力を撒き散らす末娘芦花そしてもう一人は彼女に腕をがっしりと掴まれ柳のように力なく引きずられている少年蓮華
四季芦花
ただいまー、お母さん!
蓮華
蓮華
…ただいま。礼さん
礼花は箒を止め、目を細めた。
四季礼花
芦花、今日もまっすぐ帰ってきたのね。蓮華と一緒に
四季芦花
うん! 今日は月花姉に新技の特訓に付き合ってもらう約束なんだ!
芦花が瞳を輝かせて言う傍らで、蓮華が死んだ魚のような目で告げた。
蓮華
蓮華
……今日も校門で待ち伏せされてたんだ。僕はもう疲れた。部屋に戻って課題やって寝るよ
蓮華が芦花の拘束から逃れようと身をよじった瞬間、芦花の手に力がこもる。
四季芦花
とりあえず準備するから先に行くね! 蓮華、行くよっ!
蓮華
蓮華
おい、離せや。僕は行かないって……
四季芦花
だめだよ蓮華!少し太ったでしょ、さっき触った時にわかったからね
ジタバタする蓮華を難なく制圧した芦花の身体から爆発的なオーラが噴き出した。超スピードの移動に引きずられ、蓮華の身体が宙に浮く。
蓮華
蓮華
離せって言ってんだろぉぉ……!
少年の抗議は、山に響く風の音にかき消されていった。
その言葉が終わらぬうちに、境内に閃光が走った。
四季月花
お母さん、ただいま!
そこに立っていたのは、長女月花。呼吸一つ乱さず、完璧な優等生の微笑みを浮かべている。
四季礼花
月花……。塾はどうしたのかしら?
礼花の目が、静かな威圧感を孕んで細められた。月花は臆することなく、可憐に小首をかしげる。
四季月花
ああ、今日は塾の設立記念日でお休みなんだよ♪
礼花の雷が落ちるが、月花はすでに「弟」の気配を察知して背を向けていた。
四季月花
それじゃあ、芦花と蓮華が待ってるから行ってきまーす!
四季礼花
こら! まだ話は終わってない……って、もういないわね
光速で消えた娘の残像を見つめ、礼花は深い溜息をついた。
四季礼花
まったく、あの子のサボり癖は誰に似たのかしら。……さて、晩御飯の支度をしましょうか。(雪花と桜花も、今日は遅いのかしらね……)
千年の歴史を持つ四季神社。一見すれば睦まじい家族の風景。だがその実態は、一人の無能な弟を巡り才能あふれる姉たちが己の義務すら放り出して狂奔する、歪な愛の巣窟であった。
神社から遠く離れた、深い森林。
沈んだ表情の雪花
四季雪花
ハァ……何やってるんだろ、私
帰宅の途を外れ、森へと足を踏み入れたのは、家の中に自分の居場所を見出せなかったからだ。
完璧な月花、天賦の才を持つ芦花。光り輝く姉妹の間で、四神との相性に苦しむ自分はいつも四季家のなり損ないとして影に潜んでいた。
四季雪花
こんな出来損ないの蓮華はまだ褒めてくれるのかな……。あの子だけは、私を……
愛おしい弟の顔を思い浮かべたその時、静寂を破る場違いな声が響いた。
四季桜花
おやおや? そこにいるのは我が姉ではないかね?
茂みをかき分け現れたのは、三女・桜花だった。
髪を奇抜な色に染め、芝居がかったポーズで立ち止まる。
四季雪花
桜花……。こんなところで何してんの?
四季桜花
ふふふ。今日こそは、我が『桜の演舞』を完成させるための
四季雪花
桜花!!
雪花の鋭い声が、妹の言葉を遮った。溜め込んでいた感情が、一気に溢れ出す。
四季雪花
いい加減にしなよ! わけのわからないことばかり言って、帰りも遅くて、蓮華に甘えて心配させて! 学校もサボって成績は最下位……家で待ってる皆や蓮華に、どれだけ心配をかけてると思ってるの!……何がしたいの、一体!
雪花の声と「蓮華」の名が出た瞬間、桜花の口角から余裕が消えた。染めた髪を揺らし、鋭い視線で姉を射抜く。
四季桜花
心配? 逆よ、雪花ちゃん。蓮華だけは、私のこの『演舞』を笑わなかった。家族の誰もが私を腫れ物みたいに扱う中で、あの子だけが私の隣にいてくれたの。……蓮華は、私の魂の理解者よ。貴女みたいな『良い子』を演じて、あの子の同情を買ってる人にはわからないでしょうけど……雪花ちゃんならわかるでしょ。落とし子の気持ちが。努力しても、努力しても、月花姉や芦花ちゃんに突き放されていく絶望が
四季雪花
……同情? 私はただ、あの子にこれ以上、家族の歪みを背負わせたくないだけよ!
雪花の声が震える。
四季雪花
貴女が学校をサボって変な色に髪を染めて……そんな姿を見せるたび蓮華がどんな顔をしてるか知ってる!? あきらめたように笑ってでもどこか悲しそうに貴女を肯定して……。あの子にそんな顔をさせる貴女が、許せない!
四季桜花
じゃあ何しろって言うのよ!!
森に桜花の絶叫が木霊した。
四季桜花
負けることが決まっている戦いをずっと続けろと!? 私は私は雪花ちゃんみたいにはなりたくない! 全部が中途半端で、結果も出せないまま、家の中で蓮華に慰めてもらうだけの家畜にように縛られるのは御免よ! 私は、私自身の力で蓮華に相応しい存在になりたいの。今のままじゃ、あの子の隣に立つのすらおこがましいわ!
四季雪花
桜花……
四季桜花
私は卒業したら、すぐにでもこの家を出ていくわ!蓮華も連れていきたいくらいだけど……今はまだ、あの子を養う力がない。だからこそ、私は私の幸せを見つけるわ。雪花ちゃん、貴女みたいに『家』に縛られて、蓮華の優しさに甘え腐ってるだけの姉さんに邪魔はさせない!
雪花は絶句した。自分と同じ痛みを、この妹は「狂気」という盾で守っていたのだ。
しかし雪花の瞳に、冷徹な青い闘気が宿った。
自分を否定されるのは慣れている。だが、自分と蓮華の絆を「甘え」と断じられたことは、彼女の逆鱗に触れた。
背を向けて去ろうとする妹。その背中に、雪花は覚悟を決めて告げた。
四季雪花
……わかった。なら、勝負にしましょう。
桜花が足を止める。
四季雪花
貴女が勝ったら、好きにすればいい。……でも、私が勝ったら、せめてちゃんとした生活をして。サボるのも、蓮華を不安にさせるのもこれ以上蓮華の心をかき乱すのはやめてもらうわ。
四季桜花
……わかった。いいよ。私が勝ったら、二度と私に干渉しないで…勝った方が、蓮華の一番の理解者。いいわね、雪花ちゃん
瞳に決意を宿した。
四季桜花
いくよ!!
四季雪花
ええ、いいわよ。……来なさい、桜花
夕焼けが迫る森の中で二人の居場所なき姉による、哀しき決闘の火蓋が切られた。
彼女たちが求めているのは勝利ではない。ただ一人、自分を否定しないあの少年の元へ、胸を張って帰るための「理由」だったのかもしれない。
四季桜花
行くよ!!
桜花の声が響いた瞬間、彼女の姿が掻き消えました。超常的な速度で雪花の眼前に詰め寄った彼女の左上には型の回転弾幕が浮遊しています。
四季桜花
四季符春式・桜手裏剣
放たれた弾幕。しかし雪花はそれを紙一重で回避し桜花の背後へ回り込みました。その手には周囲の湿気を一瞬で凍らせた鋭い氷の礫が握られている。
四季雪花
あんたは目の前のことしか見えてないからわからないんだよ!!蓮華がどれだけあんたの身勝手な振る舞いに心を痛めてると思ってるの!? あんたを肯定してくれるあの子の優しさに、あぐらをかいてるだけじゃない!!
雪花は叫んだ。その声には、自分自身の不甲斐なさへの怒りも混ざっている。
四季雪花
何もわからない未熟者のくせに、偉そうなこと言うな!!
放たれる氷の弾幕。桜花は歯を食いしばり、咄嗟に振り返り
四季桜花
このっ!!
桜花が投げ返した桜の手裏剣と氷の礫が空中ですれ違い、あるいは衝突し、火花のようなオーラを散らして砕け散る。
四季桜花
雪花ちゃんだって未熟者でしょ! 偉そうなこと言わないで!!蓮華に『雪花姉』って呼んでもらって、自分の不甲斐なさを慰めてもらってるだけじゃない!!
桜花の叫びを遮るように、雪花は地面を蹴り一気に距離を詰めその細い体で桜花の肩を強く突き飛ばします。
四季雪花
未熟者よ! でもね、あんたが落ちぶれていくのを黙って見過ごすほど、未熟じゃないわよ!!
雪花はさらに体重をかけ、妹を押し込む
四季雪花
ほら、押し返してみなよ!!
四季桜花
……なめないで!!
桜花が力を込めると、雪花の体がわずかによろけました。しかし、雪花は冷徹に言い放ちます。
四季雪花
全然力がない。口だけなの?あの子を守るって言いながら、この程度なの?
四季桜花
うるさい!! いつもいつも、そうやってお姉ちゃん面して……っ! 雪花ちゃんは私と同じ双子でしょ!!
四季桜花
同じ双子なのに……私に説教しないで!!
ドォォォ、と重い衝撃が雪花を襲
四季雪花
(……っ!? なに、この力。どんどん強くなって……!)
雪花は直感しました。このままでは泥沼になる。彼女は、手元に氷塊の弾幕を生成しました。
四季雪花
(もう決着をつけてあげないと。桜花も体力が限界のはず……)
四季桜花
……私を、それで殴るつもり?蓮華が見たら、なんて言うかな!!
桜花も桜の弾幕を生成する
四季桜花
なら、私だって遠慮しない……!!
雪花は奥歯を噛み締め
四季雪花
(うまく、これで気絶して……!)
弾幕が衝突した瞬間――。
予期せぬ事態が起きた。雪花の氷塊が、桜花の桜の弾幕に弾かれ、制御を失って跳ね返ったのです。
四季桜花
あ……
鈍い衝撃。雪花の体は木の幹へと吹き飛ばされ、後頭部を強打しました。
乾いた音と共に、頭から鮮やかな血が出てくる。
四季桜花
雪花ちゃん……!?
桜花が我に返り、駆け寄ります。ぐったりと横たわり、頭から血を流す姉。その惨状に、桜花の精神は限界を超えて軋みました。
四季桜花
雪花……だって……雪花ちゃんが……攻撃するから……!蓮華に……蓮華に怒られる……私のせいじゃない……
震える手で自分の服を掴み、桜花は後ずさりする
四季桜花
私、知らない!! 私が勝ったんだもん!! これで自由なんだから! 文句言わせないから……!!……蓮華だって、勝った私を選んでくれるはずだもん!!
逃げるように、桜花は森の奥へと走り去りました。残されたのは、静まり返った森と倒れる雪花だけ。
四季雪花
負けちゃった……
遠ざかる足音を聞きながら、雪花は薄く目を開けました。視界が赤く染まり、意識が遠のいていく。
四季雪花
私……桜花にも、勝てなくなってる。あんなに、あの子より頑張って修行して、勉強して……必死に頑張ってたのに
口の中に広がる鉄の味。身体の痛みよりも、心が真っ二つに割れたような痛みが襲う
四季雪花
もう嫌だ。……こんな世界……蓮華、ごめんね。こんなに弱いお姉ちゃんで。このまま、死んでしまえれば……どれだけ楽か……
自分を肯定してくれる唯一の弟、蓮華。
その彼を守るための強さすら持てなかった自分。
雪花は、冷たくなっていく地面に身を任せ、暗い眠りへと落ちていきました。
桜花が帰ってきた後。一方、四季神社
四季神社。
桜花が泥だらけの服で帰宅し礼花が問い詰めていました。桜花は泣きながら事の顛末を話し、家の中は怒りと心配でパニックになります。泣きながら事情と事の顛末を話すと家の中は蜂の巣をつついたような騒ぎになる。
家族の関心は「行方不明の雪花」と「家で守るべき蓮華」に二分
桜花の告白を受け礼花は叫びます。
月花が山へ、芦花が周辺の捜索へ向かう際、蓮華は必死に訴えました。
四季礼花
月花、芦花! すぐに探しなさい!
蓮華も立ち上がります。
蓮華
蓮華
俺も手伝うよ。雪花姉を見捨てれない
蓮華は手伝うと言い出すが家族の反応は冷淡……いや、あまりにも過保護だった
月花が蓮華の肩を強く掴みました。その瞳には、弟を愛するがゆえの狂気が宿っています。
四季礼花
蓮華、あなたはダメよ。オーラもないあなたが夜の山に行っても、二の舞になるだけ。あなたまで何かあったら、私たちはどうすればいいの!
四季芦花
そうだよ、蓮華はここで良い子にしてて。雪花姉なら私たちが絶対見つけるから!
蓮華
蓮華
大丈夫だよそれに待ってるよりも探した方が
しかし月花は蓮華の肩を強く掴み、言い聞かせるように言いました。
四季月花
ダメよ蓮華。あなたの気持ちは嬉しいけれど、あなたはオーラも持たない普通の子なの。外に出てもしあなたが傷ついたら雪花にとっても、私にとっても、死ぬより辛いことなの……だから わかって……お願い、ここにいて
礼花も、震える手で蓮華の頬を撫でました。
四季礼花
そうよ……あなたが無事でいることが、今の私にとって唯一の救いなの。お願いだから、お母さんを一人にしないで
家族にとって、蓮華は自分たちが守り抜くことでしか保てない精神的支柱であり自分たちの歪みを肯定し癒してくれる弟でした。
礼花たちは「あなたまで何かあったら……」と彼を自室に留めました。
無能扱いされ、足手まといだと断じられる言葉。
蓮華はショボンとした表情を浮かべ
蓮華
蓮華
…わかった…
蓮華はショボンとした表情で「わかった……」と言い、力無く自室に下がり戻りました。
夜中
闇夜が支配する山中、静寂を切り裂くのは自身の頼りない足音だけ
彼女の脳裏に浮かぶのは最愛の弟の顔でした。
四季凍夜
はぁ……お腹すいちゃった……おなか、すいたね、蓮華
雪花は力なく呟いた。
四季雪花
夜の森だと方向感覚が狂うって本当だったのね……お腹すいたな。桜花はちゃんと家に帰ったのかな… もう、私……あの子には何も言えないね。お姉ちゃん失格だよね……蓮華。
意識が遠のく中、彼女の脳裏に蘇ったのは、いつか部屋で蓮華が語ったあの言葉でした。
『そんな大層なことがなくても、ただ食って寝るだけでもいい。……生きてる価値なんて勝手に生まれるもんだよ』
四季雪花
……嘘つき、蓮華……生きてるだけで価値があるなら……どうして私はこんなに苦しいの……家族の期待に応えられなくて、妹にも勝てなくて……
自嘲気味に笑い、足を取られ、雪花は転倒しその場に崩れ落ちました。仰向けになり、重い瞼を上げると、じわりと夜空が広がる視界が涙で滲む
四季雪花
いたた……
四季雪花
蓮華、ごめんね。約束したのにね……隣で飯の感想を言うって言ってくれたのに。こんなに弱いお姉ちゃんで、ごめんね……あんたはいつか自分を否定しない大切な人ができるなんて笑ってたけど。
四季雪花
……そんな人、現れなかったよ。私を許してくれるのは、世界中で、あんただけだった……。私が死んだら、あんた……泣いてくれるかな。それとも、やっぱりあの時みたいに、困ったように笑うのかな……もう、頑張るの、やめようかな……。
すべてを諦め投げ出そうとしたその時。
パト
んん? 誰かそこにいるのか?
低く、けれど透き通るような男性の声が響きました。
四季雪花
人の声……?
雪花が顔を上げると、そこには夜闇の中で淡く輝く、銀髪銀眼の青年が立っていました。背中には、神々しい六つの翼。
これが私とパトの出会いでした。私が蓮華の予言を否定し、すべてを諦めようとしていた時、彼が現れ声をかけられたんです
パト
何か、困ってるみたいだな
パトが静かに問いかけます。雪花はその圧倒的な存在感に、頬を赤く染めました。
四季雪花
え、ええ……
今でも覚えてる……私はちゃんと返事ができなかった
パト
怪我してるじゃないか
次の瞬間、パトは雪花の目の前に移動していました。
四季雪花
え、あ、あの……!?
パト
大丈夫、これくらい問題ですらない
パトが手をかざすと、中性子を描くような光の粒子が現れ、雪花を包み込みました。彼女の怪我を癒す。光が止んだ時、流れていた血も、裂けた傷跡も、跡形もなく消え去っていましたその優しさに触れた瞬間、雪花の脳裏で蓮華の言葉が結晶となって輝く
四季雪花
(ああ……この人だ。蓮華が言っていた、私を否定しない人……!)
パトへの恋心。それは、蓮華が彼女の心に植え付けた「救いの予感」が具現化した瞬間でもありました。
パト
ほら
四季雪花
あ、あ、あり……が……とう……


(嬉しい気持ち、恥ずかしい気持ち、人がいる安心感……パトの眼の優しさ。そう、私は初めて人に恋をした。最悪だった出来事を忘れさせてくれた、幸せの時間であり蓮華への申し訳なさと、目の前の人への高鳴りが、私の胸の中でぐちゃぐちゃになっていた幸せの時間でした)
パト
それじゃあ、俺は先に行くね
背を向けたパトに、雪花は慌てて声を上げました。
四季雪花
ま、待ってください!!
パトは振り返る
パト
……?
四季雪花
あの、できれば家まで……送って……ほしい(何言ってんだろ、私! さっき会ったばかりの人に……!)
パトは少し意外そうにしながらも、快く頷きました。
パト
そうか、いいだろう。場所を教えてくれないか?
四季雪花
場所……今迷ってるから道が、わかんない
パト
なら、こうしよう
四季雪花
わわっ!?
雪花の体がふわりと浮き上がりました。パトに抱き上げられ、一気に雲の上へ。
四季雪花
た、高い!?
パト
ここからなら、家を見つけられるだろ
四季雪花
いや。高すぎて家が見えない
パトは苦笑して少し高度を下げました。地上数百メートルの、ビル群を見渡せる高さ。
パト
これくらいなら見えるか?
四季雪花
う、うん……多分大丈夫(全然大丈夫じゃなかったわ。心臓の鼓動が激しすぎて、家どころじゃなかったもの)
雪花はようやく見慣れた神社の屋根を見つけました。
四季雪花
あ、あれ!
パト
あれか。よし、行こうか
一方。四季家
居間では礼花が、桜花を厳しく叱っていました。
四季礼花
何を考えているの! 怪我した雪花を森に置いてきたなんて!
四季桜花
ご、ごめんなさい……わたし、怖くなって……
月花が光速で戻ってきますが、その表情は暗いものでした。
四季月花
お母さん、ごめん。山を隈なく探したけど見つからなかった
月花がと報告し、絶望的な空気が流れていました。
絶望が家族を覆いかけたその時、その沈黙を外から芦花の叫び声が響き突き破る。
四季芦花
お母さん! お姉ちゃん、雪花姉が帰ってきたよ!!
礼花は弾かれたように玄関へ駆け出しました。
四季礼花
雪花!!
そこには、銀髪の青年に守られるようにして立つ雪花の姿がありました。
四季雪花
お母さん……ごめんなさい…
四季礼花
馬鹿! この子は本当に……!
礼花は泣きながら雪花を抱きしめる。
泣きながら抱き合う母娘。月花も、芦花も、そして罪悪感に押しつぶされそうだった桜花も、安堵の涙を流して彼女を囲みます。
四季礼花
あの方は……?
四季雪花
……あの後、パトに助けてもらったの。家まで送ってくれたのよ
騒がしい玄関。雪花がパトに助けてもらったと事情を話し話を聞き、家族がパトという存在に意識を向けている最中その輪の外側。蓮華がバタバタと階段を降りてきました。バタバタと階段を駆け下りてきた蓮華は玄関付近で、無事な姉の姿を確認すると、蓮華はわざとらしくホッとした溜息をつき独り言を漏らしました。
四季芦花
蓮華……! 雪花姉ちゃん、帰ってきたよ! 泣かないでよ!
蓮華
蓮華
……良かった
四季雪花
蓮華……!(ああ、蓮華。あんたが待っててくれたから、私は帰ってこれたんだわ……)
無事な雪花を見て独り言を漏らす蓮華。家族から見れば姉の無事を心から喜ぶ健気な弟。どれほど彼が姉を想い、身を焦がしていたか。
その純粋すぎる安堵の声に、礼花の母性は激しく揺さぶられました
芦花は蓮華の元へ駆け寄りその袖をぎゅっと掴みました。
罪悪感で顔を上げられなかった桜花は、蓮華の声に弾かれたように顔を上げました。自分があれほど酷いことをして雪花を傷つけたのに、蓮華は責める言葉一つ吐かず、ただ無事に安堵している。その無関心なまでの肯定が今の桜花には何よりも重い救いとなり、同時に彼への消えない執着へと変わりました。
月花は蓮華の横顔をじっと見つめました。彼女にとって蓮華は自分が汚い世界から守り抜かなければならない弟
その彼にこれほどの心労をかけさせた事実に、雪花への安堵と同時にある種の独占欲と加虐心が混ざった歪な愛着が疼く
雪花は蓮華の声を聞いた瞬間、自分を繋ぎ止めていた思い出が胸の中で熱く脈打つのを感じ雪花の声は震えていました自分が死を覚悟した時、真っ先に謝りたかった相手。
だが蓮華のその瞳に宿っていたのは、パトの銀髪を、そして雪花の頬の赤らみを、冷徹なまでに確認する冷ややかな光でした。
蓮華
蓮華
(――来た。ようやく、俺の知る物語の『ピース』が揃った)
蓮華は一瞬だけ、その無機質な喜びを噛み締めると、瞬時にいつもの弟の仮面を被り直しました。そして、パトに向き直り蓮華は静かに真っ直ぐにパトのもとへ歩み寄り、瞳に、底知れない好奇心を隠しながら感謝を彼は深々と頭を下げました。
蓮華
蓮華
…雪花姉を助けてくださり、ありがとうございます
丁寧な感謝の言葉。その少年の誠実な姿に、家族たちは改めてやっぱり蓮華は天使みたいに優しい子だ。この子が悲しまずに済んで、本当にパトさんには感謝しなきゃと蓮華への愛着をさらに深めます。
けれど、蓮華が顔を上げたその一瞬、彼の瞳はパトという存在を、そしてこれからの運命を、恐ろしいほど冷静に観察していたその奥底には、家族さえも知らない??
?としての冷徹な期待が、暗く、熱く、渦巻く
一歩踏み出し、パトを仰ぎ見る蓮華。その瞳は、純粋な感謝と、少しの気後れ、そして家族を救ってくれた英雄への憧れだった
蓮華
蓮華
俺……無能だから、何もできなくて。ただここで待ってることしかできなかった。……あなたが来てくれて、姉さんを連れて帰ってきてくれて、本当に……本当に救われました。ありがとうございます

その声の震えと謙虚な態度。そばで見ていた月花や芦花達の胸に、キュッと締め付けられるような愛しさが込み上げます。
その少年の頭頂部を見つめるパトは、まだ気づいていない。自分を拾ったこの少年の感謝の言葉が、純粋な善意だけではないことを。
四季礼花
(ああ、蓮華……。自分を責めないで。あなたが無事でいてくれたことが、私たちの救いなのよ)
家族は心の中でそう叫び、パトへの感謝と同じくらい、蓮華への保護欲をさらに強く、深く、狂わせていくことになります。
パトは、そんな蓮華の言葉を真っ直ぐに受け止めました。
パト
いや……君がそうやって待っていたから、彼女も帰る場所を見失わずに済んだんだろう
蓮華
蓮華
(ようこそ、パト・ディカイオス・エウレカ。この狂った喜劇へ)
蓮華の中に潜む???が、静かに歓喜の産声を上げていました。
家族全員の意識がパトという恩人いや恩神に向いている中、二人きりの一瞬まだ火照った顔の雪花に後ろから蓮華がひょいと顔を出す。さっきまでの神妙な態度はどこへやら、その瞳には少年らしい、けれどどこか底知れない悪戯心が宿っている。蓮華は声を極限まで潜め、雪花の耳元でこそっと、けれど確信を持って囁く
蓮華
蓮華
……ねえ、雪花姉、見つかった?
四季雪花
… っ!?
その問いに、雪花の肩がびくんと跳ねました。その言葉の意味を、彼女が理解できないはずもありませんでした。かつて、自分の部屋で絶望していた時に蓮華が言ったあの言葉の記憶がパトに抱きしめられた温もりと重なって、彼女の胸を激しく叩きました。。図星を突かれた雪花は、頬がまたたく間に朱に染まり顔が沸騰しそうなほど真っ赤になり慌て視線が泳ぐ雪花
四季雪花
な、なな……っ! 蓮華、あんた何を……!
蓮華
蓮華
あはは、声は出してないよ。……でも、その顔が答えだね。僕が言った通りだったでしょ? 姉さんを四季家のものとしてじゃなくて、ただの女の子として助けて、肯定してくれる人……あの日、僕が予言した大切な人、あんなに完璧なタイミングで現れるなんて、運命を感じちゃうよね

蓮華はクスクスと肩を揺らします。その瞳は予言を的中させた預言者のような優越感と、それを見物する読者のような冷ややかさが混ざり合っていました。
四季雪花
……うるさいな。助けてもらった恩人だって言ってるでしょ。……でも
雪花は自分を許してくれた元凶である弟を愛おしそうに見つめました。
四季雪花
……うん。見つかった、みたい。蓮華が言ってた通りの人。……私のこと、ただの雪花として助けてくれたの。四神とか、四季家とか、そんなの関係なしに
雪花は自分の胸元をぎゅっと握りしめます。
雪花はそう言って、照れくさそうに、けれど慈愛に満ちた笑みを蓮華に向けました。彼女にとって蓮華は、自分に恋をする権利を与えてくれた恩人であり、この初恋を一番に報告したい大切な、たった一人の理解者でした。
しかし雪花は蓮華のその真っ直ぐな瞳に、言いようのない感情を覚えました。かつてもしそんな人が現れなかったら?と聞いた時、蓮華は僕がずっと隣で飯の感想を言ってるよと笑ってくれました。その言葉があったから、彼女は今日まで生きられた。
四季雪花
蓮華のおかげだよ。あんたがあの日、あんなことを呪いみたいに言ってくれなきゃ、私、あの時パトさんの手を取れなかったかもしれない言い続けてくれたから……。私、あの真っ暗な森の中で、あの人の光を信じられたんだと思う。……ありがとう、蓮華
四季雪花
蓮華……私、あの……
蓮華
蓮華
いいんだよ、雪花姉、遠慮しなくて、あんなに素敵な人なんだ……ずっと僕の隣にいるより、ああいう人に守ってもらうほうが、姉さんは幸せになれるかもしれない。……まぁ、僕としては少し寂しいけどね?
四季雪花
……! そ、そんなことない! 蓮華は、蓮華だけは別よ! 蓮華は私の、たった一人の、大切な弟なんだから……!
四季雪花
(蓮華、ありがとう。……私はパトさんに惹かれている。でも、あんたが作ってくれたこの居場所も、私は絶対に手放さない。パトさんと、あんたと……三人で、ずっと……蓮華……あんたの隣も、あの人の隣も、私は絶対に離さないから)
心の中で誓います。雪花の瞳に宿ったのは、純粋な恋心と、それを肯定してくれた弟への底なしの依存が混ざり合った、歪で強固な決意の光でした。
そんな姉の、あまりにも「計画通り」な反応を間近で見て、蓮華は満足げに目を細めます。
蓮華はその言葉を聞き、少しだけ悪戯っぽい笑みを深めました。
蓮華
蓮華
……そっか良かったね、雪花姉……なら、僕の言った通り一生、隣にいてくれる人にしてもいいんだよ? 姉さんの初恋、応援してあげる(まあならならいだろうが)
四季雪花
も、もう! バカ蓮華! 部屋に戻りなさい!
まるで、罠にかかった愛おしい小動物を愛でるような、どこか空虚でけれど完璧な慈愛の仕草で3人を見送りながら蓮華は楽しげに歩き出す。しかし、その内心では全く別の思考が脈動しています。
蓮華
蓮華
(……ああ。実に楽しみだこれから始まる喜劇が起きた時あんたらの顔を見るのが)
客間へ向かう礼花とパトの背中を見送り2人についていく雪花は初恋の熱に浮かされ、蓮華は物語の進展に酔いしれ自室へと戻る。
闇夜の静寂が、パトという異物の介入によって、劇的に塗り替えられていきました。玄関先で深々と頭を下げた蓮華。その姿は、家族を想う献身的な弟そのものでした。しかし、その内面には、家族の誰もが気づかない冷徹な観測者の視点が同居していた。
時間は巻き戻り話は蓮華が自室へ戻るとこへ
蓮華はショボンとした表情でわかったと言い、自室に戻りました。しかし、部屋のドアを閉めた瞬間、蓮華の顔から可愛い弟の仮面が剥がれ落ちその表情は一変した。蓮華はワクワクした様子で震える手で携帯を取り出し前世からの友人たちへ電話をかけた。その口角は、歓喜に震えて吊り上がっている
それは蓮華という物語の終焉か、それとも???としての始まりか。
蓮華の口調は、四季家の家族に向ける甘えたものとは似ても似つかない
蓮華
蓮華
……ついに、ついに始まる。原作の過去編が。パトが来る!
それは蓮華という物語の終焉か、それとも「???」としての始まりか。
蓮華は窓の外を見つめパトたちが降り立つであろう空を見上げて、不敵に薄く笑いました。
蓮華の瞳には、四季家の弟としての面影はありません。
蓮華
蓮華
もしもし、俺だ…ああ、予定通りだ。ようやく主役が舞台に上がった最高にカオスなイベントがね! 。……ああ、始まったよ… 原作の過去編が計画通りパトが接触した。わかってるさ、カオスの世の始まりだ
蓮華
蓮華
数週間後、例の場所で落ち合おう。わかってるさ、ここからは世界の理が狂い出す。それまで俺の原作知識助言通りに動き死者なりえる者を回収してくれ……仕方ないだろお前らは俺より先なんだからよ、遂に始まるよ、原作の過去編が。……数週間後、あの場所で落ち合おう。
蓮華
蓮華
雪花は今頃、運命の男に抱きしめられてるはずだ、雪花はあの銀髪に完全に心を奪われる。絶望の底で差し伸べられた光だ、当然だろう?未来が確定してるんだ。彼女にとって、あれは唯一の『正解』に見えるはずだ。……フンッ、実に皮肉だよね。
電話の向こうの友人が何かを尋ねたのか、蓮華は少し面倒そうに首を振りました。
蓮華
蓮華
…それと俺の肉体の調整も急いで準備して欲しい。できれば数年以内に…この『蓮華』という器だと相性が悪いのかあまりにも脆すぎで上手くいかない。やっぱり化生の方が良かったか? やはりこの人間(蓮華)の器だと相性が悪い、出力が上手く制御できないんだ……化生でやった方が余程馴染んだだろうに、それに人間としての機能が邪魔なんだ。感情がバグる……化生の方が、もっと純粋にこのカオスを楽しめただろうに……まぁいい、すべてはイベントの為にだ
冷徹に、そして楽しげに未来を語るその姿は、家族の前で見せる無垢な少年とは完全に別人だった。
蓮華
蓮華
姉さんたちは我を守るべき弱者だと信じている。僕もまた、彼らの愛に縋ることで自分の穴を埋めてきた……でも、それは全部、この物語を楽しむための前座に過ぎない。パト、君が俺らにもたらすのは救いか、それとも破滅か。どちらにせよ、うちにとっては最高のメインディッシュだ
蓮華
蓮華
じゃあね、頼んだよ。バイバーイ
電話を切った蓮華は、鏡に映る自分の顔を無機質に見つめました。自室の座布団に座る
蓮華
蓮華
……ふふ、あはは!(さぁ、準備を始めよう。僕の、いや俺たちだけの、歪みきった遊戯ゲームを)

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