前の話
一覧へ
次の話

第1話

机越しの距離感1
104
2025/10/13 13:06 更新
「図書委員の漆羽とあなたの名字、今週の放課後、担当だから忘れるなよー」




「えっ俺、図書委員だっけ?」



帰りのホームルーム。
担任に声をかけられるまで、自分が図書委員だったことなんて忘れていた。
言われてみれば、4月に委員会決めがあった。



「やっぱり忘れてたか。あなたの名字、漆羽のこと頼むぞー」



「はい。わかりました……」



図書委員は年に1回、1週間の当番が回ってくる。ホームルーム後から30分間、図書室で貸し出しや返却された本の整理を行わなければならない。



あー、クソ、部活遅刻になっちまう。
座村サンに連絡しとかないと。
委員会の仕事が年1回だけだからという理由で図書委員を選んだはずだったけど、いざ当番が来ると面倒だな……



そうは言ってもちゃんとやらなきゃか。




「よし、図書室行くか!」



席で俺の様子を伺っていたあなたの名字に声をかける。



「はい、よろしくお願いします」




俺は本なんて読まないけど、あなたの名字はよく読書してるから本好きなんだろうな。




「あなたの名字、よく本読んでるよな」




「そうですね。読書、好きなので」




図書室に着くまでの間、無言で歩くのは気が引けてたわいもない話題を投げかける。
もう9月だけどあなたの名字と話すの初めてだな。
大人しくて、ちょっと近寄りがたい感じ。でも仲の良い友人と話しているときには、和らいだ空気感を漂わせていることを俺は知っている。



「なぁ、あなたの名字って何部だっけ?俺、剣道部」




「文芸部です。漆羽くんが剣道部なのは、たぶん学校の人みんな知ってますよ。大会優勝、すごいです」




「んー、でもまだまだ……座村サンには遠く及ばない」



「さむらさん?」



「あ、座村サンは剣道部のコーチ的な人。俺はもともと座村サンが師範代してる道場の門下生だけど」



「そうなんですね。私には縁のない世界です……」



「たしかにあなたの名字が竹刀持ってるのは想像できないな!むしろ文芸部ってカンジはする!小説とか書くの?」




「一応……」




「カッコいいな!」




そんな話をしているといつのまにか図書室に着いた。
室内に入ると生徒は数人だけ。
俺とあなたの名字は図書準備室に向かう。




「ここにある返却された本、棚に戻せばいいのか?」




「そうです、あと、本を借りたい生徒が来たら手続きする
感じですね」




「そうか。よし。本は俺が戻しとくから、受付頼む」




「わかりました、本お願いしますね」




「承知」




俺は30冊ほどある本を棚に戻していく。
意外と借りてる奴いるんだな。
俺は図書室なんて滅多に来ないけど。
なんなら、きょうが初めてくらいの感覚だ。
あなたの名字は読書好きって言ってたし、文芸部だし図書室はよく利用しているのかもしれないな。
どんな本を読んで、どんな物語を紡ぐんだろう。背表紙に貼られたラベルに記載された番号の棚に本を戻しながら、あなたの名字のことを考える。気づいたら本はすべて戻し終えていた。



「戻してきた」



「早かったね。漆羽くん、ありがとう」



受付に座っているあなたの名字の背に声をかけると、振り返った彼女はふわりと笑んで礼を言った。初めて呼ばれた名前のトーンに優しい甘さが含まれている気がしてどきっとする。それに不意に笑いかけられて、正直、なんていうか。そう、きゅんとした。ん?きゅんと?なんだそれ。どうしたんだよ俺は。


思考を振り払うように時計に目を向けると、あと15分で当番は終わりの時間だ。
生徒はもう他におらず、俺とあなたの名字の2人きりだった。黙りこんだ俺を不思議そうに眺めていた彼女はハッと思いついたような顔をすると申し訳なさそうな表情で俯いた。




「あの、漆羽くん、もう部活行って大丈夫ですよ。早く行きたいですよね……もう人いないし、あとは私1人でもできると思うので」




「いや、あと15分ちゃんといる」




「そうですか、すみません」




「なんで謝る?俺だって図書委員だ」




あなたの名字はクラスメイトなのにずっと敬語だし、なんとなく距離を感じる。話したこともなかったし仕方ないのかもしれないけれど。今も気を遣っているのか申し訳なさそうな表情だ。もっとさっきみたいに笑ってくれたらいいのに。俺が笑顔にさせられたらいいのか。



ふと、あなたの名字の手元に目をやると、指先が綺麗に整えられていることに気付く。




「手、キレイだな!女の子の手って感じ。っていうか爪ってそんなピカピカになのかよ」




「え?そうかな、ありがとう。趣味なんです、ネイルケア」




「ねいるけあ」



「うん」



「初めて聞いたな」



「ヤスリで爪を磨いたり、固くなった皮膚を取ったりすることかな」



褒められて照れているのか、あなたの名字の顔が心なしか赤い。でも




「なるほど。それをしてるから、指先全然荒れてないし、ピカピカなんだ。俺と全然違う」





何か塗ってあるわけじゃないのにツヤツヤ光爪が珍しくて俺はあなたの名字の指を掴んでまじまじと見分していた。




「俺も、ネイルケアしたらツヤツヤになる?」



「なります……けど、別にしなくても漆羽くんの指先十分綺麗ですよ」



「そうか?あ!なぁ、やってみてほしいネイルケア。あなたの名字が嫌じゃなかったらだけど」



普段、爪の状態なんて気にしたことはなかったが、やってもらったら少しは距離が縮まるかも。なんて思って。いや、断じて計算したわけでもないが。そう、無意識だ。気づいたらやってほしいと口から出ていた。




「えぇ。そんな、私、自己流だし。人にやったこともないですし」




「じゃあ、試しにやってみてよ。図書委員の当番のこの1週間で。どうだ?」




ジッとあなたの名字の目を見つめて頼み込むと、遠慮がちに見つめ返された瞳が迷うようにゆらゆら揺れて、それからもう一度、今度はしっかりと目が合った。



「……わかりました。あした、道具持ってきます」




「おっしゃ!ありがと。楽しみにしておくな。じゃー、そろそろ30分経ったし俺は道場行く」




「はい、お気をつけて」




「あなたの名字もな」

プリ小説オーディオドラマ